29.願いを叶える妖精
久しぶりの学園が楽しみで早めに起床した私は、鼻歌混じりに持ち物の準備を済ませてキッチンへ向かった。
キッチンのドアを開けると、朝食の支度をしているドロシーの他にもう一人分の姿があった。
「お父さん!?」
今日は天の日ではないはずだ。しかし、何故か食卓にオルターが座っている。
何日も昏睡してしまった後の事を思い出して不安を覚えたが、オルターはなんて事ない様子で私に座るよう促した。
私はオルターの隣に腰掛けると、顔を見上げて尋ねた。
「おはよう、お父さん。どうしたの、今日お休みなの?」
「おはよう、セシリィ。残念だけど今日はお仕事だよ。セシリィの事でお話し合いがあってね、ドロシーと一緒に学園長先生に会いに行くんだ。あ、もちろんセシリィも一緒だよ」
頭を抱えたくなった。とうとう保護者二人とも呼び出されてしまったらしい。何が悪かったかは分からないが、ごめんなさい!
私が真っ青になっていると、オルターは私の頭を撫でて笑った。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。さっきも言ったけど、今日話をしに行くのは僕の仕事に関する事だからね」
「お父さんの仕事?」
私は首を傾げた。オルターは今まで、自分がどのような仕事をしているか詳しく話した事は無い。私の知っている事と言えば、王都で起きた何かの事件について調べているという程度だ。それがどうして私の話をしに行くのが仕事になるのだろうか。
「ま、その辺りは追々ね。ほら、朝食が来たよ」
オルターの仕事についての話は、ドロシーが食事を運んできた為に打ち切られた。もう少し話を聞きたかったが仕方ない。
私はまだ普段通りの量は食べられないので、少なく減らして貰った朝食をゆっくりと済ませた。
朝食後、身支度を整えると家族揃って家を出た。こうして三人並んで学園へ向かうのは入学式以来なので嬉しい。
しかし、楽しく歩いていられたのは学園までの道のりの半分程までだった。
「はぁ、はぁ……。お、お父さん、お母さん、ちょっと一休みさせて……」
私は疲れてしまい、具合が悪くなって来たので休憩を持ち掛けた。アドラが言っていた通り、体力も筋力も思った以上に落ちている事を身をもって実感した。
「あらま、大変」
「大丈夫かい、セシリィ? どれ、僕が背負ってあげよう」
二人は心配そうに私の顔色を確認し、オルターはもう私を背負うつもりで背を向け腰を落とした。
私はオルターに甘えさせて貰い、素直に背負われる事を選んだ。
「ごめんね、お父さん。ありがと」
「はは、セシリィは軽いからなんて事無いさ」
結局、最後まで背負われたまま学園に到着した。
正面口から学園に入り、いつもの癖で教室に向かおうとしたところでドロシーに止められた。
「セシリィ、今日はこのまま学園長室に行くからそっちじゃないわよ」
「そうだった」
私達はそのまま学園長室に向かい、部屋の前まで来るとオルターはドアを三回ノックして返事を待った。
程なくしてドアが開き、シベルトが私達を招き入れてくれた。
「ようこそおいで下さいました、オルター様。お二人もどうぞ、お入り下さい」
「ありがとう」
オルターが入室すると、既に待機していた学園長がオルターに向かい敬礼した。それからこちらへ目を向け、以前と同じように優しく微笑んで見せた。その表情に少し疲労感が見えるのは気のせいだろうか。
「セシリィ、かなり深刻な状態で伏せっていたようでしたが、元気になったようで安心しました」
「ご心配をお掛けしました。もう大丈夫です」
正直に言えば万全ではないが、要らぬ心配を掛けないように元気アピールをしておいた。何より、下手な事を言うとまた薬膳と称した独創的な料理を振る舞われてしまうかもしれない。
学園長はとりあえず素直に回復を喜んでくれ、私達に席に着くよう促した。
私が両親に挟まれる形で席に着くと、シベルトは皆にお茶を用意して学園長に何かの紙束を渡し、そのまま奥の部屋へ退室していった。
あの紙束は何だろうかと考えている間に、学園長はオルターに紙束を差し出して説明を始めた。
「オルター殿、こちらが我が学園に出現している結界に関する調査報告書になります」
その言葉を聞いて、私は心の中で慌てふためいた。
(ジージョ、あの結界ってまだ残ったままなの!?)
