鬼畜、ここに極まれり
なかなか話が前進せず、、申し訳ないです。
春も見頃かという今日この頃、年度末の整備で草が取り除かれ新たに砂が敷かれた第一訓練場では、第一聖師団第一隊が精力的に訓練を行っていた。
「……かはっ、けほっ」
「詠唱時のタイムラグが長い。詠唱はするな。全ての時間を短縮し、全力で引き出せ」
「……――っはぁ、っぁ、はぁ…………っ」
「ではもう一度だ」
「……っはい」
―――ほんとに、ほんっっとに、鬼ぃぃぃ!
その訓練場の端、森林に隣接したいつもの場所で、ロゼはいつものようにゼルドに吹っ飛ばされ、これまたいつものように背面衝突を避けるために壁風を展開させていた。それもそのはず、ロゼが防御として風壁を正面に展開してもこの男の生み出す爆風と熱気で押されてしまい、まるで歯が立たず、結果としてさらに後手に回ってしまう状態なのだ。
今、二人の距離は五十メートルほど。
もう一度、という言葉にロゼが返事を返したのと同時に、ゼルドはその場で腰を低くし、両掌を後ろにかざす。
その姿勢にロゼが身構えるよりも早く、男の掌から一点集中型の爆発が起こる。
その姿が消え、見失った、とロゼが思ったその瞬間、男は肌の焼けるような熱気と共にロゼの目前、拳ひとつ分も無いほどの距離に迫っていた。
男の右手に握られた大きな得物が、遠心力と火力を足したような勢いで少女に振り下ろされる。
「っ!」
眼前に迫った巨悪面に驚くも、自身の足裏に風を噴出させ、ギリギリのところでそれを避けるロゼ。
同時にゼルドの振りかざしたハルバードの鎌の表面に風を逆流させるが、まるで効果は無く。
ドガガガガッ
地響きとともに地面に亀裂を入れた彼の獲物は軌道が逸らされた様子もなく、先程までロゼが居た場所に深くめり込んでいる。
……このように、普通に考えれば死んでもおかしくないような訓練を幾度とやってきたのだが、不思議なことにロゼは未だに死んでいなかった。怪我をすることはあれど重症も未だ無く、この人間を辞めたような男に着いていくのに必死な毎日。普段はロゼに対して優しいゼルドも訓練時には容赦なく、鬼と言っても過言ではないくらいにロゼを扱いてくる。そんな昨日の限界を今日超える様な日々で、ロゼは自身の実力が少しずつ上がっているのを感じていた。
小さな目標でも達成することが出来れば、昨日の自分よりも前に進める。進んで、立ち止まって、自分の横を通り過ぎていく人を羨む日があったとしても、常に前を向けばいい。
ある日急に自身の実力が上がる、なんてことは決してないのだから。
……それは分かっているのだが。
「っでも、ちょっと、手加減ってものをして欲しいのですが、ねっ!!」
噴出させた勢いをそのままに足を抱えるようにして空中で回転したロゼは、ゼルドに対する苦情と共に、空中に展開した伸縮性を持つ小さな風の膜を蹴って、ゼルドの背に足蹴りを加える。
ロゼの小さい体のみでは効果は無いだろうが、ドリルのように身体に竜巻を纏えば多少の衝撃は与えられるだろうと考えたのだ。
好意を寄せている相手に、訓練とはいえ高速回転しながら両足蹴りをかますのはロゼくらいのものであろう。ロゼもゼルドのことは言えず、訓練においては割と容赦がない。
しかしゼルドの方が一枚、いや何枚か上手だったようだ。
背に蹴りを食らわせたはずのロゼの脚は、大きな片手一本で捕まれ、纏められてしまう。ロゼはそのまま、頭に血が上る様な体勢で宙ぶらりんとなってしまった。
……回転しながらの蹴りだったので、地味に目が回って気持ち悪い。吊られた状態のロゼは、ゼルドの前で吐くことだけはないようにとぎゅっと口を引き締めた。
「もしこの蹴りが上手く入っていたとしても、その後は接近戦となる。そこまで考えて行動しろ」
「は、はい」
「……だが技の柔軟性は良かった。上手く改善したな」
少し頬を緩め、 ロゼの亜麻色の髪を撫でるゼルド。
ロゼは元々、技を使う際には詠唱をしていた。その所為もあってか技という型に囚われて考えてしまうことが多く、訓練を始めた当初にゼルドにはそこを指摘されていた。
この男にしては大分珍しい褒め言葉に、ロゼは目を瞬かせる。
「さあ、休憩は終わりだ。次は遠距離で弓を試すぞ」
―――………………この吊り下げられ状態が、休憩。まあ確かにどこの筋肉も使いませんが………って違う違う、そうじゃないって!これで五時間ぶっ続けなんですけど!?
