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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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25.妖精特例

 朝から熱にうなされていた私だったが、薬が効いたのか午後には随分と楽になった。

 汗をかいて喉がカラカラだった私は、ドロシーがベッド横に置いて行ってくれた水差しからコップに水を注ぎ、ゴクゴクと飲み干す。

 喉が潤うと今度は小腹が空いている事に気付き、私はベッドを抜け出してキッチンへ向かった。ドロシーが学園へ行ってしまって不在の為、一人で食事をしなければならない。

 食事をするとは言っても、別に自分で作る必要はない。こういう事は昔からよくあるので、基本的にドロシーが果物を切って保冷箱に入れて置いてくれるからだ。

 私は保冷箱の蓋を開けて、いつも通り用意されていた果物の盛られた皿を取り出した。まだ熱があるのか、白い冷気がヒヤリとして心地良い。

 保冷箱の蓋を閉めると、食器棚からフォークを取り出してテーブルに着いた。


 シャクシャクと果物を頬張りながら、昨日思いついた妖精ちゃんの衣装変更について考えてみる。

 メイドの格好をさせるのは決定事項だが、困った事に私はメイドを見た事がない。正確には、この世界のメイドの格好を知らない。

 とりあえず莉絵の知識を元に、フリル付きのエプロンを着けてシニヨンキャップを被せた姿をイメージしてみた。


(ジージョ、妖精ちゃんにこんな服を着せたら可愛いと思わない?)

『はぁ、そですね』


 私は衣装の感想を聞きたかったが、ジージョは妖精が好きではないので素っ気ない返事が返って来ただけだった。それでもこちらの要望には応えてくれるのが、うちの優秀なパートナーである。私が皿を洗う為に洗浄ちゃんを呼んでみると、ちゃんとイメージ通りの衣装になっていた。

 ちょこちょこと歩き回りお仕事をするメイド妖精は、実物を見ると想像以上に可愛いらしい。これを見たらマルティアは喜びそうだ。


 お腹が満たされた私は、自室へ戻り薬を飲むと再びベッドへ横になった。早く治す為には寝るに限る。

 薬の効果もあって、私はすぐに眠りについた。




 目が覚めた時にはもう熱が引いたようで、頭がスッキリとしていた。

 窓の外はすっかり夜になっていたが、部屋は明かりが灯されていた。

 ベッドからむくりと起きて周囲を見回すと、ドロシーが椅子に腰掛けてこちらを眺めていた。帰宅してから看病してくれていたのだろうか?

