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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
32/33

31.友達

「おかえり、セシリィ!」


 教室に入ると、子供達がドアの前にずらりと待機しており、いきなり元気いっぱいに歓迎された。

 授業用のホワイトボードには「セシリィ、おかえりなさい」と大きく書かれており、紙細工で装飾が施されている。その前にはエルオットが腕組みしながら立っており、爽やかな笑顔で見守っていた。


 突然の出来事に驚き固まっていると、ばっとエイミーが飛び付いて来たので、慌ててそれを受け止めた。


「ああ、セシリィ! おかえり、セシリィ! 元気になってくれて、本当に良かった……」


 私にしがみ付いたまま、エイミーは今にも泣きそうな声でそう零した。

 その様子に戸惑っていると、今度はベラが私に抱きついて来た。


「セシリィ、元気になってくれて本当に良かった。あの後セシリィが急に倒れて、フローレス先生がセシリィが一番危険な状態だって言ってて、私、守ってくれたお礼を言いたかったのに……、もう二度と会えないんじゃないかって不安で……、ぐすっ」


 ベラは話の途中でぽろぽろと涙を零して、私をぎゅっと強く抱きしめてきた。私はどうしたら良いか分からず、とにかく宥めてあげようとベラの背中に手を回し、ぽんぽんと優しく叩いた。

 どうやら私が結構深刻な状態だった事は、フローレスから伝わっていたらしい。その為に二人にはとても心配を掛けてしまったようだ。

 既に治療済みとはいえ、ベラなんて怪我までして怖い思いをしたのに、ずっと私の事を気に掛けてくれていたらしい。


「二人とも心配させてごめんね。ほら、この通りもうすっかり元気だから安心して」


 二人を安心させようとそう伝えたが、二人は私にしがみ付いたまま動かない。その手は小さく震えているように見えた。

 さてどうしたものかと周囲を見渡すと、リックと目が合った。


「セシリィ、しばらく二人を安心させてやってくれ。二人ともセシリィが目覚めないって聞いてから、ずっと泣いてたんだ」

「ぐすっ、……リックだってセシリィが倒れた時、泣いてたでしょう?」

「ちょ、ベラ! それは黙っててくれよ!」


 ベラに暴露されて慌てる様子から、事実らしい。リックは顔を真っ赤にして身を乗り出してきた。いつも元気なリックなので、こういう照れた反応はなかなか珍しい。


「リックも心配してくれてありがとね。もう大丈夫だから」


 私が笑い掛けると、リックは一度ガシガシと頭を掻いてコクッと頷いた。


 リックとの会話が終わると、その隣に居たディーツが前に出た。それにギードも続く。あの時ベラと同じく負傷した二人だ。見たところ、彼らの怪我もすっかり治っているようだ。


「セシリィ、あの時守ってくれたのが君だって聞いて、僕もちゃんとお礼を言いたかったんだよ。本当にありがとう」

「……無事で良かった。俺、あの時必死でジークリフ様の兄ちゃんを止めようとしたけど、本当は死ぬかもしれなくて怖かったんだ。でも、お前が無理してでも止めてくれたおかげで今も生きてる。お前は命の恩人だ、本当に感謝してるよ」


 あまり話す機会の無い二人にも心から感謝を伝えられ、私は何だか照れ臭くなってきた。倒れたのは完全に想定外ではあったが、あの時の行動は間違っていなかったのだと実感する事が出来た。


