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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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04.新しい生活

「あらいけない、もうお夕飯の時間だわ。セシリィも顔色が良くなっているから、お腹が空いているんじゃない?」

「え?」


 どのように時間を確かめたのかは分からないが、そろそろ夕食時らしい。ドロシーは、病み上がりの私が食事を摂れそうか確認して来た。

 三日も寝たきりだったらしいので当然の事ではあったが、言われてみると確かにお腹の中が空っぽだ。私は頷いて肯定した。


「良かったわ。じゃあ食べ易い物を用意してくるわね」


 そう言うとドロシーは、ランプを灯して部屋を後にした。

 窓の外は暗くなってきており、藍色の空に三日月が昇っていた。

 私はこれから暮らす部屋が気になり、探索の為にベッドを降りた。


 真っ先に目に入ったのは姿見鏡だ。私はどんな姿なのだろうか。

 犬人間もいるような世界だが、手足は人間のものだし母親も普通なので、おかしな姿ではないと思いたい。


 期待と不安が半々といった気持ちで緊張しながらそっと鏡を覗き込むと、さらりとした髪が写り込んだ。長さは肩より下まで伸びており、寝込んでいたせいか少しだけボサついている。

 髪色は、橙色だった。病院でいつも見ていた、あの点滴の色だ。

 不意に、白い部屋や母を思い出してしまい、少しだけ気分が沈んだ。

 