手元にある時計で時刻を確認すれば、訓練が開始されてからかれこれ五時間は経過している。その間休むことなく基礎体力訓練、同調練習、そしてゼルドを相手取った撃ち合いと、なかなかハードな内容をこなしてきたロゼはもうへとへとになっていた。
だがしかし、同じ内容をこなしてきたはずのこの超人は、息を切らすことも無く、ロゼを地面に降ろした後にてきぱきと次の訓練に取り掛かる準備を始めてしまう。
普段あれだけロゼに対して過保護に接するゼルドからは考えられない鬼畜教官ぶりである。
……前にシュデルが言っていた事は本当だったらしい、とロゼは改めて思った。
この男はロゼの体力を見極め、限界点まで引き伸ばすことで実力を上げようとしてくれている。それは分かるし、言い表せないほどに感謝はしているのだが……
―――明日も明後日も、当分の間は酷い筋肉痛ですね。
近頃の悩みでもあるその事を思い、ロゼは少し憂鬱になるのだった。
この日の訓練が終わり、西日が神殿に影をさし始めた頃。ロゼは隊服を着替えずに、ある場所へと向かっていた。
「……ここ、始めて通ったかも」
疎らにロゼの横を通り過ぎていくのは、白い神官服を身につけた神官達。
その神官達に軽く頭を下げながら、廊下を歩いてゆく。節々に彫刻の施された柱の並ぶこの聖殿の回廊は、縦にも横にも大きく、そして美しい。浮世離れした現実感のないその光景に、ロゼはまるで自分が小さくなってしまったかのような不思議な錯覚に囚われていた。
廊下を渡り、幾度か角を曲がったところで目的の場所に辿り着く。
「――ここが図書棟」
扉を開けたその先には、沢山の本が敷き詰められた空間が広がっていた。しかしそれらの本は不格好に並べられているのではなく、天井まで伸びる棚に綺麗に整頓され、螺旋階段や近くに置いてあるスライド式の梯子から取れるようになっている。
神殿の南に位置する聖殿、その中にあるこの図書棟は二階構造で、中央部分をくり抜いたホールのような構造になっているようだ。二階は回廊のようになっており、その四隅にあるバルコニーに通じる窓から小さく西日が差し込み部屋を茜に彩っている。
ロゼが入ってきた扉は中央入口であったようで、数歩歩くと一階へと降りる扇状のアプローチ階段に辿り着く。まるで舞踏会のホールのような造りだ、とロゼは辺りを見回しながら、目当ての図書を探し始めた。
「ううーん……何処に何があるのか、全くわからないです」
こんなにたくさんの書物があるのであれば、目的の図書も必ずある筈なのだが。如何せん広すぎて、ロゼは見つけることが出来ずにいた。
「何か、お探しか?」
どうやって探そうかと考えていたその時、少し離れた場所から凛とした声とその人のものであろう足音が耳に届く。
丁度良かった、と安堵してロゼは後ろを振り返った。
「すみません、神力についての――」
本を探しているのです。
その言葉の続きはロゼから発せられることなく、息と共に噤んだ口の中に消える。
その声の主は、踵の高いブーツの音を響かせながら階段を降りてきた。
白みを帯びたブロンドの髪は肩の上で切り揃えられ、真っ直ぐに鎖骨へと影を落としている。そして最も惹き付けられるのは、この薄暗い場所でも、まるで内から発光するように光を吸収して輝く空色の瞳。
それらの色彩に劣ることなく整った顔と、女性にしては少し高い身長。
ロゼよりも少し高い位置から此方を見下ろしていたのは、美しいと形容するに相応しい、神秘的にさえ感じるような麗人だった。




