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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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30.花の都事件

 先程までとは打って変わってピリッと緊張した空気の中、オルターは二年前に王都で起こった国を揺るがす事件、通称「花の都事件」について語った。




 私達の住んでいる国トリスターグードには、アンダマルスバリという同盟国があったらしい。

 しかし、今からおよそ三年前、アンダマルスバリの国王が一方的に同盟破棄を宣言したそうだ。


 同盟破棄というのは事実上の宣戦布告に等しいようで、王様はすぐに騎士団へ戦争準備を命じた。

 それから一年間、騎士団の訓練強化に加え、兵器の拡充を進めてきたようだ。

 

 こうして着々と戦争に向かう国に対し、当然ながら憂いを抱く人物もいた。

 その一人が、第二王女のグラディスだったそうだ。


 王女という事は、すなわちお姫様である。きっと素敵な人物に違いない。

 しかもなんとこのお姫様、十一歳にして次代の剣聖と噂される程の剣の腕を持っていたそうだ。

 私が夢見た戦うお姫様が実在したという事実に、真面目な話の最中なのにそちらに興味が逸れてしまいそうになる。


 しかしこのお姫様は、剣の実力者でありながら争いを疎み、平和を願い続けたらしい。

 城の礼拝堂で日々祈りを捧げるグラディスに、教会に与する姫という噂が流れる事もあったようだ。


 そのグラディスに悲劇が襲った。ある日、いつものように祈りを捧げていたグラディスに、突然妖精が憑いてしまったのだ。


「王女に憑いた妖精は非常に影響力が大きくて、大規模な異変を引き起こしてしまったんだ」

「大規模な異変?」

「結果から言うと、妖精によって戦争を禁じられた。騎士団が準備していた武器類が、全て花に変えられてしまったんだ」

「へ? は、花ぁ?」


 鉄と火薬のイメージから一転、突然花が咲き乱れるイメージ変わり、思考が追いつかずに素っ頓狂な声を上げてしまった。

 オルターも突拍子もない話をしている自覚がある為か、苦笑いを浮かべて頷いた。


「そう、花だ。武器の備蓄も、新しく補充しようとした武器も、全て花にされてしまう。もはや武器庫はお花畑さ。アンダマルスバリが何を企んでいるかも分からない中で、戦争どころか国を守ることさえ困難な状況が、今なお続いているというわけだ。これが王都で起きた、花の都事件と呼ばれる出来事だよ」


 そう言うと、オルターは溜め息をついて肩をすくめた。打つ手無しといった様子だ。


 これは口外を禁じられるのも当然だろう。妖精によって国防力が失われたなんて話が公になれば、混乱は避けられない。

 それにしても、ヴァルクリオの一件で妖精の危険性は理解したつもりだったが、本物の妖精憑きは規模が違った。もはや災害と言ってもいい位だ。


「王もこの事態を早急に解決しなければいけないと判断して、各地区の役人に妖精の解除方法の調査を命じた。もちろん僕の所にも、その命令書が届いた。こうして寝る間も惜しんで調査を始めたものの、時間ばかりがいたずらに過ぎて誰も解決方法は見つけられなかった。……セシリィの結界に関する報告が入って来るまでは、ね」

「お父さんがお家に帰れなくなったのは、そのせいだったんだね」

 

 ようやく全ての話が繋がった。

 つまり、妖精憑きを解除出来れば、オルターも勅令で忙殺される日々から開放されるという事だ。


 父を助けるという目的が達成出来る上、私がやりたかったお姫様を救い出す計画まで一気に現実的になったのだ。それを出来るのが私なのだと考えたら、非常にワクワクしてくる。

 皆が神妙な面持ちの中、私は顔がニヤけそうになるのをグッと堪えた。


「セシリィ、あの結界が君の身体に負担になるのは聞いている。けれど、王女の妖精憑き解決の可能性がある以上は、セシリィの結界を試してみる必要があるんだ。頼んでも、いいかい?」

