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今日はここから  作者: いのくちりひと
第6章
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(42)

「ナイッシュー!」

 大きな声を出して、トモ君がピッチに向かって手を叩く。誰かのシュートが決まったようだ。ピッチ内練習での、フィールドプレーヤーによるシュートの練習。シュートを打つほうの練習だ。

 ゴール前での壁パス(ワンツー)からのシュート。壁の役は福さんだ。福さんはゴールを背にして、ゴールの前から少し離れた位置に立っている。その視線の先で並ぶ選手たちの中から、次に澤田(さわだ)が手を挙げた。澤田はシュートが上手いフォワードの選手だ。

 ドリブルを始めた澤田の前に守備役のコーチが立ちはだかった。澤田はすぐさま福さんにパスを出して、自分はコーチの背後へすり抜ける。そのまま走り込んだその先に、福さんからのパスが素早く戻る。それをもらって澤田がシュート。速くて力のあるボールがゴールの端に突き刺さった。自由(フリー)でシュートを打てる場所に走り込んだ澤田と、その場所にパスを出した福さんとの連係。1人目と2人目とが息を合わせて相手を抜き去るプレーだからワンツー。この距離でフリーでシュートを打たれたら、ゴールを守っていた諸星もさすがに防ぐことは難しい。

「ナイッシュー!」

 トモ君がまたピッチに向かって声を出す。

「ナイッシュー!」

 僕も一緒に声を出す。今のシュートは僕も見ていた。

 もう1人のキーパーである山崎は、ピッチの端でパントキックの練習をしている。パントキックというのはキーパーが蹴るキックの方法のひとつで、ボールを手から離して地面に着くよりも前に、空中(ボレー)で蹴って大きく飛ばすキックだ。プロだとめちゃくちゃ遠くまで飛ぶ。飛ばす場所を正確に狙わず(ちから)いっぱい飛ばそうと思えば、ピッチの真ん中にあるハーフウェイラインを余裕で越えて、相手の陣地の真ん中くらいまで飛んでいく。でも今は狙って蹴る練習だ。向こう側には練習中の阪奈の選手たちがいるから、飛ばす先はハーフウェイラインの辺りまで。そこでコーチが両手を上げて待っていて、ほぼ正確に飛んで行く。さすがはプロだなぁと思う。

「ダイスケさん、これ見て! ガラポンで当たった!」

 僕から少し離れた右側の1段高い後ろの席から、ユミさんが声をかけてきた。そのすぐ隣の向こう側にはヨースケさんもいて、並んで座ってこちらを見ている。さすがにヨースケさんは体が大きい。ユミさんの隣に並ぶと、座っていても身長差がずいぶんあるのが分かる。

 ユミさんが右手に持っているのはビニールのプチプチで包まれたボトル状の瓶か何か。細くなった先端部分を指でつかんで縦にして、それを見えるように「ほれ!」と言って僕に向けた。

「何それ?」

「回したら黄色が出てさ。何か当たった! と思ったら、お酒やった」

「え、凄いやん!」

 FC立花(たちばな)のスポンサー企業のひとつに地域でも名の知れた酒造メーカーがあって、その会社が福引の景品として提供してくれたお酒をユミさんが当てたらしい。

「ユミさんは普段、家でお酒飲む人なの?」

「ときどきね。家では週1で試合の日の夜に飲むくらい。旦那は毎日くらい飲むけどね。って言っても旦那は基本はビールやし、私は飲んでもチューハイとかやで、日本酒はお正月に旦那の実家で飲むくらい。でも今日はせっかくやで、勝ったら家で、これ飲もっかなぁ」

 ユミさんは、「ね!」と言いながらヨースケさんのほうを向いた。ヨースケさんは「ええよ」と返して優しく笑う。やっぱり2人は仲がいい。きっと家に帰ったら2人で仲良くそのお酒を飲むのだろう。

 勝利は僕やみんなに幸せをもたらしてくれる。

「今日は絶対に勝たなあかんね」

「当ったり前やん。頑張って応援して勝つよ。勝って勝利の祝杯やん!」

 僕の言葉にそう返して、ヨースケさんが握りこぶしをこちらに(かか)げる。僕も同じように握りこぶしを作って、それを空中でコツンと押し返した。



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