 私と目が合うと、彼女は柔らかく微笑んだ。


「具合はどう、セシリィ?」

「もう大丈夫みたい。お母さん、果物切って置いてくれてありがとね」

「ふふ、ちゃんと食べられたみたいで良かったわ」


 そんな他愛のないやり取りをして、少しの沈黙が流れた後、ドロシーは再び口を開いた。


「セシリィ。貴女、学園で随分楽しんでいるみたいね。エルオット先生から聞いたわ」


 その言葉に私はうっと言葉を詰まらせた。ちょっと授業中に騒ぎを起こしてしまったので、その話が伝わっているのかもしれない。はしゃぎ過ぎだと叱られるだろうか。

 そんな事を考えているとドロシーがこちらに手を伸ばして来た。

 まさか叩かれるのかと怯んで目を瞑ると、彼女の手は私の頭に優しく置かれた。

 そのまま撫でてくれるのを感じ、ゆっくり目を開けると、ドロシーは先程と変わらず微笑んだままであった。


「セシリィはずっと病弱で無理の効かない子だったから、学園で伸び伸びと楽しんでくれていて嬉しいの」


 ドロシーは叱るどころか、喜んでくれていた。


「……エルオット先生、怒ってたんじゃないの?」

「あら、先生は危ない事さえしなければ怒ったりしないわよ?」


 私はてっきりエルオットから保護者にお叱りがあったのかと思ったが、そんな事は無かったようだ。

 ホッと安堵すると、ドロシーは「ただ……」と続けた。


「何だかセシリィの妖精について学園長が興味を持っていてね。明日、授業が終わったらちょっと会いたいそうなの。もちろん、体調に不安があるなら日を改めて頂くわ」


 まさかの最高責任者からな呼び出しである。やはり私の妖精ちゃんは特大のやらかしだったのかもしれない。

 私が青ざめていると、ドロシーはクスクスと笑った。


「まあ、そんなに怖がらなくて大丈夫よ、お母さんもエルオット先生も一緒だから。セシリィは、妖精についてお話しをしてあげるだけでいいわ」

「お母さんが付いててくれるなら大丈夫そう。うん、分かった。学園長先生に私の妖精見せてあげるよ」


 心強い味方が側に居てくれるのだ、断る理由は無いだろう。私が了承すると、ドロシーはもう一度撫でてくれた。


「そう言えば、お母さんは私の妖精見なくていいの?」

「ふふ、お母さんは明日一緒に見せて貰うから大丈夫。珍しいユニーク種だって聞いてるけど、セシリィがそれを悪い事に使うような子じゃないのは知っているもの」


 母の無条件の信頼に私は、仕事をサボる為に使うのは悪用ではないか不安になった。誰も困らせてないから大丈夫だよね、多分。




 翌日、授業が終わると予定通りエルオットに呼ばれ、学園長室に向かった。

 エイミーは病み上がりの私を心配してくれていたが、心配無いと安心させてあげた。友人の気遣いが温かくて嬉しい。


「セシリィ、急に呼び出してすまない。詳しくはこの後話すが、君の妖精は少し扱いが難しく、私が学園長の判断を仰いだんだ」


 エルオットは歩きながら、学園長に呼び出された事情を教えてくれた。

 どうやらうちの妖精ちゃんは、役立たずから問題児になったらしい。果たしてどちらがマシなのか。


 学園長室前に到着すると、エルオットはドアを三回ノックした。すぐに中から「お入りなさい」と声が聞こえ、エルオットがドアを開いた。

 室内では既にドロシーも席に着いており、学園長と共に私達を迎え入れてくれた。学園長の後方には、身なりの整った大人の男性が控えている。秘書のような役割だろうか。

 私達は一礼して入室すると、促されるままに席に着いた。応接用なのか彫刻の施された高級感のあるテーブルだった。


「よく来てくれました、セシリィ。エルオット先生から話を伺いましてね、君の珍しい妖精を見てみたくなりドロシー先生に無理を言ってしまいました」


 学園長と会うのは入学式以来だが、その時のような厳格な雰囲気は感じられず、好好爺然とした雰囲気で呼び出し理由を教えてくれた。もっとも、その辺りは事前に聞いていたので特に問題はない。


「はい、好きなだけご覧下さい。どの子が見たいですか?」


 私が早速妖精ちゃんを呼ぼうと希望を尋ねると、学園長は軽く手を出して待ったをかけた。


「その前に、食事にしましょうか。昼食時に呼んでしまいましたから、今日はこちらで準備しています。お腹が空いているでしょう?」


 どうやら学園長は食事を準備してくれていたらしい。どうりで今日は、ドロシーがお弁当を準備していなかったわけだ。

 学園長のような地位の者が、いつもどんな食事をしているのかは興味があるので、断る理由も無い。


「はい、ぺこぺこです。ありがとうございます!」


 私の返答に頷くと、学園長は秘書と思しき男に給仕の指示を出した。

 男は部屋の奥の扉へ入って行き、すぐにワゴンを引いて戻って来た。ワゴンには深鍋と食器が乗っており、男の手によって鍋から深皿に具材のゴロゴロ入った深緑色のスープが注がれる。

