スッキリです
「ロゼ!先に戻っていたのね」
「リリー。訓練お疲れさま。今日はリデナス隊長の隊の人と顔合わせがあったから、先に帰らせてもらったんです」
新人隊の隊員に与えられた部屋で本を読んでいると、ルームメイトのリリーが帰ってきた。リリーはロゼが訓練生であったときも同室で、訓練課程が終了した後も同じ新人隊に所属になったため、新人隊の棟に移った現在でも同室である。
「ロゼ……。もしかしてリデナス隊長に絞られた?あんまり気にすることないよ」
「ああいや、そんなに怒られませんでしたよ。ただ、これから週二でリデナス隊の隊員さんと訓練することになりました」
「へええ、いい機会じゃん!リデナス隊長の隊ってことは強いんでしょ?え、属性何?」
「火使いの人ですよ。男性です」
「えー誰だろ。私そこの隊の希望じゃないから名前全然知らないや」
そう話しながら、リリーはそんなに広くない部屋に置かれたソファーに腰掛け、訓練で喉が渇いていたのか水を勢いよく飲み始める。反対側の一人掛け椅子に座っているロゼと対面するかたちだ。
「えっと、名前は確か……ゼルド=ロードさんですね」
「フブフォッ」
名前を口にした途端、リリーが飲んでいた水を吹き出す。吹き出す際に横を向くという丁寧さだ。おかげで正面にいるロゼにかからずに済んだ。横の本棚は壊滅的だが。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
「わ、私のちょっとエッチな恋愛小説が……!いや、違う、そうじゃなくて」
そんな見えやすところに置いていたのかと、ちょっとびっくりするロゼの両肩をリリーはがしっと掴み、まん丸に見開いた眼でロゼを凝視する。
「い、今、ゼルド=ロードって言った?」
「…?言いましたよ?相手の方は、ゼ」
「んのおおおおお!リデナス隊長なんて人紹介してるの!ロゼ、大丈夫!?失神したりしなかった!?」
「有名な人なんですか?」
「そりゃもう!背の高い男性陣の中にいても頭二つ分どころか三つ分高いんだから目立つし!…………何より、ちょっと失礼だけど、あの顔!喋らないところも含めて、全体的に怖い!」
「……………………あー、まあ、確かに」
よほど怖いのか、最後のほうは声を潜めながら話している。
それからリリーは、ゼルド=ロードのことについて話し出した。
「火使いだから出身がカルファで、そこの神殿支部で訓練してた頃から有名だったらしいよ。めちゃ強いし、あとは家族の血統的なやつで身長とガタイが異様にでかいから」
カルファとは、火神の子孫が多く住む国。
この世界には神が実在し、何百年に一度消滅して生まれ変わったり、時たま気まぐれに人間に干渉したりしている。遠い昔、人間は神と交わり、その神力を受け継ぐ子孫を残していった。風神の子孫は風を操る神力をもち、火神の子孫は火を操る神力を持つ。どんな人間でも、何かしらの属性をもち、その強さは個人によって異なる。そんな同じ神を子孫に持つものたちが寄り集まって暮らし、やがては国の形をとって、人々がその間を行き来するようになった現在も”国”として継続している。
風神の子孫の国、アデライド。
火神の子孫の国、カルファ。
水神の子孫の国、リュート。
土神の子孫の国、フィードライド。
音神の子孫の国、フォンティーノ。
その他にも雷、闇など、様々な神の子孫による国が存在する。ただ、全ての神に子孫がいるのかというとそうではなく、神羅万象あらゆるところに神は存在し、小さくとも、認識されなくともそれは”神”であるのだ。
また、”国”とはいうが中には部族のような組織の領地であったり、神殿直轄地であるローザリンドであったりと、例外は多数存在する。
ちなみにロゼとリリーはアデライドの出身だ。
「種族的な特徴、ということでしょうか。珍しいですね」
「まあ、私も詳しくは知らないし近くで見たことはないんだけどね。………………というかロゼ、ロードのこと知らなかったの?」
「噂とかには疎いですから」
「え、でもさ。本当に聞いたこともない?今言った特徴もそうだけどさ、なんたってあの人」
リリーが身を乗り出して話そうとしたとき、部屋のドアをここん、と叩く音がした。
「ロゼ、ロゼ、いるかい?話があるんだ」
「――――ハンスじゃない?なんでこんな時間に」
部屋の外から呼びかけた声からして、確かにハンスのようだ。ロゼの肩がほんの少し揺れる。
――もしかしなくても、討伐のことですよね。今まで直接言われなかったけどやっぱり、怒られるのかな。
「……いますよ。今行きます」
少しどきどきしながらも、ロゼは扉に向かって歩き出した。
「すまない、急に部屋に行ったりして」
「いえ、大丈夫です。それで、その、お話とは……?」
「ああ、この前の討伐について話したくて」
―――き、きた!
「あ、あの!ごめんなさい!私のせいでっ」
「……?―――ああっ、いやごめんちがうんだ!そういうのじゃなくて」
「…………え、じゃあ何の」
「――謝りたくて」
ロゼはぽかんとした。謝るのはミスをしてハンスを危険に晒した自分の方で、間違ってもハンスではない。
頭に??がいっぱいになっていると、それが顔に出ていたのだろう、それまで緊張していた様子だったハンスがフッと吹き出し、淡い笑みを浮かべた。
「術が失敗した時、俺はロゼを責めてしまっただろう……?もともとロゼに援護を頼んだのは自分なのに、だ。……理不尽に怒ってしまって、すまなかった」
「え、そ、そんな!詰めの甘かった私が悪いんですから!ハンスはこれっぽっちも悪くありません」
「俺を援護しようとしてだろう?わざとならともかく、お前はそんなことするような奴じゃない。それに、あのファイアードラゴンに俺の炎槍は効いてなかった。お前もそれが分かっていたから、もう一度俺が炎槍を出した時に咄嗟に援護して、攻撃力を高めようとしてくれたんだ。――な、お互い気にしないようにしよう」
「――――はい、ありがとうございます」
許してくれたことにもほっとしたが、何より、同じ隊員としてロゼを理解してくれていたようで嬉しかった。
「――良かった。もう普通に話せないかもと思っていたから。それは寂しいし」
「確かに、そうですね。私もそれでは寂しいです」
気安い雰囲気になり、ロゼはくすくすと笑う。
「まあ、話はそれだけなんだけどね。あー、スッキリした。話してよかった」
「ふふ。もう遅いし、部屋に戻りましょう。」
「ああ。じゃあまた明日」
「また明日」
「――ロゼ、何話してたの?すごいスッキリしたような顔してる」
「ふふ、そう?まあ確かにスッキリしたかもしれないです」
「えー、何話してたの?教えてよぉ」
「秘密ですよー。さ、寝ましょ寝ましょ」
「ちょっとぉ」
「寝ないんですか?じゃあ、リリーのちょっとエッチな恋愛小説、見せてもらおうかなー」
「おやすみなさい」
その夜、ロゼはぐっすりと眠れたのだった。