『そのまま残っていますよ。姫様から片付けの指示はありませんでしたからね』
ごもっとも。私は気を失った時点で結界が消えると勝手に勘違いしていたが、アドラに贈った絵本も現存してるのだ。ジージョに出して貰った物がそれで消えるわけがなかった。
『姫様、不要でしたら消しておきますか?』
(今結界が消えたら余計にややこしくなりそうだから、そのままでいいわ……)
私は真剣な表情で書類の内容を確認しているオルターの横顔を見て、小さく溜め息を吐いた。
皆を守る為にあの時結界を使った事については後悔して無いが、オルターの耳に届くほど大事になっているとは思わなかった。せめて私が出した物だという事がバレていなければいいが、ここに呼び出されている時点で望み薄だろう。
オルターが書類を読み終えて紙束をテーブルに置き、少しの間顎に手を当てて何かを考えた後、顔を上げた。
「あの結界が妖精憑きに対して効果があるかは不明ですが、花の都解決の糸口になる可能性はありますね。ただ、当事者をこの学園まで連れてくる事は出来ません。やはり現地で結界を構築し直すしかなさそうです」
「やはりそうですか」
オルターと学園長は二人だけで納得したように頷くと、揃って私に目を向けた。私がその視線にたじろいでいると、横からドロシーが助け舟を出してくれた。
「あなた、それに学園長先生もきちんと説明してあげないと、セシリィが困ってしまいますよ」
「あ、ああ、すまない」
ドロシーの指摘にオルターは一度謝ると、「どこから話すべきか」と少し悩んでから真っ直ぐに私の目を見て問い掛けた。
「まず、最初にきちんと確認しておこう。あの結界はセシリィが出した物で間違い無いかい? エルオット先生や複数人の生徒から、君が妖精を封じて皆を守ったという証言が得られているが、念の為確認しておきたいんだ」
何故そんな証言が、と一瞬悩んだが、確かに気を失う直前にエルオットに妖精を封じたと伝えた覚えがある。
生徒からの証言はベラやリックだろうか。皆を守ると高らかに宣言したし、その直後に結界が現れたのだから私の仕業であると察するのは当然だろう。
思い返すと、私がやりましたとアピールしているも同然ではないか。ちょっと恥ずかしくなってきた。
兎にも角にも今更誤魔化しは効かないだろうから、正直に答えておく事にした。
「うん、私が出した物で間違いないよ。皆を妖精から守る為に、あの街の結界を真似てみたの」
私の答えに、皆が揃って「間違いなかったか」と息を吐いた。安堵とも溜め息ともとれる微妙な反応だ。
「セシリィ、街の結界は妖精を封じたり防いだりする効果は無いよ。あれは満月の時に溢れるマナを抑えて、妖精が騒動を起こさないようにするためのものだからね」
「あれ? それじゃああの結界、完全に別物なんだ……」
街の結界について、根本的に効果を勘違いしていたらしい。どうりで私が作った結界は、妖精を封じてしまうわけである。妖精を防ぐ事を目的にした結果なのだろう。
「経緯はどうあれ、セシリィの結界が妖精憑きに効果がある可能性がある事が、これからする話で重要なんだ」
オルターの言葉に私は首を傾げた。妖精憑きへの効果については既に分かっていそうなのに、どうして可能性なんて曖昧な言い方なのだろうか。
考えても分からないので、私は学園長に尋ねてみることにした。
「えっと、ヴァルクリオ先輩は結局どうなったんですか? その後の様子で、妖精憑きに効果があったか分かりそうですけど」
「ああ、そちらの事件は区長が追っているところで、まだ詳しくは分かっていません。ただ……」
学園長はそこで一度お茶を口にしてひと息吐くと、話を続けた。
