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 2人の未来の話だなんて言いながら、恋人でもなんでもないという。それは一体どういうことなのだろうか。


「話というのは先程のイザベラの事も含んでいるだけどね、彼女みたいな女性が多くてとても困っているんだ」


「はぁ……?」


「だから、彼女達から僕への恋心を抜き出して欲しいんだ」


 この王子は一体何を言っているんだ。先程の彼女に対する扱いも、私に対する扱いも絶対におかしい。

 それに、彼女のみたいな女性が何人もいるってどういうことよ!? 彼女達よりも、問題があるのはこの王子の方なのではないだろうか。


「あの、大変言いづらいのですが……。先ずはクリストファー王子が態度を改めるべきでは?」


「僕の態度?」


「彼女達から感情を抜き出すよりも、王子からその気の多さを抜いてしまった方が早い気すらします」


「それで現状が変わるなら、是非お願いするよ」


 目の前の王子は、ふわりと微笑んでいた。


「え、本当にいいんですか」


「あぁ、構わないよ」


「なら、サインを頂かないと」


 グリッドさんがクリストファー王子の耳打ちをして部屋を出ていく。


「グリッドが書類を用意してくれるそうだから、紅茶を飲んで待とうか。ほら、クッキーも食べてみて。城のパティシエは腕がいいからクッキーも美味しいよ」


「なら、お言葉に甘えて」


 王子に勧められるがままにクッキーを手に取り、口へと運ぶ。するもしっとりとした触感に程よい甘さが口の中へと広がっていった。


 この数時間の慣れない時間で身体はとても疲弊していたみたい。クッキーの甘さが染み渡っていくのが分かった。


 早く仕事を終わらせて、自分の家でもあるお店へ帰りたい。


「書類をお持ち致しました」


 手袋の時といい、グリッドさんはとても仕事が早い。そもそも、このくらい仕事が出来なければ王城では働けないのかしら。


「まずはルーナが書類の内容を確認してみて、不満があれば遠慮なく言ってくれていいからね」


 クリストファー王子の手から紙を受け取って内容を確認する。


 私が使用している物と内容はほとんど変わらないけれど、報酬の部分の額を何度も何度も確認し直してしまう。


 これ、桁間違っているんじゃないからしら。


「あの、この報酬の部分なんでけど、桁が間違っています。私はいつも10万Gで引き受けていますから」


「いいや、100万Gで間違いないよ。君の腕はそれだけの価値があると聞いているからね。それ以外に気になる所がないなら大丈夫そうかな」


 クリストファー王子は私の手から紙を取り上げ、スラスラとサインを書いてしまった。


 とても綺麗な字だわ……。


 ってそうじゃない。


「そんな大金頂けません!」


「ルーナは真面目でいい子なんだね。ルーナが正しいと思うお金の使い方をすればいいんじゃないかな、お金の使い方だって色々だからね」


「だけど、」


「ルーナ、君は分かっていないようだけど、ルーナの力はとても貴重で、僕にとってはお金以上の価値があるんだ。だからどうか受け取って。どうしてもというなら、お金の使い道の相談は乗ってあげるから、ね?」


 この人、ふんわりとしていて優しいけれど、とても押しが強いわ。


「……分かりました。引き受けます! そうと決まれば早速作業に移ってもいいですか?」


「今すぐできるのかい?」


「えぇ、大抵の魔法薬はいつも常備していますから」


 杖は私が願えば勝手に出てきてくれる、これは魔女のみんなが持っている能力。


「凄いね。分かってはいたけど、ルーナは本当に魔女なんだね」


 お客さんたちはみんな、何も無いところから杖が出てくるだけで驚いていたから、王子の反応は見慣れたものだ。


 杖を振るえば、必要な魔法薬がローブの中から出てくる。更に杖を振るい、瓶の蓋を開け中身をクリストファー王子へと纏わせた。


「クリストファー王子、どうぞ肩の力を抜いて。……大きく息を吸って、……吐いて。そう、深呼吸を続けて」


 集中して、彼の感情を探っていく。


 赤だったり、オレンジだったり。彼がとても優しく暖かな人間だということがよく分かる。


 だけど、恋心らしきものは欠けらも見つからない。





 肝が冷えた。


 こんな人がいるなんて……。


 彼の振るいには全て、欠けらも邪な感情はないんだ。ただ優しくしてあげたいという善意のみで行われている。


 善意が人を傷つけるんだ。


 この人も、周りの女性も、どちらも可哀想なのかもしれない。失礼だと思いながらも、そう感じてしまった。






「ごめんなさい」


 私の声に反応ひて、クリストファー王子が、ゆっくりと瞳を開いていく。


「ルーナ。どうして、そんなに悲しそうな顔をしているのかな」


「クリストファー王子、貴方から抜き出すべき感情はありませんでした。貴方はただ優しいだけだわ。私は力になれない」


「力になれないなんて、そんなことは無いよ。少なくとも僕から抜き出すべき感情がないと分かったのは収穫なんだから。今の話を聞いて安心した人もいると思うよ。ね、グリッド?」


「えぇ、クリストファー殿下は女性にだらしないのでは無いかと、そんな噂がございますから……。これで良からぬ噂話をする方々に、真っ向から言い返せるというものです」


 私の行動が無駄では無かったのだと分かり、少しばかり安堵する。


「クリストファー王子、貴方が行動を改めるべきだなんて、失礼な事を言ってしまいました。ごめんなさい」


 クリストファー王子なら、きっと許してくださるのだろう。だけど、聞こえてきた声は王子のものではなかった。


「お嬢さんが謝る事じゃないよ。善意だとしてもやっていい事と悪いことはあるからね。クリスの行動は相手を誤解させているんだから、褒められたもんじゃないよ」


「っ貴方は」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには騎士さんが立っていた。


「さっきは部下が手荒な真似をしてごめんね。私は騎士団第二隊の隊長を務めているエリックだよ。改めてよろしくね、名前読んでもいいかな?」


「えぇ、改めましてルーナです。よろしくお願いします、エリックさん」


 私がエリックさんへの挨拶を終えると、王子がいじけたような声を出しながらエリックさんに声をかけた。


「エリック、そんな言い方をするなんて酷いじゃないか」


「事実なんだから受け止めてくれ」




 王子と隊長さんはどうやら仲良しみたいね。

 軽口を言い合っている姿が、何だか微笑ましい。




 会話がひと段落した王子は、改めて私へ向き直った。


「それでルーナ、改めてお願いだ。僕に想いを寄せてくれている女性達から、感情を抜き出してくれないかな?」





 クリストファー王子はとても切実そうだ。






 彼の願いを叶えられるなら、叶えてあげたいと思う。







「ごめんなさい、それは出来ないわ」







 だけど、私にはどうしても譲れないことがあるから。





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