22.妖精対策
妖精対策を考えるには、妖精の性質について知らないといけない。私はこれまでに得ている妖精に関する知識を整理してみることにした。
まずは、学園で習得した妖精について。
これは、命令語を使って特定の効果を得られる妖精だが、あまり危険があるようには感じない。ただ、ペンの妖精の例があるように、使い方次第で危険になり得るのかもしれない。
制限がかかっているという妖精も多いようなので、全てを把握して対策するのは無理そうだ。丸ごと防げるようなものが欲しいけれど、何か方法はあるのだろうか。
関心がある者に寄ってくるという妖精についても考えなければならない。
こちらは人の頭に棲みつき、妖精憑きという状態になってしまうらしい。
妖精憑きがどんな状態かは分からないが、会話すら出来なくなるみたいな事を聞いた覚えがある。非常に怖い妖精だ。
白い石の御守りがあれば安全なようだが、ベラは御守りを持っていない。何とか御守りを手に入れて渡したいが、子供がお小遣いで買える物とも思えないので、普通に入手するのは難しいだろう。
けれど私には、正規の方法をとらずとも入手出来る可能性のある手段があった。
(ジージョ、私の付けている白い石の髪留めと同じ物って出せない?)
『姫様のイメージがあるので、問題ありません。すぐに用意します』
原理も分からない御守りなので無茶なお願いかと思ったが、流石は優秀な侍女である。非常に頼もしい。
ただ、これまでの経験上、実在する物をイメージから取り出すと期待通りの物にならない事が何度があった。御守りの効果が得られるかどうかだけは、きちんと確認した方が良さそうだ。
(とりあえず出して貰っていい?)
『かしこまりました』
ジージョが承諾すると、私が身に着けている髪留めと同じ物がコトリと現れた。自分が頼んだ事とはいえ、家族からお祝いに贈られた物と同じ物が増えてしまうと何とも言えない気持ちになる。
だが、今はとにかく妖精対策が最優先だ。そんな気持ちは傍に追いやって、私は髪留めを手に取り検分してみた。
見た目だけでなく、材質やクリップ部の固さなどもいつも使っている物と全く同じようだ。
私は効果を確認する為、今着けている髪留めを外し、ジージョが出してくれた方の髪留めを着けてみた。そして、そこでようやく気付いた。
……あれ? これ、妖精から守られるかどうかなんて確認のしようが無くない?
妖精がありふれた世界とはいえ、会おうと思って会えるというようなものではない。
友人に妖精を仕掛けて貰えば御守りのテストは出来そうだが、他人に効果を及ぼす妖精は高学年にならないと使う事が出来ない。
ドロシーやオルターならば大人なのでそういった妖精も使えるだろうけれど、いつも過保護な程に大事にしてくれている二人に、私に向けて妖精を仕掛けて欲しいとは頼めない。
どうしたものかと考えていると、ジージョが戸惑い気味に話しかけてきた。
『姫様、どうやら木偶の坊……じゃなくて、妖精と姫様の繋がりが封じられたようです』
髪留めを着けた結果、何やら想定外の事が起きたようだがいまいち要領を得ない。
(……どういうこと?)
『つまりですね、姫様が妖精を呼び出せばあれらは姫様に応えようとするのですが、今は妨害されていて応えられない状況なのです。あ、ちなみに私なら役目を果たせますので、何も問題ありません』
最後のアピールは置いといて、どうやら妖精から守るという御守りの効果が、自分で使う妖精にまで影響を及ぼして防いでしまったようだ。元の髪留めは身に着けていても妖精は使えていたので、やはり本来の御守りとは別物になってしまったらしい。
私は試しに妖精の命令語を頭の中で唱えてみた。
(コーマ クルッカ)
時間を確認する妖精を呼んでみたが、ジージョの言った通り応答はなかった。
ジージョは自分が同じ役目を果たせるから問題ないと言っているが、御守りを持っていて欲しかったのはベラだ。彼女にはジージョが居ないので、ただ妖精が使えなくなってしまうだけである。これでは何の役にも立たない。
私は残念な効果になってしまった髪留めを外し、元の方に着け直した。
それから念の為、封じられていた妖精がちゃんと使えるようになったか確認する。
(コーマ クルッカ)
『頂後三、間二十七』
今度は時間が返ってきた。問題ないようだ。
(ジージョ、ありがとう。この髪留めはもう片付けていいよ)
『かしこまりました』
ジージョが髪留めを消したのを確認すると、私は他の方法を考えてみた。
妖精を防ぐもので他に知っているのは、満月の日に街を覆う結界だ。あれは王様が作り出したものらしいが、私に使えるのだろうか。
(ジージョ、あの結界って出せる?)
『あれだけ広範囲のものは、今の私では無理です。未熟でお役に立てず、申し訳ありません……』
ジージョは悔しそうな声で謝罪してきたが、別に責めるつもりはない。
(使えたらいいなってだけだから、そんなに落ち込まないで。ほら、ケーキでも食べて元気出してね)
『はい、元気が出ました!』
私が頭の中でケーキを贈ると、ジージョはすぐに明るい声色になった。ちゃっかりしている。
しかし、結界が使えればこう、箱みたいに皆をすっぽり覆う感じで守ってあげられたので少し惜しい。
『あ、そのぐらいの大きさなら出せます、姫様! お任せ下さい!』
ぼんやりと使いたい結界をイメージしていたら、ジージョが先程とはうってかわって自信満々にアピールしてきた。そして、私の部屋の中を覆うくらいの薄黄色い膜の結界が出現した。
(わあ、本当にあの結界が作れちゃった! ジージョ凄いね!)
