表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日はここから  作者: いのくちりひと
第3章
17/44

(17)

 連続2回の家族での観戦の後、美紀はスタジアムに来なくなった。美紀はスポーツを見て熱狂するようなタイプではなく、頑張っている選手を見て分かりやすく感動するようなタイプでもなかった。

 ただ僕にとって不可解だったのは、子どもたちが来るのにもかかわらず美紀が一緒について来ようとしなかったこと。美紀は子どもたちに対してはとても愛情が深く、性格は堅実で何ごとにも慎重。人が多く集まるスタジアムで子どもたちを僕だけに任せるなんて、そんな選択を美紀がするとは思えなかった。それほどまでにサッカーに興味がないのかと思ってそのときは諦めたけど、今になってよく考えれば本当はあのとき既に体調が良くなかったのかもしれない。

 だからその何年か後に突然あった美紀の3回目には本当に驚いた。

 その試合に勝てば来年もJ2にいられることが決まるという、残留争いの真っただ中で迎えたホーム戦の当日。その頃は子どもたちもスタジアムに来なくなっていただけに、美紀が「私が行けば勝てるかも」と言った言葉に僕はとてもびっくりした。最初は冗談だと思っていたけど本当だと分かって正直に言うと嬉しかったし、周りのサポ友さんたちに美紀を紹介する場面を想像してなんとなく少し照れくさかった。

 それでもやっぱり、美紀はスポーツ観戦に向いてはいなかった。

 J2残留を決めて歓喜に沸くゴール裏のスタンドで、僕から少し離れた後ろの席にひとりで座って美紀は眠っていた。眠れるスタンドの勝利の女神。なぜそこで眠れるのか。それを(とが)めたのがいけなかったのかもしれない。それ以降、美紀はスタジアムに来ていない。

 娘の真帆(まほ)は裕太と同じく、3回目以降も連続してスタジアムについて来た。目的は結菜(ゆな)ちゃん。スタジアムで知り合って仲良くなった、哲也さんの娘さんだ。通う小学校は違ったけど結菜ちゃんと真帆とは同い年。真帆は結菜ちゃんに会えることをとても楽しみにしていた。でも中学生になってしばらくたった頃には結菜ちゃんがスタジアムに来なくなって、真帆も僕とぎくしゃくしていた頃だったから、その時期を最後に真帆はスタジアムに来なくなってしまった。

 それ以降は僕と裕太の2人になったけど、スタジアムに行けば哲也さんと拓海(たくみ)君がいた。拓海君は哲也さんの息子さんで、結菜ちゃんの2歳上のお兄ちゃん。当時はまだ中学生だったけど、5歳も年下の裕太のことをとてもよく可愛がってくれた。

 その頃、僕らが応援していた席は今のゴール裏の席ではなくて、どちらかといえばファミリー層のほうが多いバックスタンドの席だった。哲也さんと僕との間に拓海君と裕太をはさんだり、拓海君と裕太の後ろに哲也さんと僕が並んだり。応援というより観戦で、熱く盛り上がったりするとき以外は4人で静かに試合を見ていた。だけど拓海君が高校生になって他の友達同士で観戦するようになってからは、とうとう裕太もスタジアムに行くのを面倒くさがるようになってしまった。

 たまにしか勝てないサッカー観戦で、当時小学5年生だった裕太を最後まで繋ぎ止めてくれていたのはスタグルだったと思う。「母ちゃんと姉ちゃんには内緒な」という言葉で僕は裕太に特別感を演出した。いろいろと食べた中でも牛串やコロッケと同じく定番にしていたのは鶏の唐揚げ。1箱に6ピース入った唐揚げを2人で半分ずつしてよく食べた。これで裕太の観戦期間を3か月近くは延長できたんじゃないかと思う。

 家族での初観戦から5年が経って、子どもたちも今ではずいぶん大きくなった。真帆は高校2年生で、裕太は中学2年生。それぞれ難しい年齢になってきていることを痛感する。僕は良い父親になれているのだろうか。最近は自信をなくすたびにひとりでぐるぐる考えてしまう。真帆は高校生になって少し落ち着いてきたけど、つい先日は僕が裕太のことを殴ってしまって今も自己嫌悪を引きずったままだ。

 とうの昔に他界した僕の父の、手記に見つけた父親としての苦悩。それを僕も今、きっと同じように感じている。僕は父とは違う、父のような子育てはしない、そう心に誓っていたけれど、やっぱり僕も父と同じ道を歩んでいるのかもしれない。そう思うことがこの頃だんだん多くなってきている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