「やるやる! 私やるよ、お父さん!」


 思わず前のめりで返事をしてしまい、皆を驚かせてしまった。

 一瞬変な空気になったが、私のしまったという顔を察してか、オルターがコホンと咳払いをして空気を戻してくれた。


「無理させるが、よろしく頼むよ。ドロシー、君もセシリィ本人が承諾するなら反対はしないという事だったし、これで良いかい?」


 何やら両親の間で、私に協力させるかどうか一悶着あったらしい。

 ドロシーは不安そうに私を見て逡巡したが、ぎゅっと私を抱きしめてしばらく静かに悩んだ後に、首を縦に振った。


「……本当は止めたいけど、セシリィがやる気なのでは仕方ないわね。何があった時にすぐに対応出来るよう、アドラ先生にだけは必ず協力をお願いして下さいね」

「分かっているさ。セシリィを守る為に出来る事は全て準備するよ」


 両親が決意を込めて約束を交わしているが、私は二度とマナ枯渇に陥るつもりはない。結界は小さくすればいいし、何なら妖精を封じる髪留めの方を使う手もあるのだ。

 実のところ髪留めをこの場で渡して大人達に委ねる手もあるのだが、私がお姫様を助け出す口実が無くなってしまうので秘密にしておいた。


「そういえば、妖精憑きになったお姫様はその後どうなったの?」

「僕も詳しくは知らないけど、時が止まったような状態と聞いてるよ。動かす事も出来ない状況らしいけれど、食事をせずとも衰弱する様子は無く、身体の成長も止まっているんだそうだ」


 一人の人間の時を止めてしまうなど、妖精は本当に何でもありらしい。これは一刻も早く助けてあげないと、グラディスはどんどん過去に取り残されてしまうに違いない。


「私、全力でお姫様を救い出すよ!」

「頼りにしているよ、セシリィ。……目的は、お姫様じゃなく妖精の無効化だけどね」


 最後に目的を起動修正されてしまったが、私にとってはお姫様が最優先だ。それに、妖精を封じてお姫様を救うのだから結果は同じだろう。


「さて、セシリィへの説明も済んだのでこれからの話をしましょうか」


 話が一段落したのを見計らい、今まで静観していた学園長が口を開いた。


「王には妖精憑き解決の糸口が見つかった旨と、謁見の予定を伝えておきましょう。これは区長に頼めば良いでしょう」

「そうですね。セシリィは一度区長にも合わせておいた方が良いでしょうから、僕から面会の連絡を入れておきます」


 学園長とオルターの間で勝手に予定が決まっていくので、私は見守るだけである。

 とりあえず区長と会うのは決まりのようだが、ジークリフ達の件や封印指定の妖精の件で区長も忙しそうなので、本当に軽く挨拶をする程度になるだろう。

 二人のやり取りを眺めながらそんな事を考えていたら、ドロシーも会話に参加してきた。


「王都に行くとなると、特別休暇の申請も必要ですね。二週間ほどは必要でしょうか」

「いや、区長の協力があれば王都へは転移の妖精で送って貰えるから、一週間もあれば充分だろう」

「それは良かったわ。セシリィはもともと休みがちなので、あまり長引くなら補習も必要になりますし」


 どうやら私は出席日数が危ういらしい。普段の病欠に加え、マナ枯渇による長期休養、さらには王都への遠征となれば当然だろう。

 私は補習を受けるのでも構わないが、そうならないように皆が計画立ててくれているので甘えておこう。


 それよりも、先程の会話に気になる言葉があった。

 転移の妖精とは何だろう。まさかワープでも出来るのだろうか。

 いよいよ魔法じみてきた妖精の万能感に、先程まで感じていた妖精への危機感は吹き飛んでしまった。何とか私も使えないだろうか。


(ねえ、ジージョ。転移の妖精って)

『制限されているので使えません』


 最後まで言う前に否定されてしまった。残念だが仕方ない。


 その後も大人達が予定をどんどん決めていき、私が口を挟む間も無く話は終わった。


「ふむ、こんなもなでしょうか。オルター殿、本日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ情報提供頂けて感謝しております」


 お互いに礼を交わしているが、私にはまだやり残した事があるので強引に割って入った。


「お父さん。確認が済んだなら、もう結界は消していい?」


 流石にいつまでも結界を出しっぱなしというわけにはいかない。授業でも妖精を使うのに、あれがあっては何も出来ないだろう。私が休んでいる間も大変だったんじゃないだろうか。

 私の確認に、皆揃って心配そうな顔を向けた。


「セシリィ、それはあなたの身体に負担にならない? 大丈夫なの?」


 ドロシーがまたも不安そうな声で尋ねてきた。

 今日は何度心配させてしまったのだろうか。申し訳ない。

 これ以上心配を掛けない為に、念の為確認しておいた方が良いだろう。私はマナの扱い方なんて何も知らないのだ。


(ねえ、ジージョ。あの結界を消す時にもマナを消費するの?)