 色がおかしい。あれは食べ物の色なのだろうか。


 スープは立場の順に学園長から配膳され、最後に私の前に置かれた。

 緑色のスープから立ち上る湯気は、非常に青臭かった。

 私は戸惑いながらドロシーに目を向けると、彼女は苦笑気味に教えてくれた。


「学園長は料理がご趣味でね、時々こうして料理を振る舞って下さるのよ」

「ええ、料理は楽しいですからね。今は薬膳料理にハマっていまして、セシリィが病み上がりと伺ったので身体に良いスープを作ってみました」

「……お気遣いありがとうございます。いただきます」


 余計な気遣いが込められたそのスープは、具材の肉や野菜自体は美味しかったが、後味というか鼻から抜ける臭いが酷かった。一口で充分だ。しかし、私の為にわざわざ料理したと言われてしまっては残すわけにはいかない。

 私は涙目でスープを飲みながら、学園長が嬉々として語る食材の薬効についての説明を聞き流していた。興味が無いし、味のせいでそれどころではない。

 ふと、入学前のドロシーの話を思い出した。


 ……学園の先生は変わり者ばかりって聞いてたけど、学園長も例外じゃなかったよ!


 学園長以外は進みの遅い食事を終えると味の感想を聞かれたが、私は曖昧に返事をしておいた。

 まだ口の中に残る臭いに耐えながら、会話は本題に移る。


「さて、丁度良いので食器を片付けてしまう前に、清めの妖精で洗浄する様子を見せて頂きましょうか。セシリィ、お願いしますね。シベルト、君は部屋から出ていて下さい」


 学園長の命令に従い、給仕をしてくれたシベルトはワゴンを引いて奥の部屋へ戻って行った。わざわざ下がって貰ったのは、あまり私の妖精を見せたくないからだろうか。

 シベルトが出て行くのを見送ると、私は学園長に向き直り妖精を呼び出した。

 洗浄ちゃんがテーブルの上に現れると、仕事をお願いする。


「洗浄ちゃん、食器を綺麗にしてね」


 洗浄ちゃんは早速仕事に取り掛かり、皿の上に清めの雲をモクモクさせ始めた。

 その姿に、先生達は三者三様に反応を示した。


 ドロシーは、「まあ可愛い!」と楽しそうに見ていた。

 エルオットは一度見ているはずだが、何故か奇妙な物を見るような表情を浮かべていた。

 学園長は「なるほど」と呟くと、白い髭を撫でながら興味深そうに眺めていた。


 最初に質問して来たのはエルオットだった。


「セシリィ、先日見た時はこんな見た目ではなかったが、何故姿が変わったんだ?」


 一瞬質問の意味が分からなかったが、そういえば衣装変えをしたのだった。その事を言っているのだろう。

 私は胸を張って答えた。


「可愛いからです。この服、可愛くないですか?」


 だが、私の意見に同意してくれたのはドロシーだけだった。

 エルオットは首を傾げ、学園長は服には興味無さそうに綺麗になった自分の前の食器を眺めている。


「セシリィは他の妖精も動き回るのですよね。他の妖精も見せて頂けますか?」


 もう少し服について興味を持って欲しかったが仕方ない。学園長の頼みに、私は文字消しちゃんを呼び出した。エルオットに一度見せているので、この子なら説明も簡単で済むからだ。


