24.清めの妖精
校外授業の目的地は、森の中腹にある陽当たりの良い広場だった。木々に覆われていた道中とは異なり、まるでそこだけ森の一部がくり抜かれたように開けており、青空が広がっている。
広場の中央には台座が有り、何かの人物の白い石像が置かれていた。高さは二メートル程で、その像の顔立ちは比較的若い青年のように見える。左手には本、右手にはペンが握られ、何かを書いている姿をしていた。
いったい誰の像だろうと眺めていると、エルオットが説明してくれた。
「これは、建国王にして学問の神でもあるリソルダグード様の像だ」
どうやらこの国を興した王様が、神様として扱われているらしい。莉絵の世界でも昔の偉人を神格化して信仰する文化があったが、どこにでも似たような風習というのはあるようだ。
「今日の校外授業の目的は、皆の学問の成長を願いこの像を清める事だ。それが終わればお昼にする」
エルオットが今日の目的を説明したが、生徒達は皆困った表情をしていた。それも無理はない。ここには掃除用具が無いのである。
「先生、道具が有りませんけど、どうやって綺麗にすれば良いでしょうか?」
私が皆を代表して質問すると、エルオットは笑いながら答えた。
「ハッハッハッ、先日教えた清めの妖精を使えば良い! まだ馴染みが薄いだろうが、妖精は生活の一部だ。しっかり活用出来るようになるんだぞ!」
私はポンと手を打った。そう言えば妖精が居たのだった。
子供は入学前まで妖精を避けるよう言われる為、何かするなら真っ先に妖精を使う、という習慣が身に付いていないのだ。もっと慣れていかなければならないだろう。
私達は像の前に集まったが、掃除を渋っている者がいた。ジークリフとマルティアである。
良家の子は掃除などしたくないのだろうか。そんな事を考えていると、マルティアが躊躇い気味に口を開いた。
「……先生。わたくし、両親より教会に傾倒しないように注意を受けております。このお清めは、教会と関係ごさいますか?」
マルティアと同じ懸念をジークリフも抱いているようで、二人ともエルオットの答えを待っている様子だ。
掃除がしたくないのではなく、宗教的な理由だったとは予想外だった。こういうところでも、生活基盤が私達とは随分違う事を実感する。
「学園が遵守するのは建国王の理念だ。どのような組織派閥に属する事も無いから安心していいぞ! 何より教会が信仰しているのは別の神だからな!」
エルオットは、いつも通りの爽やかな笑顔ではっきりと答えた。
傍目からは訳の分からないやり取りだが、二人はどうやら得心が行ったらしい。お互いに顔を見合わせて、安堵したように肩の力を抜いた。
「学園の理念を疑う失礼な質問をしてしまいました。申し訳ありません、先生。わたくし達も神像のお清めに参加致しますわ」
「ハッハッハッ、構わないぞ! 君達のような家柄ならば、当然気にしなければならない事だからな!」
エルオットは、このようなやり取りなど慣れたものだというように笑っている。彼の余裕を見ると、本当にベテラン教師なんだなぁ、と感心する。
話が一段落したマルティア達は、既に像の周りに集まっている私達に合流した。それから私達は、エルオットの指示に従い清めの妖精を呼び出した。
(コーマ スヴォー)
命令文を頭の中で唱えると、手のひらサイズの小さな雲が、子供達と同じ数だけモクモクと現れ、像の一部を清めた。
清められた部分は白磁のように真っ白になり、ツヤツヤしている。清める前からそれなりに白く綺麗に見えたので気付かなかったが、思ったよりも雨や土埃で汚れていたようだ。
一ヶ所清めたらすぐ隣をまた清める。これの繰り返しだ。
だが、ちまちまと清めていくのは非常に面倒で、時間が掛かるような気がする。これではお楽しみのお昼時間がいつになるから分からない。
そう考えた私は、少しばかり楽させて貰う事にした。
(洗浄ちゃん、出ておいで)
勝手に仕事をしてくれる妖精ちゃんは、こういう時に心強い。どうせ妖精ちゃんは一度皆に見られているのだ、騒ぎにもならないだろう。
私の呼び出しに応えて、洗浄ちゃんが手のひらの上に出現した。一気に洗浄出来そうなジェット洗浄機をイメージしたせいか、背中に雲を背負い、その雲から伸びるホースのような物を握っていた。
「洗浄ちゃん、この像を綺麗にしてね」
