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目の前にキレイな手が差し出された。キョトンとその手を見つめていると、王子が私の手を掴んだ。
「立てるかい?」
「は、はい!」
私の返事を聞くのと同時に、王子は私の手を引っ張った。その勢いで立ち上がった私と王子の距離はとても近い。
男の人と話した記憶など、ほとんど無い私。お客さんだって女性の人ばかりだった。
何故か王子の綺麗な顔が私に迫ってくる。
王子様にこんなに間近で見つめられるなんて、何たる羞恥……。
「あぁ、泣いてしまったんだね。可哀想に……本当に申し訳なかった」
綺麗な手で目尻を拭われ、頬に熱が集まるのを感じる。
見とれてしまいそうになってしまうけど、私はこんな経験初めてだから、きっと人並み以上にドキドキしてしまっているだけ。
惑わされてはダメよ。
変な男に騙されちゃダメ。おばあ様に何度言われた言葉。気をしっかり持たなくちゃ。
「大丈夫、です」
私の返事を聞くと、クリストファー王子は花が咲いたかのように、パァっと表情を明るくした。
「ようやく君の言葉を返してくれたね! 嬉しいよ。さぁ立ち話もなんだ、ソファへ座ろう」
王子様に肩を抱かれ、されるがままにソファへ向かう。
「さぁ、ここへ座って」
私がソファへ腰を下ろすのを見計らってか、家来だと思われる人が、王子に声を掛けた。
「殿下、こちらを」
「ありがとう、感謝するよ。美味しいお茶も頼めるかな」
「かしこまりました」
家来の人が下がると、王子は片膝をついて私の手を取った。
「ほら、これを着けて。そしたらもう、ドアノブへ触れても大丈夫だよ」
「クリストファー王子、大丈夫です。 自分で着けられますから」
「そうしないと僕の気が済まないんだ。どうか君の為に僕に手袋を着けさせてくれないか」
私の返事も待たず、彼は再び私の手に手袋をつけ始める。
そんな彼に何も言い返せない私は、押しに弱いのかもしれない。
「……ありがとう、ございます」
「ほら、終わったよ。君の濃い紫のローブにもよく似合っている。それで早速本題なんだけど……」
立ち上がった王子は、ソファへと腰を下ろした。それも私の真横にピッタリと……。
あまりの近さに驚きそうなってしまうけれど、クリストファー王子は至って普通だ。私の感覚がおかしいだけで、世間一般ではこの距離感が普通なのかもしれない。
慣れないけれど、これが普通ならそれらしく振る舞わなくちゃ。
「君にここへ来てもらった理由を聞いて欲しいんだ。……あっ、まずは名前を聞いてもいいかな? なんと呼べばいいのか困ってしまうからね」
微笑みながら首を傾げる殿下に、私は自分の名を答える。
「ルーナよ」
「そうか、ルーナと言うんだね。名前まで可愛らしいんだね」
名前が可愛いって何よ……。なんだかむず痒くってたまらない。
「お茶をお持ち致しました」
タイミングよくテーブルにお茶が用意された。王子の意識が家来とお茶に向き、少しだけ私との距離が離れた。
ようやく息が吸える。
今のうちだと、私は深呼吸を繰り返す。
「ルーナ、お茶がきたよ。グリッドの入れる紅茶は美味しいから飲んでみるといいよ。熱いから気をつけてね」
「クリストファー殿下恐れ入ります。このグリッド心を込めて淹れさせて頂きました。ルーナ様のお口にも合えばよろしいのですが」
彼は家来というよりも、執事と言うやつなのかしら?
「あ、えと……、グリッドさんありがとうございます。頂きますね」
クリストファー王子に見つめられながら、カップを手に取る。手袋のせいで滑ってしまうのではと心配だったけれど、以外と大丈夫そうで安心したわ。
カップを口元まで近づけて、まずその香りに驚いた。
「わぁっ、とてもいい香りだわ! こんなに香りが華やかな紅茶初めてよ! 私の知っているお茶とは大違いだわ」
「それは、それは」
グリッドさんの優しい声を聞きながら、一口口の中へ紅茶を含んでみる。香りがぶわっと鼻にまで広がり、これまた驚きだ。
「美味しい、美味しいわ! とっても美味しい!」
「お褒めのお言葉ありがとうございます。こんなに喜んで頂けるのは初めてでございます」
「本当に美味しいもの、凄いっ「クリス王子ったら酷いですわっ!!!!」」
「イザベラ様、困ります。クリストファー殿下は公務中でございます。本日はどうかお帰りください」
甲高い女性の声に驚いてそちらへ視線を向けると、そこには深紅のドレスに身を包んだ豪華な見た目をした女性が立っていた。
女性はこちらへ向かってこようとしているが、入口で騎士の人に止められている。
「公務だなんて後でいいでしょう。私との約束が先だったのよ!!」
なんて言うか、凄い人だ。
横に座っていたクリストファー王子は、彼女の様子をしばらく見た後に立ち上がった。そして女性の方へと歩いていく。
「イザベラ、君との約束を果たせなかったこと、心からお詫びするよ。君もそんなに女の子に強い言い方をしないで欲しいな。先にイザベラと約束をしていたのは事実なんだ」
「殿下、しかし……」
「お願いだよ」
「ハァ……、分かりましたよ」
諦めた騎士さんに満足そうな笑みを向けた王子は、今度は女性の手を取り、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「イザベラ、今日の埋め合わせは必ずするから、本当にごめんね。君と僕の未来の為にも大切な話をしなきゃならない日なんだ」
「私とクリスの未来の為……? それなら仕方がないわ。今日の埋め合わせ、楽しみにしているから」
「あぁ、分かったよ」
「クリス、愛しているわ。またね」
女性はクリストファー王子に抱きつき、王子はそんな彼女の頭を優しく撫でてやっていた。
そして女性の方は満足そうに部屋から出て行く。
あれは、あれよね。そう、恋人とか婚約者とかそういうやつ! とても幸せそうに見えたけれど、そうだとしたら私になんの用事なのかしら……?
用があるとすれば、感情の抜き取りだとかそういう仕事だと、勝手に思っていたわ。
「ルーナお待たせ、騒がしくしてしまってごめんね」
そう言ったクリストファー王子は、再び私の横に座った。そして、膝の上に置いていた私の手に自分の手を重ねる。
「あの、クリストファー王子。恋人がいるのに他の女性に触れるのはよろしくないのでは……?」
「ん?」
私の言葉に、王子は不思議そうに首を傾げた。
「え、?」
私、何か変なことを言ったのだろうか。私はおばあ様が用意してくれた本でしか、恋人というものを知らない。だけど、やっぱり恋人がいるのに他の女性に触れるだなんて、何だか腑に落ちないわ……。
私は王子につられて、首を傾げ返す。
「僕に恋人とか、そういった人はいないけれど」
んんんんんん??????
どういう事かしら、なら先程の女性は一体……
初めての投稿にも関わらず、ブックマークが付いていた事に驚いています。
ありがとうございます。
お盆中に書けるだけ書いて、その後はのんびり更新の予定です。
ブックマークよろしくお願いします。