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今日はここから  作者: いのくちりひと
第5章
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 振り上げられた大旗が僕の頭の前で(ひるがえ)る。そしてすぐまた振り下ろされて、はためきながら戻ってくる。

 ゴール裏の最前列、フェンス越しに旗竿(はたざお)を握っているのはトモ君だ。チャントのリズムに合わせるように、大旗が上へ下へと舞っている。

 大旗というのはその名のとおり、とても大きな旗のこと。旗竿に結んだほうの縦の長さで3メートルもあって、広げたときの横の長さは4メートルを超えるらしい。旗竿は5メートルほどあるのだろうか、半身(はんみ)の姿勢で腕を開いて、足、腰、背中で弾みをつけて振るのだ。

 今年は立花サポの間で大旗が大流行した。そのきっかけが何だったのかは知らないけれど、シーズンが始まった時点でもう既に前の年より数が多くて、それからもしばらくは試合のたびに増えていく勢いだった。今日も総勢15本くらいは出ているらしく、ゴール裏全体の最前列にほぼ等間隔で並んでいる。

 雲外蒼天(うんがいそうてん)。横いっぱいにカッコ良くデザインされたその4文字が、(ひるがえ)るたびに隠れては広がる。トモ君の大旗に描かれている四字熟語。雲の向こうに青空があるように、努力して乗り越えた困難の先には明るい未来が待っている、そういう意味の言葉らしい。最後まで(あきら)めずに闘う気持ち、自分と仲間の勝利を信じてポジティブに応援し続ける気持ち、どんなときでも強い気持ちでいられるように、その決意と願いがこの大きな旗に込められている。

 実は僕も、トモ君の大旗を何度か振らせてもらったことがある。見た目は簡単そうにも思えるけれど、実際に振ってみるとこれがなかなか難しい。竿(さお)に引かれて上から下に降りてくる旗と、それを引っぱってまた上に上がろうとする竿とが、空中でぶつかって絡み合ってしまうのだ。竿に旗を絡ませずに上手く振るコツは、竿の先で大きく数字の8を書くように振ること。そうすれば両者はぶつかることなく、仲良く追いかけ合うように上下する。トモ君にそれを教えてもらって僕が初めて上手く振れたときには、とても楽しくて嬉しかったことをよく覚えている。

 それぞれの想いをのせた大旗が、ゴール裏でいくつも(つら)なってはためく。優雅であり凛々しくもあり、まばたきさえ忘れて見惚(みと)れてしまうような崇高な景色。試合中はここぞというときにしか振られないだけに、今のこの景色をしばらくこのまま見ていたいと思う。その美しさと勇ましさと振る人の気持ちの熱さに、僕だけでなくきっと誰もが心を動かされるはずだ。

 大旗を振る人たちにとって特に楽しいだろうと思うのは、チームが得点した直後と、勝って終わったその直後。点を取ったその瞬間に誰が最初に振り上げるのかを競うのも楽しいだろうし、勝利の歓喜に沸く中で無我夢中に大旗を振るのも楽しいだろう。きっとそれが、大旗振りの人たちにとっての醍醐味なんだと思う。


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