私が仕事を指示すると、心得たというように洗浄ちゃんは像に飛び乗り、てっぺんを目指して登り始めた。頑張れ。
妖精に仕事を丸投げした私は、終わるまで休憩しようと休めそうな場所を辺りを見回した。そこで初めて、皆の視線が私に集まっている事に気が付いた。子供達だけでなく、エルオットも奇妙なものを見るように妖精ちゃんに視線を向けていた。
「セシリィ、あれって文字消しの妖精じゃなかった?」
皆が私や妖精ちゃんに注目する中で、エイミーが不思議そうに尋ねてきた。
そう言えば、以前出したのは文字消しちゃんだった。だが、今回は別の子なので訂正しておいた。
「違う違う、あれは清めの妖精だよ。ああして頼めば仕事をしてくれるの」
「ちょっと待ってくれ! セシリィは清めの妖精もユニーク種なのか!?」
私がエイミーに答えると、何故かエルオットが慌ててやって来た。その大きな声のせいで、皆の視線が更に私に集中する。勘弁して欲しい。
こうなってはもう納得して貰うためにちゃんと説明した方が早いだろう。
「文字消しと清めの妖精が、ではないですよ。私の妖精はどの子も、あんな風に呼び出せます。まあ結局姿が見えるだけの残念な子ですけどね」
私が冗談めかしく答えると、エルオットはあんぐりと口を開き、私と洗浄ちゃんを何度か見比べて頭を抱えてしまった。
「全てがユニーク種? そんな馬鹿な……。いや、それよりもあれは、姿が見えるだけではなく独立して動いているではないか!?」
エルオットは、像の上でホースから雲をモクモク出して一生懸命洗浄している妖精ちゃんを指差し、興奮気味に尋ねてきた。以前も動いている姿を見たはずなのに、何故今更驚いているのだろうか?
よく分からないので、とりあえずウチの子自慢をしておく事にした。
「私の妖精ちゃんは、お願いすれば仕事をしてくれます。やれば出来る子なんです、残念な子じゃないんですよ!」
「セシリィ、それは非常に……。いや、校外授業の最中に話す事ではないな。後日にしよう」
エルオットは何かを言い掛けたが、授業中という事で話を切り上げた。だが、私の妖精ちゃんに頭を抱えたくなるような問題がある事だけは伝わった。後が怖い。
「こうして話している間に、セシリィの妖精が残りの清めを終わらせる勢いだな……。とりあえず、後は任せてしまおうか。皆、お昼にしていいぞ! 手を清めてから食事するように!」
ちょっとしたトラブルはあったが、洗浄ちゃんが頑張ってくれているおかげで私達の仕事は終わりのようだ。ついに遠足のお楽しみ、お弁当の時間である。
皆が清めの雲を出して手を洗浄し始めたが、私の洗浄ちゃんはまだお仕事中である。私は妖精の側へ行き、手を綺麗にしてくれるようお願いした。
洗浄ちゃんは仕事の手を止めると、ひょいひょいと像を降りて来てホースから雲を出し、私の手を洗浄してくれた。
「ありがとう、邪魔してごめんね。残りのお清めもよろしく」
洗浄ちゃんはコクリと頷くと、また像を登って行った。
一仕事終えた子供達は、神像の周囲の石段に各々が好きに腰を下ろし、お弁当を広げ始めた。
私は辺りを見渡しエイミー達を見つけると、そちらへ向かった。途中、ジークリフがこちらを睨んでいるのがチラッと見えたが、見なかった事にしておく。ちょっとした騒動は起こしてしまったが、皆の仕事のお清めは洗浄ちゃんが引き継いでくれているのだ。感謝はされど文句を言われる筋合いは無いはずである。そういう事にしておく。
「お待たせ! それじゃあ、お昼にしましょ」
私の合流を合図に皆でお弁当を取り出し、楽しい遠足のお昼が始まった。いつも通りおかずの交換をしながら、今日の出来事についての話題になった。
「ねぇ、マルティア。教会って、神様を信仰してるような所でしょ? 私、関わりが無いから分からないんだけど、教会って良くない所なの?」
私の教会のイメージと言えば、神父さんやシスターがお祈りを捧げて鐘がゴーンと鳴って白い鳩がバサバサ飛び立つような場所だ。莉絵の方の知識だが、結婚式を挙げたりもするような身近な場所のようで、あまり嫌われているイメージが湧かない。
「わたくしもお母様にお話を聞いただけですので、詳しい事は存じませんの。それでもよろしければ、少しお話しますわね」
そう前置きして、マルティアは教会について教えてくれた。
