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今日はここから  作者: いのくちりひと
第1章
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(03)

「ダイスケさん!」

 屋台村に降りるスロープの手前で名前を呼ばれて振り返った。声の主が誰なのかはたぶん分かっているけど姿を見つけられない。この辺りは入場ゲートに近く、まだ混雑というほどではないけど人の量は増えてきている。

 手を振りながら近づいてきたのはサポ友のユミさんだ。僕は通路の端に寄って挨拶をした。

 僕らサポーターはそれを略してサポと呼び、サポ仲間とかサポ友などという言い方をする。FC立花のサポーターのことを立花サポと呼んだりするし、アウェイチームのサポーターのことをアウェイサポと呼んだりする。

 ユミさんはショートな髪型がよく似合う可愛いらしい人。少し早口で嬉しそうに話す表情に、話好きな人なんだということがよく分かる。外見は小柄で細身だけど中身はとてもパワフルで活動的。()しの選手を応援するときのユミさんは、まるで母親のような愛情を見せる。

 年齢はたぶん僕と同年代で40代後半だと思うけど、もう少し下のような気もする。僕より上だという可能性もあるけれど、そうだとすると若く見られるタイプだろう。

 いつも近くの席で応援している僕は、ユミさんとはほぼ毎試合のホーム戦で顔を合わせる。だけど本名はもちろん、年齢とか仕事とか、プライベートなことは何も知らない。ダイスケとかユミとか、SNSのアカウントで使っているお互いの呼び名を知っているだけだ。旦那さんであるヨースケさんと仲良く2人でいることが多いけど、今日はなぜかヨースケさんの姿が見当たらない。

「ダイスケさん、スタメン見た? (ふく)さんベンチ入りしとるよ!」

「え、マジ? まだ見てない。でもそんな気がしとった」

 スタメンというのはスターティングメンバーの略。控えの選手は含めずに、試合の最初から出場する選手を指す言葉。ユミさんが言うスタメンはそれよりもっと広い意味で、今日の試合に出場可能な登録選手のリストのこと。控えであるサブメンバーの名前もそこに含まれている。

 僕も自分のスマホで確認してみた。ユミさんが言う通り、僕の推しである福宮雅之(ふくみやまさゆき)選手、つまり福さんが今日のサブに入っていた。試合中にケガをして以来、約2か月ぶりのベンチ入り復帰。待ちに待って、ようやくこの日がやってきた。嬉しくてユミさんとハイタッチしたい気分だ。

「タチマガの福さんの記事、読んだ?」

「読んだよ。あれ読んで、今日は福さん復帰するかも、って思って期待しとったの」

 タチマガというのはFC立花を応援するウェブマガジンのこと。記事を書いている立花出身のライターさんが立花サポでもある人で、選手が練習する様子やインタビューした内容を公表できる範囲で掲載してくれる。最近見た記事にはインタビューに答えた福さん自身のコメントが載っていて、試合に出る準備は出来ているということだった。

「福さん復帰して良かったね。ここんとこ負けてばっかやったで、福さんの復帰は絶対に大きい!」

 さすがはユミさんだ。僕もそう思う。僕はサッカーの戦術的な話にそれほど詳しくはないけど、福さんが試合に出ていると守備に安定感が増すような気がする。

 福さんはチームに落ち着きをもたらす要の選手。ボランチと呼ばれるポジションで、福さんの場合はやや守備的に位置をとって攻守の連携をコントロールする。味方のピンチを即座に察知し素早く相手のボールを奪い取り、そこから続く攻撃のパターンの選択肢を広げる。この選択肢が多いほど相手チームにとっては守備の対応が難しくなって、こちらは自分たちが得意とする攻撃がしやすくなる。きっと周りがよく見えているのだろう、福さんは人を活かすのが上手い。

 短く正確なパスは攻撃の機会を伺う味方の動きにリズムをもたらし、ときどき繰り出す左足からの緩急自在の長いパスは得点の起点になることも多い。福さんはそんな特徴の選手だ。


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