「結論から言うと、ヴァルクリオは妖精憑きではありませんでした」
「ええっ!? でも、明らかに普通じゃない状態でしたよ!? あれが妖精憑きじゃないなら何なんですか!?」
私は友人達を傷付けたものの正体が分からなくなり、混乱して思わず語気を強めてしまった。
それを嗜めるように肩に置かれたドロシーの手を見て少し冷静になると、今度はオルターが説明を続けてくれた。
「実のところ、僕が調べていた最近の妖精憑き事件についても、妖精憑きじゃない事が判明した。君のお手柄だよ、セシリィ」
「私の、お手柄?」
お手柄と言われても、何がどう役に立ってそうなったのかがさっぱり分からない。
「これはここだけの話だから、他の人には話しちゃダメだよ?」
オルターは詳細を教える前に、口外禁止と釘を刺してきた。どうやらかなりの機密情報らしい。
私だってそれくらいの分別はあるので、問題ないと言うように深く頷いた。
「オルター殿、それを話して大丈夫なのですか?」
学園長は不安そうに確認して来たが、オルターはニッと笑って答えた。
「うちの娘は賢くて良い子なので、言い付けは守ってくれますよ。問題ありません」
そうして娘自慢を皮切りに始まったオルターの話は、現在この地区で起こっている不穏な動きに関する情報だった。
「ヴァルクリオは、封印指定の妖精を使い制御不能な状態になった事が原因で、今回の事件を引き起こしたらしい」
「封印指定? そんな妖精があるの?」
私の疑問に答えたのは学園長だった。
「制御の難しい妖精について、昔の王様が使用を禁止したのが封印指定の妖精です。王族や一部の年寄り以外は知らない者がほとんどでしょう。私もヴァルクリオの口からその妖精の名を聞くまでほとんど忘れていました」
あのような状態に陥る妖精など、封印されて当然だろう。私はふむふむと納得した。
「封印指定とはいえ、あれは僕達が使っている妖精と同じものだ。だから、セシリィのあの結界のおかげで強制的に解除された」
「じゃあ、ヴァルクリオ先輩は……」
「ああ、正気に戻っているよ。そのおかげで、先程の妖精に関する話を知る事が出来たんだ。正気に戻った彼は、あのような事になるなど想像していなかったと後悔していたようだよ」
それを聞いて安心した。あのような憎悪を理由もなく兄から向けられては、ジークリフが可哀想である。
同時に、そんな危ない妖精を考え無しに使って皆を傷付けたヴァルクリオに腹が立ってきた。
「ヴァルクリオ先輩は、どうしてそんな危険な妖精を使ったの? どんな効果の妖精だったの?」
私の疑問に、オルターは難しい表情を浮かべた。オルターに代わり答えてくれたのは、学園長だった。
「セシリィ、君はもし願い事が叶うなら、どんなお願いをしますか?」
いきなり話題が変わって困惑したが、私は首を傾げながらその質問に答えた。
「うーん。健康になって、お姫様になって、冒険してみたいです」
「はは、たくさんありますね。そして、貴女が今回の妖精の被害に遭わなかった事に安堵しています」
学園長の意見に、両親が少し青ざめた表情で同意するように頷いた。いったい何の話だろうか。
「ではお教えしましょう。今回ヴァルクリオが使った封印指定の妖精。それは、願いを叶える妖精、正しくは成就の妖精です」
「ね、願いを叶える!? そんな凄い妖精が居るんですか!?」
願いを叶えるなんて万能な物は、私の絵本に出てくる宝石くらいだ。あれはうちのジージョをもってして再現出来なかった。本当に可能なのだろうか。
「居ますよ。妖精は願いを叶える為に尽力してくれます。……ただし、妖精に人の理は理解出来ません。これが封印指定である理由なのです」