『今度はお役に立てて安心しました。ただ、また妖精が封じられたようです』
どうやらこの結界も、効果は先程の髪留めと同じようだ。ちょっと不便ではあるけど、とりあえず結界に関してはそれで問題ない。
(常に身に着けておかないといけない御守りと違って、結界はいざという時の防衛手段だからこれで大丈夫よ。ありがとね、ジージョ。もう結界は消していいよ)
『かしこまりました』
ジージョが答えると同時に、結界はすぐにフッと消えた。
とりあえず妖精への対抗策が出来たので、大満足だ。これで、皆を妖精の危険から守るという約束は果たせるだろう。
他にも色々試してみたかったが、何だか少し疲れて眩暈がしたので、ベッドで横になる事にした。
入学から一週間、初めての学園生活は楽しかったが、知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。明日は天の日でお休みなので、のんびり過ごそう。
そんな事をぼんやりと考えているうちに、疲労感と窓から差し込む春の陽気の心地良さで眠たくなってきた。
私は、眠気に抗わずそのまま瞼を閉じた。
「セシリィ、起きなさい。お夕飯の時間よ」
ドロシーの呼び掛けで、私は目を覚ました。
少し休むつもりがぐっすり寝てしまったようで、外はすっかり暗くなっていた。
私はベッドから降りて伸びをする。
「んー、寝ちゃってた。お母さん、おかえり」
「ふふ、ただいま」
挨拶を交わすとドロシーは軽く私の頭を撫で、キッチンへ向かって行った。私も後に続く。
食卓には既に料理が並んでいたので、私は席に着いて手を合わせた。
美味しい夕食を食べ終え寛いでいると、お洗い物を終えたドロシーもテーブルに着いた。
「セシリィ、学園で一週間過ごしてみてどうだった?」
ドロシーは自分のカップにお茶を注ぎながら、学園生活の感想を尋ねてきた。
もちろん、答えなど一つしかない。
「すっごく楽しかった!」
私の答えを聞くと、ドロシーは安堵したように表情を和らげた。
「良かったわ。いきなり怪我をしてお休みする事になったから、怪我をさせた子と会いたくなかったり、行くのが嫌になっちゃったりしたんじゃないか心配してたの」
なるほど、ドロシーはギードとのいざこざを気にしていたようだ。
同じ学園の下で過ごしているとはいえ、教室が違えばほとんど会う機会はない。多分、とても心配させてしまったのだろう。
とりあえず、ギードとの件については心配ない事を伝える。
「大丈夫、その子とはもう仲直りしたから気にしてないよ」
「ふふ、セシリィは立派ね。本当に自慢の娘だわ」
ドロシーが本当に誇らしそうに言ってくれるので、私は大袈裟に胸を張って見せた。
「えっへん。私、級長にも選ばれたんだから、ちゃんと教室の皆の事考えてるよ」
「エルオット先生も、級長として頑張ってくれてるって褒めていたわ。セシリィは頑張り屋さんね、お父さんに似たのかしら?」
ほとんど家にも帰れず仕事を頑張っているオルターに比べれば、そこまで頑張っている自覚はない。けれど、それくらい頑張っていると思ってくれているのは嬉しい。
「そうそう。そのお父さんだけど、緊急のお仕事が入ったみたいで明日は帰れないみたい。セシリィに会いたいって嘆いていたわ」
ドロシーは、その子煩悩加減に苦笑しながら教えてくれた。
オルターは今までも、天の日に休日返上の仕事が入り帰って来れない事は何度かあった。だが、今回は学園の事を沢山話したかったので寂しい。
「……そっかぁ、お仕事じゃ仕方ないよね。また王様からなんでしょう?」
どうせいつもの勅令案件だろうと考えていたが、ドロシーは首を横に振った。
「王様も無関係ではないけど、今回は区長様から頼まれたみたいね」
予想外の依頼主に、私は首を傾げた。
今のオルターは、地区内の問題すら後回しにしなければならない状況だったはずだ。以前、王様からの仕事優先のせいで、結界日の見直しが放置されている状態だと話していた。
今回の区長からの仕事は王様も絡んでいるのだろうか。ドロシーも無関係ではないと言っていた。
けれどその場合、これまでと同様に勅令を出せば済むはずだ。わざわざ区長から命じた形にする意味がない。
あれこれ考えても答えは出ないので、ドロシーに聞いた方が早いだろう。
「区長様に何を頼まれたの?」
私の問いに、ドロシーは人差し指でばってんを作った。
……また妖精か。
私は肩を竦めると、理解したと言うように頷いて見せた。
それを確認したドロシーは、話を切り上げるように両手をパンっと合わせた。
「さ、今日はもういい時間だから、お風呂に入って寝ましょうね」
「はぁい」
これ以上の話は聞けそうにないので、私は素直に従いドロシーと一緒に浴室へ向かった。
お風呂を済ませてベッドに横になると、いつものようにジージョに絵本を読んで貰っていたが、どうにも話が頭に入って来ない。やはり妖精が気になってしまう。
区長の子であるジークリフの取巻きのギードが、妖精関連の問題に関わっているという。
区長もまた、妖精関連の緊急案件を役所に命じた。
これらがほんの数日で起きた事だ。どちらにも区長が関わっているのは、果たして偶然なのだろうか。
今まで漠然としたものだった妖精の脅威が身近に迫っているようで、どうにも不安で眠れない。
せめて友人達が危険な目に遭わない事を願いながら、私は真夜中過ぎにようやく眠りについた。




