良い友
ロゼに実家からの手紙が届いた二日後、早くも作戦に参加する人員が決定された。周辺国にある支部からの派遣も幾人かあるようで、参加する御使いの殆どが実務経験と実績を兼ね備えた精鋭たちだった。そのリストを見たロゼは慄いたが、書き連ねられている名を目で追っていくうちに、見知った名が複数あることに気が付いた。
「あ、アリア」
リストを確認した日の昼休み。リストに名のあった内の一人、アリア=ヒルデンにロゼは声を掛ける。しかしアリアは振り向くことなく、すたすたと前へ進んで行ってしまう。彼女らしくない行動に、ロゼは頭を疑問で一杯にしながらも後を追いかけ、話しかけ続ける。
「アリア」
「…………」
「アリア!……な、何か怒っているんですか?」
いつもよりも早足に歩く彼女の背中に、おそるおそると言った様子で声を掛ける。アリアはその問いかけに足を止め、一つ荒い溜息をついた。
「……――なんで、教えてくれなかったの」
「…………え、あ」
彼女の言わんとすることを理解したロゼは、アリアの肩に伸ばそうとしていた腕を強張らせる。そんなロゼの様子に焦れたのか、アリアが勢いよく振り向いた。その頬は怒りで桃色に染まり、特徴的な深紅の瞳には薄っすらと涙の膜が張っている。もとから吊り上がり気味の目は、細められていることによってより猫のような印象を与えた。
「前に、ロゼが意識のない状態で運ばれてきた時があったわよね?あの時リデナス隊長は運悪く襲われただけだと言っていたけれど、嘘だということは直ぐ分かったわ。だってあなたはその後、任務に復帰してからもどこか思いつめたような様子だったし、ゼルド=ロードのことも避けているようだったから。……なにか、私に言えない理由があるんだって、何も聞かなかったのよ」
自分でも取り乱していることを理解していたのだろう、アリアは一度深呼吸をするように息を吸って、吐いた。
「……ロゼは、のほほんとしているようで何時もちゃんと物事を考えているから。私に話せないような深刻な理由が、あったんでしょう。それは分かっているわ。作戦に参加するにあたって事情を聴いたもの。口外するなとも言われたけれど。――――ねぇ、ロゼ」
棘のない、どこか泣き出しそうな声でアリアはロゼの名前を呼んだ。そして白くほっそりとした腕を、ロゼの顔へと伸ばす。
ロゼの目元を拭うアリアの動作に、初めて自分の瞳から零れそうになっているものに気づく。
「事情を私に話すことは出来なかったかもしれない。でも、それでも、助けを求めることは出来たでしょう……?私は一介の御使いだけれど、傍にいることくらいはできるのよ。何も話せなくても、胸の内にある痛みを共有できなくても、私はあなたのために何かしたかったわ。あなたが私にも壁を作るように接しているんじゃ、分からないことばかりで何もできないんだもの」
「ごっ、ごめっ……ごめんなさいっ……!」
「もう、本当に……泣きたいのはこっちよ。……ね、私のわがまま聞いてくれる?」
くすりと柔らかな微笑みを零しながら、アリアは続けた。
「ともだちだと、思ってくれるのなら。次からは頼ってちょうだい」
「うん……、うんっ!ごめんね、アリア。ありがとう」
ひしっと抱き着くロゼを、鼻水で服が汚れるからと言って引きはがそうとするアリアの顔は真っ赤だ。そんな二人に、ひょこりと現れ水を差す者がいた。
「俺も参加するぞ」
「レイ!レイの名前も、リストで見ました。よろしくお願いしますね」
「ああ」
アリアの後をついてきたのであろうこの男は、いつも通りの無表情ですっとアリアの横に立つ。まるで自らの定位置のように隣に立レイに、真っ赤な顔を見られたアリアは更に顔を赤く染め、広い背中をバシバシと叩き始めた。
「せっかくの話を、邪魔するんじゃないわよ」
「悪い、ひと段落したようだったから。それに俺も参加する作戦の事だから、無関係ではない」
しれっとしたレイは、最初から話を聞いていたらしい。そしてアリアに叩かれてどこか嬉しそうだった。ついにストーカーになるだけではなく新しい扉を開いたのかと、ロゼは心配になった。
「良い友を、もったようですね」
楽しそうに笑いあうロゼ達を窓ガラス越しに見つめながら、フランチェスカは微笑んだ。春空をそのまま映したような瞳が柔らかく細められるのを、執務机に置かれた大量の書類に目を通していたレライは顔を上げて見詰める。キィ、と彼が椅子に背をもたれた音に、フランチェスカは視線を窓から移した。
「師団長。私も、作戦に志願しても宜しいでしょうか」
「……お前には、神殿を任せるつもりでしたが。彼女が心配なようでしたら、私も当日会場に潜入するのでこれ以上の戦力は不要ですよ」
「潜入ではなく、舞踏会への参加者としてです」
「―――――お前、まさかとは思いますが」
「師団長のおっしゃる通り、私は彼女の身が心配です。できるだけこの作戦の成功率は上げたいし、万が一にも彼女が連れ去られることがあってはならない。……………――私が神殿の者であることは、伏せられています。そして神殿の中でもごく限られた一部の者しか、私の出自は知らない。脱走した内通者が私の情報をもっていた可能性は低いと言えます。利用しない手はないでしょう」
淡々と話すフランチェスカの言葉に、レライは机に片肘をつき、表情の読めない顔を机に横たわらせながら流し目をよこした。その整った薄い唇には、普段から浮かべている薄っすらとした笑みさえも浮かんでいない。
「あれ程に戻ることを拒んでいたのに。どういう心境の変化です」
発せられた声は、酷く冷たいものだった。その言葉には、失望したというよりは……どこか、疑心に駆られているような響きがあった。まるで元居た場所に、……あの窮屈な立場に戻りたいのかと、そう聞かれているようだった。
「心境に変化があったわけではありません。ただ私の最善を尽くしたいだけです。……あそこには、もう戻りません。私の居場所はここです」
「…………」
そこまで言っても、目の前の御仁は承諾しようとしない。フランチェスカはいつにないその様子に、疑問を抱いた。
自分が今提案していることは作戦にとっても悪いことではないはずだ。ゼルドに加えフランチェスカも招待された正式な客として参加できるのであれば、より作戦の成功率が上がることは間違いないだろうに。
返事を返さない己の上官に焦れたフランチェスカは、口を開いた。
「既に聖師長様に許可は取ってあります。確認していただいても結構です」
その言葉を聞いたレライの眉が、ぴくりと跳ねる。次いで聞こえてきた舌打ちに、今度はフランチェスカが眉を寄せた。
―――おかしい、普段ならここまで不機嫌になることはないのに。
何か彼を不快にさせた理由があるのだろうが、今のフランチェスカには皆目見当がつかなかった。
何が彼の気に障ったのだろうかと今までの会話を思いだしているうちに、レライは椅子から立ち上がり、扉へと歩いていく。
「それなら私が許可を出すまでもないでしょう」
「どちらに」
「第二聖師団長のところです」
そう言った直後に目の前で扉を閉められ、フランチェスカは目を瞬かせるばかりだ。
「……なんなんだ、一体」
何処か呆然とした響きを含んだその呟きに、答える者はいなかった。
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