私はまたも首を傾げた。それで禁止されるのは何故だろうか。
「セシリィ、例えばお小遣いが欲しい時、君ならどうしますか?」
「うーん、お母さんのお手伝いをします」
私の答えに、ドロシーは隣でフフッと笑った。
そういえば、今までお手伝いはちゃんとしていたが、お小遣いなどねだった事は無いかもしれない。何不自由なく暮らしいるので、あまり考えた事が無かった。
「では、試験の点数で誰かに勝ちたいならどうしますか?」
「頑張って勉強します」
「ふむ、セシリィは立派ですね」
学園長に褒められて、私よりも両親が誇らしげな表情を浮かべた。何だか照れくさい。
「さて、今の願いを叶えようと妖精を使ったとしましょう。妖精は人の理などお構いなしに、最も簡単な方法で願いを叶えようとします」
「簡単な方法?」
「お金が欲しければ、盗みます。誰かとの競争に勝ちたければ、競争相手を殺……いえ、邪魔されないように遠くに追いやります」
私はそれを聞いて背筋が凍り付いた。安易に願い事をして、行き着く先は犯罪者である。最後は子供相手なので遠回しに言い直したようだが、誤魔化しきれていない。
そして、自分の願い事を思い出して更に震え上がった。「お姫様になりたい」という願いを妖精がどのような手段で叶えようとするのか、考えただけで血の気が引く。皆が青ざめるわけである。
「どうして禁止されたのか、よく分かりました」
「封印指定の妖精の制限を解除し、ヴァルクリオが使えるようにした犯人は、本人の証言を元に区長が調査中です。他の生徒には、願いが叶うなどという甘言に惑わされないよう既に注意しましたが、セシリィも気を付けて下さいね」
私は了承して頷いた。
「学園長の言った通り、最近の妖精憑きの発生はこの犯人が関わっている可能性が高い。ヴァルクリオが正常に戻り、犯人に関する証言が得られたのは非常に大きいんだ。セシリィのお手柄だよ」
オルターはもう一度私を褒めて、頭を撫でてくれた。
なるほど、危険な妖精をばら撒いている者がこの地区に居るのに、今までそれが妖精憑きとして処理されていたのか。
確かに、知らないままだったらと思うととても怖い。早く犯人が捕まって欲しいものだ。
「ところで、ヴァルクリオ先輩はどんな事をお願いしてあのような行動を取ったんですか?」
「……どこの兄弟にもある話です。本人の尊厳に関わるのでここだけの話ですが、弟ばかり可愛がる両親に、もう少しでいいから自分に目を向けて欲しい、と」
それは、本当に些細な子供の願いだった。
だからこそやるせなく、そんな小さな願いを歪めて弟を排除する行動を取る妖精と、そんなものを使わせた犯人に憤りを感じた。
しばしの沈黙の後、学園長はシベルトを呼んでお茶の入れ替えを命じた。
温かいお茶を注ぎ直してシベルトが再び部屋を出て行くと、オルターは話を再開した。
「さて、話が逸れてしまったけれど本題に戻そう。セシリィの結界は妖精を防ぐ事は出来る。けれど、本物の妖精憑きに効果があるのかは分からない。それでも今は、僅かな可能性にすら縋らなければならない程、この国は危機的状況にある」
本物の妖精憑きというのはともかく、国の危機とは何事だろうか。あまりに規模の大きな話に、私は唖然としてオルターを見上げた。
「セシリィ、これから花の都事件について君に教える。これは、絶対に誰にも口外してはいけないよ。もし漏らせば、最悪の場合処刑される。必ず守るんだよ」
いつもの親バカぶりを殺したオルターの冷たい声から放たれた「処刑」という言葉に、私は冷や汗を垂らし、ごくりと唾を飲み込んだ。