 その後も皆から次々とお礼を述べられる。まるで英雄にでもなったみたいだ。

 たった十人しかいない教室の中だけではあるが、私は皆を守れるようなお姫様の騎士にちょっとだけ近づけた気がして嬉しくなった。


「ふふ、今日は大人気ですね。わたくしも貴女が無事で安心しました、セシリィ」


 マルティアは相変わらずおっとりぽわんとしているが、彼女も私の事を心配してくれていたようだ。そこで私は、彼女にお礼を言わなければならない事を思い出した。


「ありがとう、マルティア。でも、あの時マルティアがすぐに先生を呼んできてくれたから、私も安心して後を託せたんだよ。本当にありがとね」

「まあ、わたくしは必要な事をしただけですわ」


 そんなふわふわした調子で二人であははうふふと笑っていると、横から「コホン」と咳払いで遮られた。

 反射的に咳払いが聞こえた方を見ると、ジークリフが難しい表情でこちらを見ている。復帰したばかりなのに、また何か小言を言われるのだろうか。

 まあ、散々ちやほやされた後なので、最後くらい小声を聞いてあげよう。


 そう身構えていたら、突然ジークリフの表情がフッと緩み、笑顔に変わった。


「セシリィ」


 一瞬、何が起こったか分からなかった。

 ジークリフからの呼称などずっと「妖精女」だったので、初めて名前を呼ばれた気がする。しかも笑顔で。


 混乱している私をよそに、ジークリフは話を続ける。


「あの時は助けてくれてありがとう。あの結界のおかげで、私だけではなく兄さんも救われた。本当に、本当に感謝している」

「え、あ、うん。どういたしまして」


 あまりに真っ直ぐな感謝の言葉に戸惑い、雑な返事をしてしまった。そのせいで、ジークリフの表情はいつものムスッとしたものに戻る。


「何だその間の抜けた顔は。まあいい、言いたいことはもう言ったからな。……元気になって良かった」


 結局小言を言われてしまったが、最後にボソッと私の回復を喜んでくれた。本当に今までとは別人のようだ。


「ハッハッハ、今日こうしてセシリィの復帰のお祝いを提案したのはジークリフなんだぞ!」


 ずっと話を聞いていたエルオットが、ジークリフの頭をワシワシと撫でながら教えてくれた。

 私が驚いてジークリフを見ると、先程のリックと同じように真っ赤になってそっぽを向いてしまった。


「級長として、長く休んでいた級友の復帰を祝おうと考えただけです」


 それだけ答えると、ニコニコ笑っているエルオットが鬱陶しかったのか、ジークリフは苦虫を噛み潰したような表情で数歩離れた。


「びっくりしたけど、とっても嬉しかったよ。ありがとね、ジークリフ」


 私はジークリフにお礼を述べると、周りをくるりと見回す。


「皆もありがとう。私、皆が無事で本当に安心したわ。頑張った甲斐があったよ。……ちょっぴり心配も掛けちゃったから、これからは無理しないように気をつけるね」


 最後のはエイミーとベラに向けた言葉だ。ずっと私にしがみ付いたままの二人は、思った以上に深刻な状態に見えた為、少しでも安心させたかったからである。

 二人は私の言葉にコクッと頷いた。




 結局、三限目は私の復帰祝いだけで終わったが、四限目は普通に授業が行われた。

 仮教室はいつもの教室の倍以上広いので、十人の生徒で使うと後ろの方は空席だらけである。

 私はエイミーとベラに挟まれる形で席に着いた。いつもはマルティアとエイミーに挟まれる形なのだが、相変わらず二人が私に引っ付いたままなので、マルティアは何も言わずに私の後ろの席に移動してくれた。


 授業の内容は多少進んでしまっているが、前もって予習している範囲なので問題はなく終わった。

 授業が終わり、いつものようにお弁当を持って保健室へ向かおうとしたところで、マルティアにポンと肩を押さえられた。


「セシリィ、貴女が不在になってから教室で昼食を摂っていますの。今日もそれで宜しいかしら?」

「え、あ、うん。大丈夫だよ」


 一応同意はしたが、何故だろうか。教室だと他の子も食事をしているので、気兼ねなくお喋り出来る保健室の方が良いような気がする。

 そんな事をフローレスに言ったら文句を言われるだろうが。


 私が不思議に思っているのが顔に出ていたのか、マルティアは耳元で声を潜ませて理由を教えてくれた。

 

「セシリィのお友達、保健室で治療を受けましたでしょう? その為か、保健室を見るとあの日の事を思い出して、怖くて動けなくなってしまうらしいんですの」


 そんな事になっていたとは気付かなかった。いや、あの事件を軽く考えすぎていたのだろう。

 二人は大切な友達なのに、情けない話である。よく考えれば、エイミー達は心傷を負って診療所に通っていたとアドラが話していたではないか。


 私はマルティアに頷くと、「じゃあお昼にしましょ」と声を掛けて席に座ったままお弁当を開いた。それに続くように、皆も昼食の準備を始めた。

 いつものようにおかずの交換をしようとしたが、エイミーもベラも最近あんまり食欲がないらしいく、私だけが貰う形になってしまった。


 育ち盛りの子供がこのような状態では心配だ。

 私は自分の身体の弱さは棚に上げて、どうすれば二人の心傷を癒し元気に出来るか考えた。しかし、いくら悩めど私は医者ではないので何も思いつかない。

 せめて、気を紛らわせられるものでもあれば、と考えたところで一つ閃いた。


「そういえば、二人はアドラ先生の所で絵本を読んだんだよね? どのお話が気に入った?」


 二人が好きな話の傾向が分かれば、似たような物語の絵本を贈ってあげる事が出来る。作者として感想がちょっぴり気になるのもあるが、それはあくまでついでだ。辛辣な感想だったら泣いちゃうけど。


