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 何を言えば正解なのか分からない私は、カップを手にしたまま固まってしまった。


 そして、肩にふわりとした感覚が……。


「ルーナ、僕が説明するから紅茶を飲むといいよ」


「クリストファー王子……」


「ちょっと、クリス様! そのような女性は放っておくべきですわ。佇まいも服装も、令嬢としてこれっちぽっちもなっていないですもの」


 ズキンッと、心臓が跳ねた。


 紅茶を飲む気分にもなれない。


 帰りたいわ……。


「リディナ、彼女は僕のお客様だ。そのような物言いは見過ごせない」


「えっ、クリス様が怒って……。ち、違うんです、私はただクリス様に貴女は相応しくないと、念を押して差しあげただけで。無駄に期待をしてしまっても、彼女が可哀想だから……」


 そう、可哀想……ね。


 弱い私は、視線を下げてこの時間に耐えることしか出来ない。


「ルーナ、大丈夫?」


「え、」


 隣に座っていたクリストファー王子の視線と私の視線が絡んだ。


 彼が私の頬に触れて、自分の方へ向かせたせい。


 嫌よ。だって私、今とても情けない顔をしているもの。見られなくない。


「瞳が赤いね。場所を変えようか」


 クリストファー王子は私の手に触れると、立つように促してきた。私は逆らうことなく立ち上がる。


「グリッドここは任せたよ。ルーナは僕と一緒に行こうか」


「待って、クリス様!」


 クリストファー王子は振り返らない。振り返ったのは私の方だった。女性の事が気になってしまったから。


 王子に触れようとしていたその令嬢は、エリックさんが引き止めている。

 引き止められた彼女は、泣きそうな顔をしつつ、私を鋭い視線で睨んでいた。


 








 部屋を出て、ようやく空気を吸えたような気がした。


「ルーナ、ごめんね。もうこんな事はないようにするから」


 クリストファー王子は、気を使ってくださっているようだけど、正直いたたまれなくて仕方ない。


「クリストファー王子、ごめんなさい。契約書の確認は後日ではいけませんか」


 先程の女性の言動が、チクチクと心を蝕んでいく。


 彼女の言っていたことは正しい。私には教養だなんてないし、令嬢なんてものもよく分かっていない。身分が違いすぎる。


 私は魔女よ、令嬢の立ち振る舞いだなんて知るわけがないし、必要だってないもの。


 ……1人になりたいわ。


「あぁ、君はそうやって……」


 私の手を握っていた王子の手に力がこもった。蕩けるような彼の瞳が、私に絡みつく。


 なんだか、とても嫌な予感がした。


「な、なに」


「やっぱり、ルーナは可愛いね」


 手を引かれ、気がついたら私は彼の腕の中に。


「やっ、離して!」


 王子から離れようと胸を押しのけても、力の差でビクともしない。


「ルーナはこんなにも非力なんだね」


「私、非力なんかじゃないわ!」


 私は手袋をはずして、王子の服へと触れた。そして杖を振るう。


 魔力を込めて触れたものなら、魔法で動かすことができるもの。


 私は魔法を使って、王子を自分から引き剥がした。


「ごめんねルーナ、降参だよ」


 両手をあげた王子を見た私は、杖を離した。パッと手を離せば、杖はキラキラと消えていく。


「クリス、お前まだこんなところにいたのか。リディナ嬢をどうにかしてくれ。ルーナは私が連れていくから」


 廊下に声が響く。


 やってきたのはエリックさんだった。なんだかげっそりとしていて、疲れているように見える。


「あぁ……」


 クリストファー王子は返事をしたけれど、覇気のない返事だった。彼は自分の手を見つめてボーっとしている。


「クリス? お前どうしたんだよ」


「いや、自分でもよく分からなくて……。ルーナ、驚かせたよね。本当にごめんね」


 王子は本当に申し訳なさそうに謝った後に、来た道を戻って行った。


「アイツ本当にどうしたんだ? ルーナ何かされたの?」


 エリックさんに問われ、先程の出来事を思い出す。

 ふわりと香った甘い匂い、意外と逞しい腕、耳にかかった吐息……。それから、蕩けるような熱い瞳。


 顔に熱が集まる。


 って、嫌だ。私何を思い出しているの。急に抱きしめてくるなんて、非常識よ! クリストファー王子はいつも女性になんな風なの!? ありえないわ。


 頭をブンブンと振って、先程のクリストファー王子の残像を頭から追い出そうとする。


 だけど、顔に集まった熱は冷めてくれない。


「え、もしかしてクリスの奴……。ルーナにキスでもしたんじゃ……」


「そこまではされていないわ!」


「そこまでってことは……」


「ち、違うの……。エリックさん、どうかもう聞かないで……」


「分かったよ。とりあえずクリスの部屋へ行こう。契約書持ってきたんだ」


「え、私今日はもう……」


 帰りたいのに。


 私の意志とは裏腹に、エリックさんは私の背中を押す。


 だけどここで帰りたいと伝えたら、エリックさんが来る前に、クリストファー王子と何かあったのだと、余計に怪しまれてしまうかもしれない。


 せっかく契約書だって用意してくれたんだもの。用意してくれた人達にも申し訳ないわ。


 そう思って、私は大人しくエリックさんの言葉に従った。







 部屋に入到着した。私はそれと同時に辺りを見回してしまう。ここがクリストファー王子のお部屋……? 王子様の部屋にだなんて、入っていいのかしら。


 キョロキョロとしていると、不意に背後から声をけられた。


「それで、ルーナ。クリスとは何があったのかな」


 聞かないでって言ったのに……。声の聞こえてきた方へ振り返ると、そこには最高にいい笑顔をしたエリックさんがいた。





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