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それに比べて、龍さんはやっぱり凄いと思う。
あの荒れた場面を制したのは龍さんだった。怒号だけでなく選手に対する罵声が出始めたときのこと。サポーターのほうを向いて、受け止めながらもストップをかけるような仕草で、両手を広げて龍さんが言う。
「分かる。分かるよ。怒る気持ちはめっちゃよく分かる。俺も一緒。めっちゃ悔しい。でもさ、応援すべき仲間に対して、存在を否定するような罵声はやめようぜ。――な!」
そう言うと、今度は選手のほうに向きなおって続ける。
「なんで負けたのか、分かる?」
「勝つために何が足りないのか、分かる?」
うな垂れる選手が多い中、真っすぐ龍さんを見ていたキャプテンの武田が、何かを言おうとするようなそぶりで口を開いて、何も言わずにまた口を閉じた。
「君たちは強いから!」
「強い気持ちでいけば勝てるから!」
「勝てる試合を落とすな!」
「勝たないといけない試合は勝て!」
「こんなクソ試合やってちゃ、ダメだって!」
選手に届くのを祈るかのように言葉のひとつひとつに間を置きながら、龍さんが強い口調で訴える。激しく厳しい言葉だけれど、温もりさえ感じる本気の言葉。トラメガは使わない。サングラスを外して、裸の声で、剥き出しの心で訴える。
「俺は素人だから、サッカーのことはプロである君たちに任せる。でもこの崖っぷちの大事な試合で、アウェイまでこんなにたくさんの人が駆けつけた試合で、君たち自身が気持ちで負けてちゃ、ダメだって!」
両手を広げた身振り手振りは大きく激しくなっていき、話す言葉のスピードも少しずつ上がっていく。
「もっと自信を持って! もっと必死になれよ! 君たちならできるから! 俺たちの応援が足りないのか? 届いてくれよ! 届いてねえわけじゃ、ないんだろ? ここにいる人たちだけじゃねえぞ! 今日ここに来れなくても! 画面の前でとか! 仕事しながらとかでも! 勝利を祈ってる人はたくさんいるんだよ! 勝ってホームに気持ちを繋ごう! それが今日ここにいる俺たちのモチベーションだったんだ! 分かる? 次のホーム戦を待ってる人たちがたくさんいて! 今日勝てばまたみんなホームで頑張って応援できる! だから! 俺たちや! 君たちが! ここで諦めてちゃ、ダメなんだって! 待ってるみんなに繋がないと! もっともっと必死になれよ! 届いてるんなら、届いてるって思わせてくれるような試合をやってくれよ!」
選手からの反応はこの時点ではまだない。何かを言いたそうにしている選手はいたけれど、こういうときにはキャプテンが出るもの。武田は真剣な面持ちでじっと龍さんのほうを見ている。僕が初めてあの動画を見たときには選手からの反応のなさにイラっとしたけど、何度も繰り返し見た後であれば、選手たちが話を最後まで真剣に受け止めようとしてくれていたことが分かる。
反応を待っている龍さんとしてはもう焦れていたと思う。
「俺らサポーターはまだ諦めへんから!」
「今までもそうやし、これからも一緒に闘うから!」
「とにかく勝って、次に繋げてくれよ!」
「頼むて!!」
少し荒っぽく言った後で龍さんがひと息つくと、そうだそうだと言わんばかりに、今度は他の人たちの必死な想いが堰を切ったように溢れ出した。それまで黙って聞いていたみんなも、想いは龍さんと同じだ。