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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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02.夢の世界と目覚め

 不思議な夢を見た。

 見知らぬ街の、見知らぬ子供達と遊ぶ夢だった。


 街並みは積み木のような原色の家が並び、コンクリートではなく黄白色の石畳が真っ直ぐに伸びる。

 まるで絵本の中に入ったような街並みに、私は感動を覚えた。


 見知らぬ子供達は、どうやら私の友人のようだ。

 けれど悲しきかな、その認識のせいでこれが夢だとすぐに気付いてしまった。


 病院から出る事の出来なかった私は、義務教育すら通信教育で受けるしかなかった為、当然ながら友人などいた事がない。夢の中とはいえ、友人との接し方もよく分からない。

 だが、夢の中の私は、当たり前のように子供達と仲良くお喋りしていた。


 私達はしばらく歩いていたが、大きな石造りの白い門を抜けて街から出たようだ。

 道なりに更に進むと道の側に花畑が広がり、女の子二人が入って行った。

 二人が私に手招きしたので、私も頷いて花の絨毯に踏み入った。

 花に興味のない男の子二人は、花畑の奥にある小川の方へ向かったようだ。


 私達は、ぷちぷちと花を摘んで、冠をせっせと作った。

 私は当然そんな物を作った経験は無かったが、夢の中なので都合良く技術を持っており、絵本でお姫様が被っているような見事な冠が完成した。

 私が得意気に被って見せると、二人の女の子達は「本物のお姫様みたい』と誉めてくれた。本当にお姫様になった気分だ。


 ……その瞬間、何処からか声が聞こえた。


『貴女は女王様から、姫の資格を与えられました』

「えっ、誰?」


 私は驚いて、声の主を探して辺りを見回した。

 けれど、目の前の二人は不思議そうな顔を浮かべているだけだった。


「声? 私には聞こえなかったけど」

「うん、私も。気のせいじゃない?」


 どうやら声が聞こえたのは、私だけのようだ。

 夢の中と考えれば、不思議現象の一つや二つ起きてもおかしくないだろう。

 私が自分の中で納得していると、再び声が聞こえた。


『姫様を支える為に、私がこれから侍女としてお仕え致します。イデアを大切にお過ごし下さい』


 訳が分からないが、私は夢の中でお姫様になり、侍女まで付けて貰えるそうだ。

 イデアというのは誰かの名前だろうか。この侍女の名前かもしれない。

 とりあえず、貰えるものはありがたく頂こう。

 友人達をまた困惑させないように、心の中で感謝を伝えた。


(ありがとう。大切にするわ)


 その瞬間、金色の光が目の前に現れ、私の中に入って来たところで急に夢は途切れた。




 その後、どのくらい経ったのかは分からないが、真っ暗闇の中で再び意識が蘇ってきた。

 思考だけは出来る状態のようなので、色々と考えを巡らせる。


 夢を見たという事は、私はまだ生きているようだ。

 何らかの治療をしてくれたのだろうか。

 お母さんは、凄く心配しているだろうな。

 心配掛けてしまった事を、最初に謝ろう。


 目覚めた後の状況を考えながら、私はゆっくりと目を開いた。


 そこは、病院の施術室でも、白い部屋でもなかった。

 私の目に最初に映ったのは茶色い板張りの天井で、寝ているベッドも病室に置かれてた白塗りの金属製ではなく、木製のものだった。

 壁紙は小さな花柄が散りばめられており、窓にカーテンは無く、陽の光が私の寝ている桃色の布団に差し込んでいる。

 更に見回すと、衣装棚や机などの家具類も確認出来たが、どれもいかにも女の子っぽい色調で揃えられている。


 ……ここは、何処?


 私は自宅に帰る事はほとんど無かったが、それでも全く無かったわけではない。

 母親はちゃんと私の部屋も残してくれていたため、自室もちゃんと覚えている。少なくともこんな部屋ではなかった。

 引っ越したという話も聞いていないし、わざわざ家具を入れ替えるような事もしないだろう。


 考えても分からないので、とりあえず母が近くにいないか呼んでみる事にした。


「お母さん、いる? ……へっ!?」


 母に聞こえるように大きな声で呼びかけた直後、自分の発した想定外の声に驚いて変な声を上げてしまった。

 私の声は、明らかに幼い子供のものだった。

 慌てて布団から飛び起き、自分の身体を確かめる。


 まず小さな手、続けて幼い身体が目に映った。

 どう見ても子供の姿だった。


 ……そうか、これも夢だ。


 私は一刻も早く目覚めようと、自分の頬を思い切りつねった。


 ……痛い。


 予想外の痛みに混乱した。

 信じられないが、頬の痛みがこの状況は夢ではないと訴えている。

 その事実に呆然としていると、誰かがバタバタと早足で近づいて来るのが聞こえた。

 足音の主は部屋の前で止まると、ドアを開けて叫んだ。


「目が覚めたのね!」


 現れたのは赤い髪と紫の瞳を持つ女性で、黄色い長袖のワンピースに白いフリルのエプロンを付けた姿をしていた。


「心配したのよ? エイミーやベラ達と遊んでる時に急に倒れたって聞いたわ。皆があなたを背負って来てくれたけど、着いた時には凄い熱を出していたし、それから三日も寝たきりだったんですもの」