 瞳の色は透き通るような濃い青で、宝石のように輝いている。自分の瞳ながら、見惚れてしまいそうになる。

 肌はかなり白いが、莉絵の頃のような病人の白い肌ではなく、きちんと赤みを帯びている。まるでお人形のようだ。

 今は寝巻き姿だけれど、ちゃんと着飾ればかなり可愛いのではないだろうか。


 素材が良いのが分かったので、私はどんな服を持っているのか気になり衣装棚の方へ向かった。ワードローブも付いている棚になっており、両方開けてみた。

 中には、普段着と思われる暖色のワンピースが数着と、質の良い生地の黒いワンピースが掛けられていた。黒い方は肩に何かの紋章が刺繍されている。

 ほとんど袖を通していないようなので、恐らく制服のような物だろう。これを着て学校へ通う自分を想像して、少し楽しみになってきた。

 衣装棚の方には、下着類や靴下などが詰められていた。当たり前だが、どれも子供用だ。

 他に気になる物は無さそうなので、収納を閉じた。


 次に確認したのは机だ。

 学習机として最近貰った物なのか、ほとんど傷の無い綺麗な木製机だった。横には背負い鞄が置かれている。通学用の鞄だろうか。

 机の上の小物入れの中には、指輪やネックレスなどが入れられていた。

 アクセサリー類に高級感は無いが、玩具という訳でもないようだ。青や緑の綺麗な石が嵌め込まれている。どうやら私は、結構なお洒落さんらしい。

 病院暮らしだった私には縁の無い物なので、少しばかり扱いに困る。


 ……そういえば、元のセシリィはどうなったのだろう。


 途端、嫌な考えが脳裏に浮かび、慌てて振り払った。

 今は気にするのは止めよう。余計な事まで悩みを抱えられる程の心の余裕はまだ無いのだ。

 そう考えても、夢で見た花の冠を作っていた少女がちらつき、私はベッドに戻り腰を落とした。




 空がすっかり暗くなった頃、ドロシーが食事をワゴンに乗せて運んで来てくれた。

 白いどろりとしたスープ状の食べ物が、深皿に盛られている。横に添えらたコップには、薄桃色の液体が入っていた。


「お待ちどうさま。熱いから気を付けてゆっくり食べるのよ」


 ぱっと見ではよく分からない食べ物だが、ミルクの香りがする。非常に美味しそうだ。

 この世界での初めての食事が、おかしな物じゃなくて良かった。

 私は木のスプーンで熱々の白いドロドロを掬い、息を吹いて冷ますと、パクりと口に入れた。


「美味しい」


 白いドロドロはパン粥だった。思わず声に出てしまう程の美味しさだ。

 パン粥は病院食でもたまに出される事があったが、もっとパンが塊で残っててこんなに食べ易くなかったし、味も美味しくはなかった。

 私は手が止まらず、どんどん食べ進めていった。


「好みまで変わっていなくて良かったわ」


 私が食べ終わるのを待っているのだろう。ドロシーは側に腰掛け、柔らかい表情で私の食事を眺めながら話し始めた。


「セシリィはよく風邪をひくから、こうしていつも白パンのミルク煮を作っているのよ。喉にいいからアプレの果汁も付けてね。なるべく健康でいて欲しいけど、いつも美味しそうに食べてくれるのは嬉しいわ」


 私はいつもの様子が分からず、なんと応えてよいか困り、食べる事に専念した。


「ごちそうさま」


 林檎と桃の間のような味のアプレの果汁を飲み干し、私は幸福感に満たされた。こんなに美味しいと感じた食事は生まれて初めてかもしれない。

 私はこれまで、生きる目的以外で食事を摂っていなかったのだと実感した。


 食事が済むと、ドロシーはワゴンを引いて戻って行った。

 それから彼女はすぐに、湯気が立っている桶を持って戻ってきた。どうやらお湯が入っているようだ。


「寝る前に身体を拭いてあげるわね。まだ安静にした方がいいから、お風呂は明日まで我慢しなさいね」


 食事が済んだから今日はもう寝ろという事らしい。

 ドロシーは、身体を拭く為にタオルをお湯に浸け、手馴れた様子で私の寝巻きと肌着を引っ剥がした。

 丸裸にされると、そのまま温かいタオルであちこちを拭き取られていく。

 私は、身体を看護師に拭いて貰う事がほとんどだったので、特に抵抗感は無かった。しかし、お風呂という響きには胸が高なった。健康な身体なら、細心の注意を払って入らなければいけない苦労もないのだ。


 身体を拭き終えたドロシーは、脱がす時と同じくらい手際良く下着を着せてくれ、寝巻き姿に整えられた。

 そのままベッドに寝かし付けられると、ランプが消される。


「ゆっくりおやすみなさい、セシリィ」

「おやすみ、お母さん」


 ドアが閉まる音を確認して、私は目を閉じた。病み上がりの為か、ほとんど活動していないにも関わらずすぐに眠りに付いた。

 



 翌朝は特に変わった夢を見る事もなく、私は目を覚ました。

 そして、目覚めと共に緊急事態が発生した。


 ……トイレに行きたい!


 私は慌てて起き上がり、ドアを開けて部屋を出た。

 そういえば、夢の中以外で部屋の外に出るのは初めてだ。トイレは何処だろう。


 部屋を出て廊下を挟んだ向かいにドアがあるが、これは両親の寝室だろうか。

 廊下の右奥にはドア、左奥にもドアがある。確か食事を運んで来た時のワゴンは右の方から音が聞こえたし、医者のアドラが訪れた時は左の方から声がした。右がキッチン、左が玄関だろう。


 ……トイレは何処!?


 探している余裕がないので、とにかく目の前のドアだ。ドロシーの部屋なら、起こしてトイレの場所を聞けばいい。

 私は勢いよくドアを開け、絶望した。

 そこは掃除用具などの入った物置だった。もう駄目だ。


「お母さーん! お母さーん!」


 私は半泣きになりながら、ドロシーに助けを求めた。


「どうしたの!?」


 声を聞きつけ、ドロシーはキッチンのドアを開けてすぐに来てくれた。


「トイレは何処!? もう限界なの!」


 私は恥じらいも捨てて訴える。


「あらま! そういう事も忘れちゃってるのね? こっちいらっしゃい」


 ドロシーは私の手を引いて、左側のドアに向かった。

 ドアを開けると玄関があり、左手にはまた別のドアがあった。ドロシーはそのドアを指し、「ここよ」と教えてくれた。

 間に合った! ありがとうお母さん!


