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スペシャルな出会いは他にもあった。
「ねえ、それ通信しよ?」
真帆に最初にそう持ちかけたのは結菜ちゃんのほうだ。
「同じやつ持っとるやん!」
2人を見た美紀が驚いた声を出した。真帆が持っているゲームと同じ、たまごの形の色違い。真帆はブルーで、結菜ちゃんのはグリーンだったと思う。
「後ろの席に行ってもいい?」
そう美紀には聞いたらしい。僕が気がついたときには真帆は1つ後ろの席で、結菜ちゃんの隣に座っていた。哲也さんがいて拓海君がいて、結菜ちゃんが座っているその隣。それが真帆と結菜ちゃんとの始まりだった。
そのゲームは通信機能をオンにすれば、お互いが育てたキャラクターをゲームの中で遊ばせることが出来るもの。オスとメスとで仲良くなれば、結婚という展開もあるという。
「どうやってやったら、そうなるの?」
お世話の仕方によってどんなキャラクターに成長するのかが分かれるらしく、上手くお世話するコツを真帆が結菜ちゃんに聞いていた。
「攻略本があるの。今度のときに持ってきて貸してあげる」
僕が知らない間にそういう約束が出来上がっていた。
「大体いつも、この辺りの席にいるので」
おかげで僕も、次のホーム戦で哲也さんとまた会う約束が出来た。
結菜ちゃんはその当時から、年齢よりも少し大人びて見える感じの女の子だった。美容師をしているお母さんの早苗さんの影響もあったのだろうか、可愛いだけでなくお洒落な感じで、将来は美人になるだろうと思われた。日頃からお姉ちゃんが欲しいと言っていた真帆にとって、結菜ちゃんは同学年でありながらもお姉ちゃんのような存在であり、憧れの友達だったんじゃないかと思う。
高校の2年生になった今の結菜ちゃんは、僕の個人的な意見としては、そこまで飛びぬけてというほどではなかったけれど、可愛くもあり美人でもあり、姉御肌を感じさせる女の子になった。おじさんサポーターには当然ながら人気があって、同年代の女子サポーターやちびっ子サポーターからも慕われる存在だ。
真帆と結菜ちゃんの関係は、会わなくなって以降はずっと疎遠のままだったけど、今年の夏、2度にわたる偶然の再会がきっかけで2人の交流が復活した。1度目の再会は高校野球の応援席。ブラスバンドでアルトサックスを吹く真帆の姿を結菜ちゃんが見つけて、その後で少しだけ話をすることが出来たらしい。真帆たちの後の試合が結菜ちゃんたちの高校で、真帆と同じく吹奏楽部の結菜ちゃんは、少し離れた席で応援の準備をしながら真帆たちの試合が終わるのを待っていたそうだ。
2度目の再会は吹奏楽コンクールの会場で。僕も美紀と一緒にその会場に行っていて、美紀も結菜ちゃんや哲也さんと再会したし、早苗さんともご挨拶をした。結菜ちゃんのパートは打楽器全般。木琴や鉄琴の他にも、コントラバスと呼ばれる大きな木製ベースを弾いていた。真帆はこの日は結菜ちゃんと長く話せたようで、連絡先の交換も出来たらしい。2人は今もときどき連絡を取り合っている。
さて、裕太と拓海君との出会い。そこにスペシャルな感じは全くなくて、初対面のときにはほとんど何も会話がなかった。最初は無愛想でも慣れたら良い子。拓海君の面倒見の良さを僕が知ったのはもう少し後のことだ。
「中学生? サッカーやっとるの?」
あの日の試合、ハーフタイムの間に僕は拓海君に話しかけてみた。試合の前半に哲也さんと拓海君とが話をしていて、サッカーに詳しそうな会話が僕にも聞こえていた。裕太とは少し年齢が離れていたけど、きっかけがあれば裕太とも話ができるんじゃないかという期待があった。
が、撃沈。拓海君は僕に視線を向けてくれたものの、固まってしまった感じで何も話してはくれなかった。
「人見知りなんですよ。しかも今がちょうど反抗期で。そっとしといたってください」
哲也さんがそう言っていたことを覚えている。
あれから5年が経って、今は裕太が反抗期。拓海君のほうは結菜ちゃんと同じくちびっ子サポーターから慕われていて、そのママさんたちにも密かに人気。同世代の女子からもモテるはずだと思うのだけれど、既に特定の彼女がいると思われているのか、善い人という枠に収まってそこから出られないのか、今までに浮いた話を近くで聞いたことはなかった。
「拓海君も大人になったよね」
ゴール裏で隣に座る哲也さんに僕がそう言う。
「さあ、どうやろうねぇ。で、裕太君は? 今、中学の……」
「2年生」
「何か部活やっとるの?」
「卓球部」
「そうなんや」
「新しい部長に選ばれたらしい」
「あ、それ前にも聞いた気がする。そういえば卓球部って言っとったなぁ」
「言ったっけ?」
聞いたほうも答えたほうも、以前に同じ話をしていたことを忘れている。昔のことはよく覚えているのに最近のことはすぐに忘れる。おじさん同士の会話なんてそんなもんだ。