 矢継ぎ早に状況を並べられるが、何も分からない。

 分からない事だらけだが、混乱していても仕方がないので、ひとまず自分の状況を確かめる事にした。


「あの、あなたは誰ですか? 私、どうしてここにいるんでしょうか? 私の母は、何処にいるか知りませんか?」


 私としては状況確認をしたかっただけなのだが、目の前の女性は一気に顔色を失った。


「私が分からないの……? あなたのお母さんよ?」


 ……え?


 今度は私が青ざめる番だった。

 つまり、今の私はこの女性の娘という事になる。確かに子供の姿になっているが、意味が分からない。


 私が混乱していると、女性は私の額に手を当てて熱を確かめ、優しく語りかけてきた。


「……高熱のせいで、頭がちゃんと働いていないのかもしれないわ。急いでお医者様を呼んで来るから、もう暫く休んでいなさい」


 彼女はそれだけ言って、部屋を出て行った。

 私はそれを見送ると、再びベッドに横になり、改めて状況を整理した。


 まず、今の私は本間莉絵ではなく、先程の女性の娘のようだ。

 幾つか並べられた人名も、日本人のものではなかった。

 それと、会話の途中で気付いた事だが、私達が話している言葉は、日本語とは異なる知らない言語だった。

 知らない言語なのに会話出来るのは不思議な感覚だが、その事については今は考えるのを止めた。


 私は、この状況によく似た物語を読んだ事がある。

 昔読んだ絵本で、主人公が死ぬ度に、別の人や動物に生まれ変わるという内容だった。

 荒唐無稽な話だが、今の私が莉絵ではない別人である以上、それ以外に考えられなかった。

 多分、私は生まれ変わってここにいるのだ。


 きっと、そういった生まれ変わりに憧れを抱く人はいるだろう。

 色々な理由を抱えていて、新しい人生を歩みたいと思っている人はいるだろう。

 私も昔は健康な身体に憧れて、そんな想像をした事があった。


 けれど、今の私には必要ない。

 もう、そんな事は望んでいない。

 もしもそれが自分の身に起きたのだとしたら、誰かに権利を譲ってしまいたい。


 だが、既に私は別の人間に生まれ変わってしまった。

 やはり私は、あの時に死んでしまったのだろう。

 その時の母の気持ちを考えると、胸が締め付けられた。

 半生を掛けて私の為に尽力してくれたのに、急逝の為に最期を看取る事も出来なかったはずだ。


 残り僅かな命でもいい、元の身体で目覚めさせて欲しかった。

 せめて最期に、母にお別れを言わせて欲しかった。

 今までありがとう、と伝える機会を与えて欲しかった。


 けれど、それはもう叶わない。


 脈が早打つ。

 息が苦しい。

 視界が霞む。


 抑え切れない感情は、慟哭となって溢れた。

 私は枕に顔を埋め、涙が枯れるまで号泣した。




 どれくらい泣いていたかは分からない。泣き疲れた後は思考を停止し、ぼんやりと天井の木目を眺めていた。

 しばらくすると、物音と複数人の人の声が聞こえて来た。多分、先程の女性が医者を連れて帰って来たのだろう。

 それから程なくして、部屋のドアが開いた。


「ただいま。……あらあらセシリィ、もう大丈夫よ」


 彼女は私の顔を見るとすぐに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめてきた。


「心細い思いをさせてごめんね。お医者様も連れて来たから、もう大丈夫だからね」


 どうやら散々泣いた後なのがバレてしまったようだ。涙の跡でも残っていたのだろう。

 感情が落ち着かない今の私には人の温もりがありがたく、ほんの少しだけ甘えさせて貰った。


「ドロシーさん、失礼します」


 続けて、少ししゃがれ気味な低い男性の声が聞こえて来た。

 この声の主が、私を診てくれる医者なのだろう。

 私はドロシーと呼ばれた女性に抱き締められた姿勢のまま、その肩からこそっと顔を覗き込んでみた。

 その医者の姿を見た瞬間、私は目と口を大きく開いて固まってしまった。


 茶色い中折れ帽とトレンチコートを纏い、革の鞄を持った、丸眼鏡のよく似合う鼻の長いその医者の顔は……犬だった。

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