「なるほど、同じような姿になるのですね。これはユニーク種というより妖精回路の変種でしょうか。ふむ、珍しいですね」


 学園長は文字消しちゃんもじっくり眺めながら、何やら考察し始めた。専門的な話はさっぱり分からないので、好きにして貰う。


 洗浄ちゃんが仕事を終えた頃には学園長は満足したようで、笑顔で頷いた。


「ありがとう、セシリィ。もう結構です、妖精を仕舞ってください」


 私が了承して妖精ちゃんを帰らせると、学園長はシベルトを呼び出して食器を片付けさせた。そして、部屋の中がまた私達だけになると、ゆっくりと話し始めた。


「さて、実際に見せて貰う事で、エルオット先生が懸念していた理由がよく分かりました。セシリィは聡明な子と聞いていますので、少し真面目な話をしますね」


 何となく察してはいたが、やはり私の妖精ちゃんは問題児らしい。どんな事が懸念されているのか、学園長は順を追って優しく丁寧に教えてくれた。


「まずは、法律について少しお勉強しましょう。セシリィ、例えば人に危害を加えたり、盗みを働いたりした者はどうなるか分かりますか?」


 これは常識的な話なので簡単だ。


「捕まって、罰せられます」

「その通りです。では、妖精を利用して同じ事をした場合はどうでしょう?」


 妖精を使って、という前提があり少し迷ったが、やっている事は同じなので結果も同じはずだ。


「同じだと思います。罰せられます」

「正解です。ただし、妖精を用いての犯罪の方が罪は重くなります。セシリィも覚えておいて下さいね」


 答えは合っていたが、妖精を使った犯罪は重罪らしい。それは知らなかった。


「では最後の質問です。妖精が人に危害を加えたり、物を盗ったりした場合どうなると思いますか?」


 これは人が妖精を行使して行った犯罪ではなく、妖精自身の犯罪がどう処理されるかという質問だ。正直なところ、全く分からない。


「少し難しかったですね。ではヒントを上げましょう。妖精による被害は、自然災害のようなものとして扱われます」


 私がうんうん悩んでいると、学園長はヒントをくれた。ヒントというより、ほとんど答えのようなものである。


「えっと、災害で被害を受けても災害を罰する事は出来ないから、つまり妖精が悪い事をしても、捕まえて罰する事は出来ないという事ですか?」


 私の解答に、学園長は満足そうに頷いた。どうやら正解だったらしい。やったね。


「妖精に人の常識は通じません。捕まえても簡単に逃げてしまいますし、こちらが躍起になるほど面白がって悪戯がエスカレートし、被害が拡大します。だから妖精の被害は補助金で補填し、罪には問わない決まりなのです。これが法で定められている妖精特例です」


 ここまで教えて貰えば、私が呼ばれた理由も察する事が出来た。


「つまり、私の妖精ちゃんがその妖精特例という決まりのせいで、罰せられる事なく悪い事に使えちゃうんですね?」


 私の質問に、学園長は軽く目を見張った。


「ほう、察しが良いですね。エルオット先生やドロシー先生から聞いていましたが、セシリィは本当に賢い子のようです」


 私は急に褒められて照れ臭くなった。まさか二人がそんな話を学園長にしているとは考えていなかった。

 チラッと横目でドロシーを見ると、自慢の娘を誇るような表現をしていた。その顔を見て、心がほわっと温かくなる。今が自宅だったなら、ちょっと抱きついてお話したいところだ。

 だが、学園長の話はまだ続いていた。


「セシリィの妖精は妖精特例が適用される可能性はありますが、王や騎士団の判断次第です。基本的には悪い事をすれば罰せられると考えて下さい」


 どうやら、罪に問われるかどうかは結局、裁定者次第のようだ。いい加減な法律にも思えるが、私の妖精ちゃん自体がイレギュラーのようなので仕方ないだろう。


「法に則り罰せられるなら問題ありませんが、エルオット先生が懸念していたのはむしろ、特例を都合良く適用して利用されてしまう状況です。王や騎士などと関わる機会は無いと思いますが、気をつけて下さい」


 最後に怖い事を警告され、私は背筋が凍りついた。妖精を他人に利用される可能性があるとは考えていなかった。しかもそれを行使出来るのは、王様である。

 関わるなと言われても、私のお姫様計画に王様との接触は必要だ。どうにかしなければならない。

 何とか妖精を隠しながら、お姫様になる方法を模索するしかないだろう。


 こうして最後に不安材料が増える形で、学園長との面会は終了したのだった。

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