仲直り…?
「っあの、ロードさん」
執務室から出た後、廊下を歩く広い背中へと声を掛ける。声をかけられたゼルドは首を捻るようにして後ろを振り向き、自分の腰あたりの低さにあるロゼの顔に視線を向けた。
高い位置から見下ろされても、初めて出会った頃のように怖く感じることはない。ただ、その彫りの深い顔で見つめられてえも言われぬ緊張感が背中を駆け巡る。
「あの、先日の討伐で……失礼な言い方をしてしまって、すみませんでした。っその、最近の態度も。………………――ほんとうに、ごめん、なさい」
ロゼは頭を勢いよく下げながら、自分の言おうとしていたことを、言うべきだと思ったことを口にした。
ロゼはずっとこの数日、先日の討伐以前から思い悩んでいた。
暗殺の真実を知った日、ロゼは一方的にゼルドを突き放すような言い方をしてしまった。その時は色々な感情がごちゃ混ぜになっていて、上手く言葉に出来なかったのだ。勿論その中に怒りはあった。だが、日が経つにつれ燻るような怒りは収まり、最終的には虚しさと、やるせなさと、そして後悔だけが残った。
―――私が、あんな風に言う必要はまるでなかった。ロードさんは正しい事を言っただけです。…………私が、意地を張ってしまっただけ。勝手に虚しくなってしまっただけ。
ゼルドとの仲が悪くなるのは、ロゼの望むことでは無いし、彼を不快にはさせたくない。そう思い、最近は謝る機会を伺っていたのだ。
「……お前が謝る必要は無い」
頭を下げたロゼの視界に、大きな褐色の掌が入る。顎に手を添える形で俯いた顔を上げさせられたロゼは、思いのほか近くにあったゼルドの顔に息を呑む。
「…………シュデルにも言い方が悪いと言われた。俺が、お前を傷つけた。―――すまなかった」
真っ直ぐにこちらを見すえながらの言葉に、ロゼは驚く。それもそのはず、ロゼはゼルドが謝るところなど初めて見たのだ。
「っいいえ、そんなことはありません!私が弱いのは事実です……っ!知るに値しないと、そうロードさんが判断したのだって、本当は私のためなんだって事くらい分かります。…………私が、意地を張って否定していただけなんです」
さっきまでの緊張して縮こまった様子とは異なり、食いつくような勢いで言い募るロゼ。
「……それも、少し違う」
巨体を屈めてもなお上から見つめてくる瞳が、あの日を後悔するように細まり、頬に睫毛の影をおとす。
榛の瞳を縁取る長めの睫毛が伏せられるその様に、場違いにもロゼは見惚れてしまった。
「お前は努力を怠らない。日々の積み重ねを無駄だと笑うことなく、前を見据えて己を鍛え上げることの出来る人間だ。……真実を知る、権利も、その為の実力だって十分にある。そもそも俺が口を挟む事ではなかった」
すまなかったと、彼はもう一度口にした。
ロゼは、ゼルドだけが悪いのではないのだと、頭を緩く横に振った。
ふ、と気が抜けたのを感じた。知らず気を張っていたのだろう。相手も少なからずそうであったようで、今は少し頬を緩めながらロゼの髪を梳くようにして撫でている。
その久しぶりの感覚に、心のどこか乾ききっていた部分が、途端に満たされた気持ちになる。その溢れる想いのまま、ロゼはそっと目の前にある広い胸元に近づき、おでこをこつんとあてた。
―――私よりも力強い、音がする。
……理由は分からない。ただ、何も考えずにこの胸の心音を聞いていたくなったのだ。
そんなロゼからの初めての行為に、ゼルドは熱い息を吐き出し、緩く、そして次第に強く、ロゼを抱く腕に力を込めた。
次第に強まっていく力に、ロゼは何も言うことなく、ただ黒い隊服を緩く握る事でそれに応えた。
「―――――だが、譲れないこともある」
暖かな心地良さに身を任せつつあった時、低い声が耳に直接吹き込まれるようにして響き、ロゼの思考を醒めさせた。
顔を上げた先にあったゼルドの瞳には先程までの暖かさはなかった。髪から落とされた影によって暗く見える、瞳孔が開いたような瞳が、ロゼの背を粟立たせる。
節くれだった人差し指がロゼの顔の輪郭を辿り、とん、と喉の辺りで一度跳ねて動きを止めた。
「お前がお前を守るように、俺も俺のやり方でお前を守る。それは、お前自身が望まなかったとしてもだ」
「――私自身が、望まない……?」
目をぱちくりとさせるロゼに、ゼルドの口が笑みのかたちをつくる。同時に、大きな右手がするりとロゼの腹を円を描くようにして撫ぜ、隊服の上から親指の腹で緩やかに押した。
その動作にロゼは顔を赤くし、そして目の前の男が言わんとしている事を理解した。ゼルドが手を置いたところ、ロゼの腹の上部分は、ロゼが誘拐されそうになった時に損傷した場所だ。今はもう完治している為痛みは無いが、ゼルドに触られることによって今は燻るような熱を帯びている。
「――お前を傷付けた人間、危険に晒そうとしている人間。全てお前に害をなし、ただ自分の利益の為に行動する者だ。俺がどう対処しようが問題にはならない。お前を、守る為だからだ。…………だがお前に、その許可は求めない」
許可は求めないと言いながらも、彼の瞳は真っ直ぐにこちらを見詰めている。その目に揺らぎはなく、罪悪感などの負の感情はまるで見られなかった。
だからロゼは、頷いた。
「私はロードさんを信じています。あなたが正しいと言うのであれば、それは正しいことなんだと思います」
「……そうか」
頭を撫でられながら気持ちよさそうに目を細めるロゼを、ゼルドは眩しいものを見るような目で見詰めていた。
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