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「朝市が開かれているね」


 クリス……さんが、足を止めて辺りを見渡した。そして再び口を開く。


「うん、活気があっていいね」


 こっそりと彼の顔を盗み見る。その穏やかな表情は、今までとはまた違う優しさに満ちた顔だった。





 彼がこちらを向いたので、私は慌てて視線を地面へと向ける。


 盗み見ていたこと、バレてないわよね……?


「今日はあまりゆっくり出来る時間がないけど、今度また時間を作るから一緒に朝市へ行かない? 朝市と言わず色んなところへ行こう」


「どうして……」


 突然の提案に、彼の意図が分からず返事に戸惑う。今日は朝早くて、私自身が朝食を食べたいと言ったのだ。だからまだ分かる。


 あれ、でもそれならどうして最初からお店を探しておいてくれたんだろう……。


 彼と出かけることと、私が引き受ける令嬢達から感情を取り出す仕事。この2つに何か関係があるの?


「ルーナが可愛い反応を見せてくれるから」


「――ッ。それって」


「ほら、馬車に戻るよ」


 私、完全に面白がられてる!!!!


「ちょ、ちょっと!!」


「ほら、ルーナ早く」


 面白がるなんて酷いと、文句を言ってやりたい。だけど私の手を掴んだ王子が、長い足でさっさっと歩いてしまうせいで、私は小走りだ。

 スタスタを前を優雅に歩く彼は、私の話なんて聞く気が無さそう。


 ぜんっぜん優しくないじゃない。


 拗ねてるとか、そんなんじゃないけれど、私は彼を視界に入れないようにしながら進む。


 私の手を握る手の力が、何だか強くなったような気がした。






 馬車に戻ると、狭い空間に王子と2人きり。


 先程のことについて文句を言ってやりたい気持ちと、気にしていると思われたくない気持ちが交差する。


「ルーナ」


 名前を呼ばれても、返事をしたくない気分……。だからといってクリストファー王子相手に、返事をしないだんて失礼だということも分かっている。


「……はい」


 私の口から出た返事は、何とも情けない小さな声だった。


 ふふっと、笑いを漏らす声が聞こえたような気がするわ。だけどここで何かを言えば、まるでムキになっているように見えてしまう。だから、今は我慢。


「この後は、城へ来て貰えるかな? 書類の確認を一緒にしてもらいたいんだ」


「書類の確認だけなら」


 まだ時間は早い。書類の確認をして帰れるなら、一昨日干し終わっている薬草を使って魔法薬の生成をする時間もあるだろう。


「それなら良かった。僕は少し書類に目を通しているけれど、何かあれば気にせず話しかけてね」


「分かりました」


 クリストファー王子とは反対方向の窓を見つめる。

 建物が沢山並んでいるのが遠くに見えるけど、あれが王都なのかしら。私が住んでいるところから、そう離れているわけではないけれど、まるで違う世界のようだわ。


 見慣れない風景が、近づいてくるに連れて、その気持ちはより一層強くなっていく。


 私と王子では、本当に住む世界が違うのだと……、そう強く感じた。


 チラリと彼の方へ視線を向けると、窓のところへ肩ひじをつきながら、片手で書類を持っていた。


 私が見ていることにはこれっぽっちも気づいてなさそう。


 ジッと書類を見つめる姿は、真剣そのものだ。エリックさんが言っていた、彼が真面目だと言う話は、本当のことなのだろう。


 性格はともかく、本当に綺麗な顔だわ。別に性格が悪いというわけではないけれど……、むしろ優しいわけで……。


「ん? ルーナどうしたの」


「へぁ!? な、なんでもないわ」


 流石に見つめすぎたかしら。突然話しかけられて、思わず顔を逸らしてしまったわ。


「ふふっ。そっか、なんでもないんだね」


 王子から返ってきたのはその返事のみだった。助かったわ……。


 隣のクリストファー王子の様子が気になるけれど、見ていることに気が付かれてしまったら嫌。そう思ってしまったせいで、その後はずっと反対側の窓の外を方を見ることにした。








 お城へ到着して、前回案内された部屋と同じ部屋へと通された。


「ルーナ、座って。直ぐに契約書が届くと思うから一緒に待とう」


「分かりました」


 すると、私が座るのを見計らったかのように、執事のグリッドさんが現れた。


「紅茶と茶菓子でございます」


 またグリッドさんのお茶を飲めるだなんて、嬉しいわ。


 目の前にお茶が置かれる様子をジッと見つめる。グリッドさんはテキパキと動いているのに、一つ一つの動作が丁寧でなんだか見入ってしまうわ。


「ルーナ、嬉しそうだね」


 パンケーキではしゃぎ、紅茶で喜び……。意地汚いと思われたかしら!?


「あ、えっと……、その……、」


 そんな事はないと言いたかった。けれどここで否定してしまったら、グリッドさんに失礼なのでは。


「グリッドさんの淹れてくれるお茶は美味しいですから、嬉しくて当たり前です!!」


「ほっほっほっ。これはこれは、嬉しいお言葉でございます。ルーナ様ありがとうございます」


 つい勢いよく、立ち上がってしまった。


 だけど、グリッドさんは優しく返事を返してくれた。そして今日のお茶も自信作だと続けた彼は、早く飲んで欲しいと私に座るタイミングを与えてくれた神様だ。


 私はいそいそと座り、紅茶の入ったカップへと手を伸ばす。


 そしてグリッドさんが淹れてくれた紅茶を頂こうと、カップを口元まで運んだその時……。





「クリス様ぁ~~~〜!!!!!!」





 可愛らしい女性の声が部屋に響いた。





 扉の前には、昨日とはまた違う女性が立っている。その女性は私を見つめると、一瞬瞳を大きく開いた後、鬼のような血相でズカズカとこちらへ歩いてきた。




「貴女誰よ!」




 私の目の前までやってきたその人は、大きな声で私に問う。誰だなんて聞かれても、なんて答えればいいのかしら。


 視界の隅には、扉付近に立っているエリックさんが、手を額にあてて困っている様子が見えた。




 私、どうすればいいの。





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