 私は用を足し終えてスッキリすると、素晴らしき爽やかな朝を祝福した。

 ちなみに、トイレは便座の中が深い穴になっており、底が見えない。水洗の機能は無いけれど、異臭も無い。どういう仕組みなのかさっぱり分からないけれど、元の世界と同じように使えそうな物で安心した。

 私がトイレから出ると、ドロシーはまだドアの前にいた。心配で待ってくれていたようだ。


「大丈夫? 漏らさず出せた?」

「も、漏らさないよ! ……かなり危なかったけど」


 もじもじとしながらそう言うと、ドロシーは頭をポンポンと触れてキッチンへ戻って行った。

 私は部屋に戻ろうか迷ったが、もう眠気は何処かへ行ってしまったので、ドロシーに着いて行く事にした。

 キッチンの手前、私の部屋の隣にもう一つ別のドアを見つけた。どうやらこっちが両親の部屋のようだ。


 キッチンは広く、質の良さそうな食卓が置かれたダイニングキッチンだった。それなりに裕福な家庭なのだろうか。

 ドロシーは既に朝食の準備中のようで、燻製肉を焼く良い香りがする。

 料理は鉄鍋を使っているが、火を使っている様子が無い。どうやって加熱調理しているのだろうか。

 野菜を変な模様が描かれた箱から取り出しているのが、冷蔵庫のような物だろうか。蓋を開けた時に、白い冷気が見えた。

 何処から水を引いているのか分からないが、水を貯めておく場所もある。

 部屋を出ただけで、この世界の不思議がどんどん増えていく。


「あら、こっち来たのね。朝食はもう少しかかるわよ?」

「うん、お料理するの見てる」

「あらまあ、お料理に興味が出てきたのね。今度お手伝いを頼もうかしら」


 ドロシーは嬉しそうに笑いながら、片手間に調理を進めていく。

 私は料理などした事が無いので期待には応えられるか分からないけれど、頼まれたら頑張ろう。


 もう少しかかると言われていたが、食卓は手際良く整えられ、どんどん料理が並んでいく。

 生野菜サラダ、燻製肉と卵焼き、雑穀パンのトーストのチーズ乗せ、ホットミルク。どれも美味しそうだ。

 準備が終わると、ドロシーは私の向かいの席に着き、手を合わせた。


「さ、冷めないうちに食べましょう」

「はい。いただきます」


 私はまずパンに手を付けた。香ばしいパンとやや塩気の強い濃厚なチーズの味が堪らない。

 パンをミルクで流し込むと、フォークを掴んでサラダに手を付けた。

 ドレッシングも掛かっていない生野菜のため、苦味を覚悟していたが、まるで茹でたキャベツのような甘さだ。この世界の野菜が特別なのか、家で使っている野菜が特別なのか分からないけど、美味しい。

 次は燻製肉。やや厚切りのそれを、パンに乗せて齧り付いた。肉汁が口の中いっぱいに広がり、幸せで満たされる。

 卵もかなり濃厚な味に感じた。この世界の食材は何か秘密があるのだろうか。いくら私が病院食しか知らないとはいえ、あまりにも質の差を感じた。

 あっという間に平らげて、最後はホットミルクで一息つく。


「あらあら、すっかり食欲も回復したようね。安心したわ」

「どれも本当に美味しかったよ。お母さんは料理の天才だね!」


 私が最大級の感謝を伝えると、ドロシーは照れるように笑った。この表情は殿方が見たらなかなかの破壊力ではないだろうか。


「そうそう、今日は天の日だからオルターが帰って来るわ。セシリィの記憶については先に連絡してあるから、心配しないでね」


 殿方について考えていたら、まさにドロシーに射止められた本人が帰宅するようだ。お父さんはどんな人なのだろう。

 私はコクリと頷いて、まだ見ぬ父親に思慮を巡らせた。

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