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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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06.セシリィの友達

 今日は初めての外出だ。

 正確には夢の中で街を歩いた記憶はあるが、あれは記憶の残滓のようなので、気持ちとしては初めてで間違いない。

 オルターは朝早くに仕事に戻ったようで、私が目を覚ました時にはもう居なくなっていた。


 朝食を終えて外出の準備をする為に部屋に戻ったが、外行きの服はどれだろうか。

 もともとセシリィの持ち物なのでどれも似合いそうだが、お洒落とは程遠い環境で生きて来たので、かなり迷う。

 仕方がないので、適当に左端から薄黄色のワンピースを手に取って着替えた。

 着替え終わると、私はドロシーの部屋へ向かった。今日は子供達に挨拶しに行くだけだが、ドロシーも同伴する事になっている。


「お母さん、準備できたよ」

「セシリィ、まだ部屋着じゃないの」


 どうやら私の服は外行きには相応しくなかったようだ。

 私が首を傾げていると、ドロシーは私を他の服にパパッと着替えさせててくれた。最後に胸元にリボンを付けて完成のようだ。

 色合いは私が選んだ服と同系統だが、着てみると布の肌触りが良く、上質な服なのが分かった。


「これでよし。うん、可愛らしいわ」

「ありがとう、お母さん」


 着替え一つもままならないのは情けないけれど、こういうセンスは一朝一夕で身に付くものではないのでどうしたものか。


「もうすぐ約束している時間ね。今日は噴水広場へ行くだけだから、すぐに着くので心配しなくていいわ」


 時計も持っていないのにどうして時間が分かるのか相変わらず謎だけれど、そろそろ出発するらしい。


「そうそう。リックが何か渡したい物があるみたいだから、そこの手提げも持って行った方がいいわ」

「分かった」


 私は壁のフックにぶら下がっている桃色の手提げを手に取り、母と一緒に玄関へ向かった。

 子供用の小さな靴を履き、いよいよ外の世界とご対面である。

 私は期待に胸を躍らせ、玄関のドアを開けた。


 ……凄い! 本当に絵本の中のような街だ!


 目の前に広がるのは、夢で見たよりも遥かに鮮やかなな街並みだった。

 積み木のような色の屋根や壁。クリーム色の石畳。道行く人々も、多種多様な髪色をしている。

 今更ながら、ここが異世界であるという事を実感させられた。

 ちなみに私の家は、緑の屋根の平屋だった。

 近所は色が違う程度で似たような平屋が多いが、遠くの方には高い建物も並んでいる。


「さぁ、こっちよ。迷うような距離ではないけれど、手を離さないで着いていらっしゃい」

「はぁい」


 知らない街で一人になったら大変だ。私はドロシーの手を少しきつめに握り締めた。

 季節は春に入ったらしいが、朝はまだ肌寒い。家を出るまでは少しだけ眠かったが、そっと肌を撫でる冷たい風のおかげで目が冴えた。

 すれ違う人々は、皆歩いて何処かへ向かっている。

 この世界の交通事情はどうなっているのだろうか。自動車は流石に無いだろう

が、自転車や馬車のようなものはあるのだろうか。

 少なくとも、目に入る範囲では見当たらなかった。

 見当たらないと言えば、アドラのような犬人間も見当たらなかった。あちこちに犬人間がいるのかと想像していたが、そんな事はなかったようだ。

 もしかしたらアドラは、他の街から越して来たのかもしれない。


 色々と考えながら歩いているうちに、路地を抜けて広場に出た。広場の真ん中には小さな噴水があり、待ち合わせのスポットなのか沢山の人が集まっている。

 今日会う子供達は、夢の中でも会っているので何となく顔は覚えているが、この中から探すのは大変そうだ。


「人がいっぱいだね。皆は何処かな?」

「ほら、あそこに居るわ」


 ドロシーはすぐに見つけ出したようで、噴水前のベンチの一つを指差して教えてくれた。確かに見覚えがある子供達だ。


「お、来たな!」


 子供達の中で緑色の癖毛の男の子が、こちらに手を振って来た。それに続くように他の子供達も、私達に手招きする。


「手を振っている緑の髪の子がリックよ。灰色の髪の子二人が兄妹で、男の子がベル、女の子がベラね。薄紫の長い髪の子はエイミーで、セシリィと一番の仲良しさん。貴女が寝込んでいる間、心配して何度か家にも来ていたわ」