『えっと、実体化したものを片付ける時にはマナは必要ないみたいです。女王様に確認したので間違いありません』

(そうなのね。良かった、ありがとう)


 ジージョから確証が取れたので、私はドロシーに向き直り笑顔で答えた。


「お母さん、大丈夫だよ。結界を消す時にはマナを使わないから、負担にはならないよ」

「そうなのね。それなら私はいいのだけど」


 私の答えに納得したドロシーは、他の二人に意見を仰ぐように視線を向けた。


「実のところ、結界が残っていると復元の妖精が使えないので教室がまだ損壊したままなのです。今は空き教室を利用して一学年の授業を行っていますが、あそこは少し広すぎるので出来れば教室を修復したいですね。ですので、結界は消して貰えると助かります」

「そんな事になってたんですか!? ご、ごめんなさい、すぐに結界は消します!」


 知らぬ間にもう迷惑を掛けてしまっていたらしい。ジークリフにまた小言を言われそうだ。

 私が慌てて結界を消そうとすると、学園長が待ったを掛けるように手を前に出した。


「いや、実際に結界を扱うところを見たいので、一度教室に移動しましょう」


 結局、学園長の提案で私達は教室に向かう事になった。




 教室には、確かに私が出した半透明の薄黄色い結界がそのまま残っていた。

 教室の中はボロボロだ。割れた窓ガラスの破片が床に散らばっており、風の刃で切り裂かれた床や壁、机には深く抉られた切断跡が残っている。床に残っている黒いシミは、血痕だろうか。


 それらの様子を見ると、襲撃の時の虚ろな目をしたヴァルクリオを思い出して震えそうになる。

 あの時は皆を守る事で必死だったが、本当はとても怖かった。


 私は嫌な記憶を振り払うように頭を振ると、結界を消すために学園長にひと言断りを入れた。


「じゃあ、消しちゃいますね」

「ええ、よろしくお願いします」


 学園長の許可が下りたので、私はいつものようにジージョにお仕事をお願いした。


(それじゃあジージョ、結界を消してちょうだい)

『かしこまりました』


 ジージョが了承すると、すぐに結界は消滅した。

 そこでふと、教室の後ろの席が光っているのが目に留まった。


(わわ、照明ちゃん!? 大変、ずっと置いてけぼりだった! ジージョ、あの子も帰してあげて!)


 私が慌ててお願いすると、ジージョは適当に返事をして照明ちゃんも消した。

 こんな場所に一週間以上放置されてしまった妖精ちゃんを少しは心配してあげて欲しいが、ジージョは相変わらず妖精への対応は適当である。


「疑っていたわけではないけど、本当にセシリィがあの結界を扱えるんだね」


 私が慌てている横で、オルターは感心したようにそう呟いた。

 私は肯定するように頷いておいた。

 

 そういえば、両親も学園長も私が結界を扱える事について確認はしてきたが、何故出来るのかは一度も聞かれていない。どうして尋ねて来ないのだろうか。

 まあ、ジージョの事を説明しても、いつぞやアドラに話した時のように夢の中の話だと思われるだけかもしれないので、聞かれないのであればこちらから伝える必要は無いだろう。


「ありがとうございます、セシリィ。教室の修復は私の方でやっておくので、貴女とドロシー先生は次の三限目から授業へ戻って大丈夫です。オルター殿はこの後もう少しお時間を頂けますか?」

「ええ、大丈夫です。じゃあドロシー、セシリィ、また後で」


 どうやら私とドロシーの役目は終わりのようだ。

 どんな風に教室を修復するのか見てみたかったが、早く教室の皆とも会いたいので素直に従っておこう。


「では、私はセシリィを仮教室まで連れて行きますね。場所が分からないでしょうから」


 ごもっとも。私は教室の有り様を今知ったばかりなので、今何処で授業をしているかなんて全然分からない。


「ありがとう、お母さん」


 私は差し出されたドロシーの手を取ると、教室を出て廊下の更に奥へ連れられて行った。普段は正面口から教室までの範囲しか廊下を歩かないので、新鮮な感じがする。


 私が案内されたのは、廊下の最奥にある部屋だった。今はここが仮教室として使われているらしい。

 このドアを開ければ、久しぶりに皆との再会である。

 私はドロシーと分かれると、期待と緊張の混在した気持ちで教室のドアを開け、中へ入った。

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