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 そっと手を握られた。私の腕を掴んでいたクリストファー王子の手が、私の手を包み込んだのだ。


「ルーナ、大丈夫だよ」


 王子を見上げると、彼が滲んで見えた。目頭が熱くなるけど、溢れそうになる気持ちを必死に堪えた。


 この涙の理由は、自分でもよく分からない。だけど、王子の優しい声を聞いたら自然と出てきてしまったの。


 王子の視線がチラリと私よ手首へと向いた。


「ごめんね、痛かったよね」


 私の手を握ている手とは反対の手が、私の手首を撫でる。


「いえ……」


 こそばゆい気持ちに、私は思わず俯いた。


「クリストファー王子!」


「あぁ、リディナ。そうだった」


 クリストファー王子の声色は、私を気遣ってくれたものとは全然違う声だ。


 彼はテーブルの上に置かれた1枚の紙を手に取る。


「あっ、」


 それと同時に、リディナさんがか細い声をもらした。

 その声に私は目の前の彼女へと視線を向ける。すると、彼女悲壮に満ちた表情が私の視界に飛び込んできた。


「ルーナ、さっそくだけど仕事だよ」


「これって……だけど、彼女は」


 クリストファー王子が私に差し出した紙は、感情を抜き出すことへの同意書だった。

 そこには、リディナさんの名前が記されている。


 私は反応に困ってしまう。


 だってどう見たって、リディナさんが納得しているようには見えない。


「リディナ。君はちゃんと同意したよね?」


「……はぃ」


「ルーナ、この通りだ。同意は得ている。お願い出来るかな?」


 これは仕事。私は契約書にサインをしたし、同意書にもサインはある。


 クリストファー王子の依頼で受けた仕事なのだから、彼女の感情を抜き出すことに躊躇なんてしてはダメ……よね。






 意を決して、私は杖を握った。






 杖を振り、魔法薬をローブの中から取り出す。そうしながら彼女へ声を掛けた。


「リディナさん、目を閉じて深呼吸をして……もっと、大きく吸って……吐いて……」


 魔法薬が彼女の周りにキラキラと漂う。


 彼女の感情はなかなか落ち着かない。魔法薬の効果を少しずつ増やして、彼女の様子を見ていく。


 しばらくして、ようやく彼女の感情が凪いだ。


 私は集中力を高め、彼女の感情を探っていく。多くの悲しみのなかに、どす黒く赤いものが見つかる。


 こんな色の恋心は、初めてだわ。


 強く強く、執着するように、クリストファー王子を想っているのね。


 私のお店へ足を運んでくれる人達は、みんな気持ちに整理をつけてから私の元へ訪れている。だからみんな落ち着いた恋心の色をしていたんだわ。


 恋って………………。


 私はゴクリと、唾を飲み込んだ。


 杖をくるりくるりと振るう。淀んだ赤い色が彼女から抜き出されていく。


 それを瓶へしまい。私は懐へと収めた。


「リディナさん、目を開けて。お加減はどう?」


 瞳を開いた彼女は、何度かパチパチと瞬きを繰り返した。そしてクリストファー王子を見る。


「わ、たし……」


 私の知らない反応だった。だって今までのお客は、感情を抜き取ってあげるとスッキリとした顔をしてくれたもの。


 だけど、目の前の彼女は悲しそう。


「大丈夫、ですか?」


「えぇ、頭がスッキリとしているわ。気持ちも、軽い」


 彼女はスっと立ち上がると、クリストファー王子へ頭を下げた。


「クリストファー王子、この度は無礼な姿を晒してしまい、大変申し訳ありませんでした」


「許すよ。だからもう下がって」


「ご厚情感謝致します」


 リディナさんは再び綺麗な礼を見せると、部屋から去っていった。その背筋はピンと伸びていて、先程までの彼女の印象とは全然違う。


 これが令嬢の振る舞いというやつなのかしら。


 彼女の感情の大部分は悲しみに覆われている。それは、感情を抜き取ったあとの表情からも十分に読み取れた。


 にも関わらずあの凛とした姿。


 かっこいいわ。


 それに比べて、私は本当に弱い。この仕事を受けることについて、何にも考えられていなかった。


 戸惑いを、抑え込めない。


 今までは失恋をした気持ちを抜き出して来たけれど、今回は違うんだ。


 クリストファー王子が同意を得るとは言っても、令嬢達が心からそれを受け入れてくれている訳ではないんだわ。


「ルーナ」


 優しい声。名前を呼ばれただけなのに、沈んでいた気持ちがふわっと掬いあげられるような、そんな気がしてしまう。


 だけど……。


「……クリストファー王子」


「ごめんね、ルーナ」


 視線をあげると、いつもあるのは微笑む王子の姿。なのに、今回は違った。


 彼の親指が私の目尻を拭う。


 どうして貴方がそんなに悲しそうな、顔をするんですか。


 王子、貴方の依頼でこの仕事をこなしたの。だからせめて貴方は喜んでくれないと……。


 私は仕事を失敗したの……?


 私は、人を悲しませたくてこんなことをしているんじゃないのに……。


 どうして。






「あぁ、ダメだね。悲しんでいる君を前に、気の利いた言葉の1つも出てこないなんて。……普段はこんな事ないのに」


 王子は席を立ち、私を置いて部屋から出て行った。


 すると、頬に暖かいものが伝った。


 それを拭ってくれていた人は、もうこの場から立ち去ってしまった。その事実が、また私の頬を濡らした。





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