 子供達の姿と名前が一致しない私の為に、ドロシーが耳打ちして教えてくれた。エイミーは特に仲良しな子のようだ。これからも仲良くして貰えたらいいな。


「ドロシーおばさん、おはようございます」


 丁寧に挨拶して来たのはベルだった。そう言えば、他の子達は同じ年だけどベルだけは一つ上と聞いていた。私達仲良しグループのリーダー的な子なのだろう。


「おはよう、皆。来てくれてありがとうね。これはセシリィがお世話になったお礼よ。お家で食べてね」


 ドロシーは持って来ていたバッグから、何かの包みを取り出して四人に一つずつ手渡す。

 リックは包みの中を覗くと、満面の笑みで「ケックスだ!」と叫んだ。お菓子か何かだろうか。準備の良いドロシーには頭が下がる。


「ほら、セシリィもご挨拶なさい」


 そう言うと、ドロシーは私を皆の前にトンと押し出した。

 私はどう話を切り出そうか決めていなかったので、どうしようと慌てながらも何とか言葉にする。


「えっと、倒れた私を皆が家まで連れて来てくれたって教えて貰ったわ。ありがとう。迷惑かけてごめんなさい」


 私が申し訳ないという表情で謝ると、子供達は皆揃って笑顔を浮かべた。


「そんなの気にするなよ! 元気になって良かったぜ!」

「セシリィ死んじゃうんじゃないかって凄く心配したけど、また会えて嬉しいわ」


 リックは私の回復を真っ直ぐに喜んでくれ、エイミーは少し潤んだ目だったが、同じく喜んでくれた。ベルとベラの兄妹も、同意するようにウンウンと頷いている。


「もう伝えているけど、セシリィは何日も高い熱が続いたせいでいろんな事を忘れてしまっているの。けれど、貴方達はこれからもお友達を続けてくれそうで安心したわ」


 ドロシーが安堵の表情で伝えると、子供達は口を揃えて「任せて!」と胸を張った。私は何と温かい友人達に囲まれて生きているのだろうか。


「皆、本当にありがとう」


 私も目一杯の笑顔を皆に返した。


 その後は、私が倒れた日の事を色々教えてくれた。男の子達は魚を何匹獲ったとか自慢し、女の子達は私がお姫様みたいだったと褒めてくれたりしたが、後は概ねドロシーから聞いていた通りだ。


「そう言えばリック、あれは持って来てくれた?」


 ふと何かを思い出したように、ベラはリックに確認した。リックは「おう!」と答えると、鞄から何かを取り出す。

 それは、夢の中で私が作った花の冠だった。

 既に何日も経っているはずだが、冠を彩る花々は枯れずに形を保っている。どうやらドライフラワーに加工されているようだ。

 アドラは毒草の疑いがあると言っていたけれど、他の子に影響が出ていないようなので、問題無かったらしい。


「ベラがこれを凄い気に入ったみたいでさ。またセシリィに着けて欲しいからって頼まれたんだ。俺の親がこういうの造るの得意だから」

「だって、本当に綺麗でお姫様みたいだったんだもの!」


 確かに花とはいえ丁寧に作られた冠で、かなり良い出来には見える。たが、まさかそこまで気に入られているとは思わなかった。二人の好意は素直に受け取っておこう。


「ベラ、リック、ありがとね。私も気に入ってたから嬉しい。宝物にするね」


 私が冠を受け取り手提げに入れようとした所で、ベラの期待するような表情が目に映った。もしかして、被って欲しいのだろうか。

 先程も、冠を身に着けた時の私がお姫様みたいと言っていた。流石に大袈裟過ぎるとは思うが、大切なお友達の期待に応え、ベラにお姫様姿を見せてあげよう。

 私はちょっとでもお姫様に見えるよう、自分なりに優雅っぽく冠を被った。


『あぁ、やっと声が届きました』

「うわっ!?」


 いきなり頭の中から声が聞こえて、私は反射的に冠を外した。驚いたせいでもあるが、何よりこれが倒れた時と同じ状況であると瞬時に判断したからだ。せっかくお礼を言って一件落着したのに、また気を失っては困る。


「な、何だ? どうかしたのか?」


 リックは、目の前でいきなりおかしな挙動を見せた私に驚いていた。他の子供達やドロシーもびっくりしている。

 あの声は私以外には聞こえていないので、何とか誤魔化さなければ。


「ご、ごめんね。倒れた時の事考えて、ちょっと慌てちゃったの。これは大事にするね」


 私は取り繕うように言い訳をし、今度こそ冠を手提げに仕舞った。

 皆、私が倒れた時の事を思い出したのか、その言い分に納得してくれた。


「今日はセシリィが元気になった事を伝える為に来て貰っただけですし、お昼時も近いので皆そろそろ帰りましょうか」


 ドロシーは心配そうに私を横目に見ながら、解散を促した。心配の理由は、私が倒れた時の事を持ち出したせいだろう。

 子供達は承知し、別れの挨拶をしてそれぞれの家に帰って行った。


「セシリィ、大丈夫?」

「うん、何ともないよ? 私達も早く帰ろ、久しぶりに歩いたからお腹空いちゃった」

「あらあら」


 私が問題ない事が分かると、ドロシーはホッとして私の手を取った。そして、来た時と同じ道に戻り帰途につく。


 歩きながら、私は先程の声について考えていた。

 あれは花の冠が原因なのだろうか。普通に花畑で摘んだ花から作った代物に、そんな不思議現象は起きるものなのだろうか。

 いずれにしても、もう一度被って確かめないと分からなそうだ。

 また意識を失う可能性を考えると、本当は放って置いた方が良いのだろう。

 けれど、絵本みたいな世界で起きた不思議な出来事に対し、好奇心を抑える事など不可能だ。少なくとも私には無理だ。

 確かめる事が確定事項なら、せめて倒れても影響が少ないように対策する事が優先だ。


 あれこれ考えている間に、もう家に着いた。

 結局、有効な対策は思い付かなかった為、せめて気を失っても大丈夫なように、自分のベッドの上で冠を調べようと決めたのだった。

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