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「ルーナ、おいで」


 馬車の中から、クリストファー王子が私に手を差し伸べてくれる。

 彼の声を聞いたエリックさんは、私の為に横へ1歩移動した。


 そして、引き寄せるかのように数歩前へ進んだ私は、彼の手へ触れようとする。だけど私が触れるより先に、王子が私の手を掴んだ。


 ふわりと引き上げられ、馬車の中へと足を踏み入れる。


 後ろからはガチャりと、扉の閉まる音が聞こえた。エリックさんが扉を閉めてくれたのだろう。


「ほら、ここへ座って」


 クリストファー王子は、自分のすぐ横をトントンと叩いている。

 指示された場所に座る時、彼の膝の上に書類が置かれているのが見えた。


「クリストファー王子、昨夜は寝ていないと聞きました。体調は大丈夫でしょうか」


「心配してくれるんだね、ありがとう。大丈夫だよ」


「無理はなさらないで下さいね」


「あぁ、もちろんだよ」


 馬車の中が揺れ始めた、動き出したのだろう。

 昨夜とは違い外が明るい。流れる景色を見るのは何だか心が踊る。


 お店と近くの町を行き来する時は、いつも歩いていた。それに薬草も、この辺で採れないものは、旅魔女から交換をしてもらっていた。

 今まであまり気にしたことはなかったけれど、私はこの町から出たことがなかったんだ。


 昨日初めて町の外へ出たのだという事に、今になって気がつく。


 世間知らずだとは分かっている。だけど、自分で思っていた以上に、私の世界は狭かったのかもしれない。


 思わずローブを握りしめた。


「あ……、」


「ルーナ、どうしたの。窓の外で何か見えたの?」


「えっと、いえ。昨日お借りした手袋をお返ししなくてはと」


 ローブの内ポケットから、昨日貸してもらった手袋を取り出して、クリストファー王子へ差し出す。

 すると、王子は私の手までをも掴んでこちらへ押し返してきた。


「それは、ルーナのものだよ。これから城へ来ることも増えるんだから、ないと不便でしょ」


「でも……」


「これは必要経費ってやつ。ね?」


 彼はやっぱり押しが強い。何を言ったところできっと王子は引いてくれないだろう。


「ありがとう、ございます」


 手袋を受け取る意志を見せると、彼は満足そうに微笑んで、ようやく私の手を離した。









 ずっと感じていた振動が無くなった。馬車が止まったみたい。


「着いたね」


 チラリと外を見たクリストファー王子が、そう呟いた。

 そして私の前を通って扉を開き、馬車を降りる。


「ほら、ルーナ。掴まって」


 姿勢を正して手を差し出す姿が、何とも様になっていてる。きっと沢山の令嬢と接してきて、こういうことも慣れているんだわ。


 私が手を伸ばせば、優しく、だけどしっかりと支えてくれる大きな男の人の手。


 馬車を降りた後、何だか照れくさくなってしまって、私はフードを深く被った。


「ルーナ、もしかして人の多いところは苦手だった? 大丈夫?」


「全然、大丈夫……です」


 私の行動で、クリストファー王子に無駄な心配をかけてしまった……。


「なら良かった。もし何か少しでも嫌なことがあったら気にせず言ってね。あと、念の為手袋はしておこうか」


 私はこくこくと頷いてから、手袋を取り出して身に付けた。


「馬車で町へ入ると目立ってしまうから、ここからは少し歩くよ。さぁ、行こう」


 よく見てみれば、馬車は町の外れに止まっていた。王子の服装も昨日に比べると、煌びやかが全然ない。


 町に馴染むよう、考えてくれていたのね。


 クリストファー王子は、私の手を掴んで歩き出す。後ろから付いてくる足音も聞こえるから、エリックさんも着いてきているのかもしれない。





 まだ早朝の町は静かな空気に包まれていた。

 私が来る時間帯はだいたい9時頃で、その時間は朝市で賑わっている。けれど今はまだ準備時間みたい。


「こんなに朝早く、お店空いているのかしら」


「美味しいパンケーキのお店があるらしいんだ。エリックが調べてくれたから間違いないよ。だから心配しなくても大丈夫」


「パンのケーキ……」


「ルーナはパンケーキは初めてかな? 気に入ってくれたら嬉しいな」


「食パンならよく買うので知っていますが……」


 私の知っているケーキは、おばあ様が作ってくれたケーキだけ。甘いパンにクリームが塗られていてとても美味しかった。そんな感じの食べ物……よね?


「ふふっ、ルーナの反応が楽しみだなぁ」


 ……やっぱり私が思っているパンのケーキとは違うのかもしれないわ。


「ルーナってば何だか難しい顔をしているね」


「えっ、」


 横を向くと、クリストファー王子の顔が見えた。


 あれ、フードは……? どうして!?


「フードが取られちゃった事にも気が付かず、ルーナは何を考えていたんだろうね」


 いつの間に……、全然気が付かなかったわ。それに私ってば、どんな顔をしていたのかしら。


 再びフードを被りたかったけど、何だかそれは悔しいような気がして我慢する。


「あ、ここみたいだね」


 立ち止まった前には、オープンと書かれた看板が見えた。


 ここにパンのケーキがあるのね……。一体どんな食べ物なのかしら。変な反応をしないよう、覚悟しておいた方がいいかもしれない。


 王子に笑われるのは嫌だわ……。


 お店へ入るクリストファー王子の後に続いて、私も店内へと足を踏み入れた。




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