以前の教会は社会的な影響力は非常に低く、信徒が修道院で細々と暮らしているだけだったらしい。
ところが10年程前、修道院長が代替わりしてからというもの、あちこちで強引な勧誘を行うようになったそうだ。とは言っても、別に犯罪紛いの事をしているとかではない。
治療の難しい病に嘆く者がいれば、神の奇跡とやらで治療する代わりに入信を迫る。
過去に傷を持つ者がいれば、将来の不安を煽り、平穏は教会のみ得られると言葉巧みに入信を迫る。
懐柔しやすい子供には、お菓子を配って教会がいかに素晴らしいかを延々と語り家族揃っての入信を迫る。
それだけ聞くとよくある勧誘方法だが、とにかく一度目を付けた人物にしつこいくらい付き纏うらしい。最後には気が参ってしまい、正常な判断が出来なくなって入信してしまうそうだ。なるほど、確かに強引である。
「そのような状況の為、面倒事に巻き込まれないよう、近年の社交界では教会に傾倒していそうな方を避けるようになったそうですわ」
なるほど、話を聞いただけで関わりたくない団体なのがよく分かった。ついでに社交界について詳しく聞きたかったが、話が逸れてしまうのでぐっと堪えた。
「教えてくれてありがとう、本当に面倒そうね。マルティアも気をつけね」
「セシリィ達も無関係ではありませんわよ? 今は家格に関係なく、本当に手当たり次第に勧誘活動が行われているそうですもの」
私がマルティアを心配していると、彼女はこちらも巻き込まれる可能性がある事を注意してくれた。
それを聞いて、今まで他人事のように話を聞いていたエイミーやベラが青ざめた。まさか自分達が関わる可能性が有るなど考えていなかったのだろう。
「二人とも大丈夫よ。いつも言われるように、知らない人に着いて行かないって事をちゃんと守ろうね」
「そうね、お菓子に釣られないように気を付けるわ」
ベラが真剣な顔でちょっとズレた決意表明をした事で場の緊張がほぐれ、皆の笑顔が戻った。
教会の話が一段落し、話題は私の妖精ちゃんに移った。特にマルティアは私の妖精ちゃんを非常に気に入っているようで、興味津々に聞いてくる。
「セシリィの妖精は、まるで小さなメイドのようで可愛らしいですわね。わたくしも欲しくなってしまいますわ」
お喋りしている間にお清めを終えてトテトテと戻って来た洗浄ちゃんをまじまじと眺めながら、マルティアはそう溢した。
今まで考えた事も無かったが、メイド姿なら確かに可愛さが増して良いかもしれない。今の妖精ちゃんは布一枚のローブを身に着けているだけだが、今度メイドの衣装に出来ないか試してみよう。
私は妖精を帰しながら、お着替え計画を決意したのだった。
皆のお昼が済むと校外授業はお終いだ。私達は荷物を整理して、エルオットを先頭に帰路に着いた。
私とジークリフは引き続き最後尾で皆を見守りながら歩いているが、隣からずっと睨むような視線を感じるので非常に気まずい。今回は事故ではなく、仕事をサボる為に自分の意思で妖精を呼び出して起こした騒動なので、言い訳のしようもない。
結局、学園に到着するまでそんな調子だったが、睨んで来るだけで文句は言われなかったので気にしない事にした。
学園に着いたらそのまま解散となり、後は帰宅するだけである。私は『帰るまでが遠足』と考えながら、今日の楽しい思い出を振り返りつつ無事家に到着した。
その日の夕食で私は、校外授業の楽しかった話を沢山ドロシーに聞いて貰った。ドロシーもニコニコしながら聞いてくれるので、ついつい饒舌になってしまった。
話し過ぎていつもより少しだけ遅い就寝になったが、私は充実感に満たされたまま一日を終えた。
翌朝、私は高熱と悪寒にうなされていた。
これはまずい。もし体調を崩したのが知られたら、次から校外授業は私だけ居残りになるかもしれない。
そう考えて私は、無理にでも学園に行こうとしたが、ドロシーにはすぐに顔色が悪い事がバレてしまった。
こうなるのは既に予想済みだったのか、予め準備されていた薬を飲まされて、「今日は休みなさい」と寝かし付けられてしまう。
私は観念して、再びベッドに横になり目を閉じた。
呼吸が熱く、息苦しい。昨日の楽しい思い出は、熱と頭痛に上書きされてしまった。
改めて自分の身体の弱さを思い知り、泣きたくなった。




