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『失恋癒します』
店の内側から貼られた、胡散臭い手書きの貼り紙。それをガラス越しに1人の女性が見つめていた。
店内からその様子を見ていた私は、来るなら早く入ればいいのにとそう思った。だけど現実問題、あの女性は私の魔法の技術を信用していないのだろう。魔女は信用商売だもの、16歳のヒヨッ子な私じゃ信用されないのも無理ないか……。
それでも、あの女性がいつ店内へ入って来てもいいように、魔法薬の入った瓶を用意することにした。
自身のローブの内側から取り出した小さな瓶を、テーブルの上へと置くのと同時。扉に設置されたベルが、チリンチリンと音を鳴らした。
「いらっしゃいませ」
「……あのぅ、」
お客の女性は、物が雑多に置かれた店内を見回しながら尋ねる物言いをする。
「どうぞ店内は好きに見て回って、私に用があるなら奥へどうぞ」
女性は私の声を聞くと、視線を店の奥へと向けてきた。そうしてようやく私の姿を見つけたみたい。
遠慮がちに歩いていくる女性は何処か覇気のない顔をしている。痩せた身体は不健康そうで少し可哀想。これは結構重症そうね。
店の奥、会計をするためのテーブルの所までやってきた女性は、椅子に座る私を見上げた。テーブルが高めになっているせいで、自ずと彼女は私を見あげる形になる。
「私に用事ね、そこの椅子へ座って」
女性が椅子に座ったのを確認して、私は右手の親指と人差し指を出す。指と指の間には杖が現れ、それを慣れたように摘む。そしてお客へ注意を促した。
「椅子が高くなるから気をつけてね」
杖をくるりと振るうと、椅子の足が伸びる。
「わっ!?」
小さな悲鳴が店内に響く。
これで私の目線とお客の目線は同じだ。
深くかぶったフードのせいで、もう彼女の顔は見ることができない。だけど私の仕事にお客の顔を見ることは不要だから、全くもって問題はない。
「さぁ、ご依頼は何かしら?」
「私、恋人に……。いいえ、恋人だった人に振られてしまったんです。どうか魔女様、この気持ちを取り出してはくださいませんか」
「ならこの書面を確認して内容に問題がなければサインをして」
私が杖を振るえば、1枚の紙とペンが女性の前へと差し出される。
書面に書かれていることは主に
・感情を差し出すことに同意すること
・差し出した感情の使い道は私に一任すること
・感情の抜き出しにかかる費用
・失敗しても責任は取れないこと
※ただし失敗した際に、支払いの義務は発生しないこと
この4点。
ちなみに恋愛感情の抜き出しは10万G、他の魔女に比べたら破格の安さだ。その辺の旅魔女に頼んだら30万Gはくだらない。
おばあ様がここへお店を開き、信頼を得て、固定客を沢山作ったからこそ出来る金額よ。それと私の確かな技術のおかげ。
まだまだ若輩な私だけど、魔法の操作は一流だとおばあ様が褒めてくれたもの。それにおばあ様よりも手際がいいと褒めてもらったことだってあるの。
女性は紙に書かれたことをじっくりと読んだ後に、ペンを手に取った。
名前が記入されたことを確認した私は、再度杖を軽く振るう。するとペンは元の場所へ戻り、紙は私の前へと置かれた。
「シーラ・アングリッドね。確かにサインを頂いたわ。さぁ肩の力を抜いて、深呼吸をして」
再び杖を振るえば、今度は先程テーブルの上に用意しておいた瓶の蓋が開く。中からは粉が溢れ、お客の周りでキラキラと舞いながら消えていく。
甘く心地の良い香りに包まれ、お客のシーラさんの呼吸が落ちつていくのが見て分かった。
スゥー……、ハァー……。
私自身も深呼吸をして、集中力を高める。そして自分の魔力をシーラさんへ纏わりつかせた。彼女の感情を慎重に探っているのだ。
「あったわ、恋心」
杖を振るい、慎重に彼女から感情を取り出していく。そして取り出した感情を、空いた瓶へと丁寧にしまった。
瓶の中には桃色と紫色と水色の気体がふよふよと浮いている。
「温かい色が多いわ、とても素敵な恋をしていたのね」
彼女の愛が温かく深かったからこそ、振られた悲しみはこんなにも大きくなってしまったのだろう。
「目を開けて」
私の声に反応して、ゆっくりと瞳を開くシーラさん。初めはボーッとしていて、瞳は少し虚ろだった。だけど、次第に意識がハッキリしてきたのだろう、彼女の瞳がしっかりと私を捉えた。
「わ、たし……」
「気分はどう?」
「とても、すっきりしています。どうしてあんな人の事であんなに悩んでいたのかしら」
少し痩けた頬で微笑むシーラさん。でも彼女の笑顔に痛々しさはこれっぽちもない。本当にスッキリとした笑顔を見せてくれた。
「お家へ帰ったら、温かくて美味しいご飯をたくさん食べてね」
「えぇ……魔女様、本当にありがとうございます」
シーラさんは、お金を払うと何度も何度も私にお礼を告げてくれた。私はただ依頼されたから感情を抜き取ってあげただけなのにな。大袈裟にお礼を言う彼女の感情は、私には理解できない。
でもまぁ、感謝されて悪い気はしないからいいんだけど。
私は店の入口で彼女を見送ってから、また店内奥の椅子へと腰を下ろした。
「魔法薬の生成でもしようかしら、でもその前にお茶を飲むのもいいかも……」
だけど、外からバタバタと騒がしい足音が複数聞こえてきて、その思考を中断する。
「騒々しいわ、一体なんなのかしら」
勝手に眉間にしわが寄ってしまう。
それとほぼ同時に、店の扉が乱暴に開かれた。
「魔女はいるか!!!!!」
なんて無礼な人なのだろう。乱暴に扉を開けた上に怒鳴りだすなんて、こんなお客は初めてだ。というか、きっとこの様子だと客ですら無いのだろう。
私は咄嗟に杖を構える。
「皇太子殿下の命により、貴女を王城へお連れする!!!!!!」
なにそれ、どうして王城なんかに連れていかれなければならいのだろうか。何かこのお店の事で悪い噂でも聞きつけたのかしら。
例えそうだとしても、そんなの濡れ衣よ。この店はちゃんと国から許可を取って経営している。それに感情を抜き取る際には、お客からサインを貰うことだって忘れていない。
濡れ衣なんかで連れていかれるなんて、絶対に嫌!
乱暴そうな男が店の奥へ来るより先に、私は裏口へ向かった。彼に捕まりたくない、その一心で。
時間を置いてまた戻ってくれば、男も諦めていなくなっているだろう。とりあえずはローブの中の魔法薬があればなんとかなるだろうし、大丈夫!
裏口から外へ出れば、あとは走って出来るだね遠くまで逃げるだけ。
だったのに。
「そ、そんな……」
裏口には別の男が待ち構えていた。
不覚だわ、確かに足跡は複数聞こえていたもの。
私は鉄で出来た鎖で拘束されてしまった。
初めての投稿になります。
不備がありましたら、申し訳ありません。