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今日はここから  作者: いのくちりひと
第4章
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(29)

 ゴール裏に戻って通路の階段を下りる途中、いつもの場所にヨースケさんを見つけた。この階段の通り沿い、10人くらいが並んで座れるベンチシートの右の端。その隣にはユミさんも座っている。

 ヨースケさんの大きな背中は僕の席を探す目印になる。1列前の向こうの端に哲也さんがいた。僕の席はその手前だ。

 ヨースケさんとユミさんに挨拶しながら自分の席へと進む。ユミさんはもうゲーフラの準備が出来ているようで、2本の棒を重ねて閉じた状態のゲーフラを足元に置いている。悠生がボールを蹴ろうとしている姿を後ろ側から(えが)いたユミさん渾身の作品。今シーズン背番号が7に変わったことをきっかけに、始めから新しく作り直したやつだ。

 席で哲也さんに挨拶しながら背中のリュックをベンチに降ろして、それから他の周りの人たちにも挨拶をした。いつも近くで応援している人たちのことを、僕は勝手にサポ仲間だと思っている。

 哲也さんの向こう側、階段をはさんで見上げた位置には優香(ゆうか)さんたちがいる。優香さん、モコさん、チホさんと、その1列前の(まき)くんは、僕にとってのゲーフラ仲間。それぞれ推しの選手に宛てたゲーフラを持ってきていて、それがきっかけで仲良くなった人たちだ。

 その中でも知り合ってからの期間が1番長いのは優香さんで、彼女は僕と同じく福さん推し。ゲーフラの宛先はもちろん福さんだ。僕が挨拶をしようと目を合わせた途端にさっそく福さんの話になって、今日のベンチ入りをお互いに喜んだ。

「阪奈の和美さんが探してましたけど、会えました?」

 優香さんにそう聞かれて、サーモンドッグを貰って食べたことを話した。屋台村で僕を探していた和美さんが、どうやら優香さんにも声をかけたらしい。福さんの個サポとして立花の他のサポとも交流がある和美さんは、今では優香さんとも顔見知りだ。

 僕の席から3列下、階段を最前列まで下りたフェンスの手前にいるトモ君が、僕に気がついて軽く会釈をしてくれた。高さが大人の胸の下くらいまである縦の格子(こうし)の鉄製フェンス。トモ君はそれに背中をあずけてこちらを向いて、左右に広げた両肘をそれぞれフェンスの上に置いている。僕は以前から彼のことを知っていたけど、彼と普通に会話をするようになったのは今シーズンの途中から。今年が社会人になって1年目だというこの若者は、応援のときに大旗を振る大旗隊のメンバーだ。

 今のうちに僕はゲーフラを準備する。福さんたちが出てくるタイミングはキーパーよりも後だから、急がなくてもまだ時間はある。準備だって手慣れたものだ。袋縫いにした布の両端にそれぞれ棒を差し込んで、布ごと上から大きめの目玉クリップで止める。こうしておけばゲーフラが棒から抜けて風で飛んでしまう心配がない。

 カメラを構えている哲也さんは、たぶんまた何かを撮っている。詳しくないから僕にはよくは分からないけど、白い筒状の長いレンズが付いた値段が高そうなカメラ。カメラが趣味だという人に僕は少し憧れがあって、風景なのか人物なのか花なのか、そのうち僕もそういう趣味を持ちたいと思っている。

「出てくるよ」

 哲也さんにそう言われて、メインスタンドの下の出入口に目を向けた。選手が出てくる通路の端に、キーパーの諸星(もろぼし)山崎(やまざき)がいるのが分かった。それぞれ手足や腰をひねって身体をほぐすような動作をしている。

 音楽が鳴った。選手の登場を知らせるスタジアムDJの声に弾かれるように、諸星と山崎がフィールドの見える位置へと上がってきた。そのままピッチの方向に向かって軽く走り出す。

 スピーカーから聞こえる声はまたさらに大きくなり、観客の熱い声援を誘って僕らをグイグイと(あお)ってくる。

 スイッチが入る。ピッチ内練習が始まる。僕は立ち上がって1つ咳払いをした後、スポーツドリンクを口に含んでゴクリと喉を潤した。


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