「絵本というものは見た事が無いのですが、どういった物なのでしょう?」

「子供向けのお話が絵と一緒に書かれた本だよ」

「まあ、街中の診療所にはそのような本があるのですか。わたくし、お医者様は我が家の専属医にしかお世話にならないので存じませでしたわ」


 マルティアのような豪商の娘でさえ見た事が無いということは、絵本はこの世界では一般的ではないのかもしれない。あまり大っぴらにはしない方が良さそうだが、身内で楽しむ分には問題ないだろう。


 絵本ではよく分からない様子だったエイミーとベラは、私の説明でピンときたのか少し表情を明るくして話し始めた。


「セシリィもあの本を読んだのね! 私、歌で町の人達を楽しませるお話が大好きなの。『人魚』とか『アイドル』とかはよく分からなかったけど」


 エイミーが気に入ったのは、『アイドルになった にんぎょひめ』だ。歌が好きなエイミーらしい。

 絵本を贈るなら、音楽に関する物が良さそうだ。

 ただ、莉絵の世界の空想生物や職業はこちらでは通じなそうだ。翻訳だけでなく、この世界に合わせて改変が必要かもしれない。


「私は熊がパンケーキを焼いて食べるお話が好き。あのお話を読んだ日に、お母さんにお願いして作って貰っちゃったわ」


 ベラが読んだのは、『パンケーキくま』シリーズだろう。くまちゃんがパンケーキを焼いて食べたり振る舞ったりするだけの物語だが、結構人気があってシリーズ化した絵本だ。

 ベラには『パンケーキくま』シリーズから贈るか、お菓子関係が良いだろうか。


「二人とも教えてくれてありがとう! ちなみに私のおすすめは『おひめさまと ほうせきのようせい』よ。この話はね……」


 それから私は、『おひめさまと ほうせきのようせい』がいかに素晴らしいか、お気に入りのシーンなどを交えて滔々と語った。

 あまりに熱が入りすぎて、気付けば結末まで話してしまった。完全にネタバレしてしまい、ハッとして口を押さえたが、既に手遅れである。


「ああ、やっちゃった……。私、二人にも是非読んで欲しかったのに、つい最後まで話しちゃった。で、でも、何回読んでも面白いから、良かったら読んでね!」


 私が慌てながらそれでも宣伝をすると、エイミーとベラがクスッと笑った。少しは元気が出たようなので、結果オーライとしておこう。

 ちなみにマルティアは、興味深そうにずっと目を爛々とさせて聞いている。どうやら絵本自体にとても関心があるようなので、彼女にも何か贈ってあげたい。


「マルティアは本は読むの?」

「ええ、マナーの教本や商売に関する教えなどを教養の為に読みます。皆さんがお話ししていたような物語の本はあまり読む機会がありませんけれど、王家の伝記などは好きですね」


 マルティアの好みに合う物語は少し難しそうだ。ただ、彼女は絵本自体に興味がありそうなので、私の一推しを贈れば良いだろう。




 それから絵本について話が盛り上がっていたところで、私は突然声を掛けられた。


「お話し中にごめんなさいね」


 声の主は、いつの間にか教室に来ていたドロシーだった。


「お母……ドロシー先生。どうしたのですか?」


 学園内では教師と生徒として接する必要があるので、私はドロシーに丁寧に尋ねた。


「セシリィはまだ万全ではないでしょう? オルターも待っているので、今日は私達と帰りましょう。皆、いつもセシリィと仲良くしてくれてありがとう。今日はそういうわけで、もうセシリィは帰るわね。ごめんなさい」


 なるほど、今日は帰りも両親と一緒らしい。

 軽く歩くだけで疲労するほど体力が落ちていて万全ではないのは事実なのだが、友人達がまた不安そうにしてしまうので内緒にして欲しかった。


「私、級長だから最後に戸締りをしていかないと」

「戸締りは私が済ませるから気にするな。セシリィは病み上がりなのだからさっさと帰った方が良いだろう」


 話の途中でジークリフが割り込んできた。今日は教室にいるので当然だが、普通に会話が聞こえていたようだ。

 結局すぐに帰る事になったので、私は帰り支度をして教室の皆に改めて復帰祝いのお礼を述べた。


「今日はセシリィとお話し出来て、いっぱい元気を分けて貰ったわ。また明日ね、セシリィ」


 最後にエイミー達が笑顔で見送ってくれ、私も笑顔で別れの挨拶を述べて教室を後にした。


 オルターは正面口で待っていたため合流し、私は両親と共に帰途についた。

 帰り道もオルターに背負って貰ったが、明日からはオルターはいないだろうから、早く体力を戻さなければ通学も大変そうだ。


 こうして私の学園復帰は、級友達と絆を深めて終えた。

 王都の事や友人達への心配など、色々と今後の課題も出来たが、ようやく普通の日常が帰って来た事を実感した。

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