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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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19.絵本の寄贈と暇潰し

 今日は診療所の待合室に他の患者はおらず、私とドロシーはすぐに診察室に案内された。

 アドラはまたうんざりした顔をするかと思っていたが、予想に反して心配そうな表情を浮かべていた。


「フローレスから話は聞いているが、酷い怪我をしたそうだね。大丈夫かい?」

「聖女様に治療して貰えたので、怪我は大丈夫です」

「ああ、フィリアか。随分と活躍しているようだね。しかし、傷痕一つ残ってないとは、予想以上に優秀だ」


 アドラは私の顔や手を眺めて感心するように唸った。

 フィリアを知っているようだが、フローレスから聞いたのだろうか。

 関心するアドラとは反対に、ドロシーは困り顔で小さく溜息を吐いた。


「子供には荷が重い力ですよ。本当なら聖女なんて祭り上げるのも反対なのですが、フィリアの場合は事情が特殊ですからね」


 それに同意するように、アドラも頷いた。

 特殊な事情とやらは気になるが、熱のせいで難しい事を考えようとすると頭が痛む。他人の事情より、まずは自分の体調だ。


「先生、熱がつらいです。出来れば早くお薬下さい」


 私が訴えると、アドラは指で顎を撫でて考え込む様子を見せた。


「フローレスの薬を飲んだのだろう? 恐らく明日には熱も下がるから、今日は薬は出さなくても問題無いはずだ」

「そんなぁ」

「セシリィ、以前にも教えたけれど、薬に頼り過ぎるのはあまり良くないんだよ。いずれ、薬無しで生きられなくなってしまうんだ」


 まあ、それはごもっともな意見だ。私だって薬漬けの人生はもう真っ平である。

 諦めて頷くと、今日は診察だけ受けて帰る事にした。


 簡単な診察を終え、アドラがカルテに書き記し始めた。

 私はその様子を眺めていたが、今日は手土産がある事を思い出して手提げ鞄を掴んだ。

 鞄から絵本を取り出すと、アドラの机に重ねて置いた。今日持って来たのは、先日この世界の言葉に書き換えた五冊だ。


「先生。いつもお世話になってるので、これをあげます。子供達が待ち時間に退屈しないように、待合室に置いて下さい」


 私の絵本を見ると、ドロシーとアドラは驚いた顔を私に向けた。


「セシリィ、こんな物どこから持って来たの?」

「私が作ったの、凄いでしょ。楽しいお話だから、他の子もきっと楽しめるよ」

「作ったって……」


 ドロシーは何か言いたげだったが、アドラが「どれ、見てみよう」と絵本を手に取った為、それ以上は何も言わなかった。

 アドラが本を開くとドロシーも興味が向いたようで、二人で一緒に絵本を眺めている。

 最初は二人で顔を見合わせて、本の表紙や内容を眺めて悩んだり頭を振ったりしていたが、すぐにページを読み進め始めた。

 一冊を読み終えると、二人は私に微笑んでくれた。好印象だったようだ。


「ふむ、珍しい本だけど子供らしい話だ。良く出来ているね」

「本当、セシリィにはこんなにお話作りが上手なのね」


 私は自分の作った物語が褒められて、嬉しくなった。

 これまで、莉絵の母親以外から絵本を直接褒めて貰った事はなかったので、こうして楽しんでくれる人がいる事がとても嬉しい。

 しかし、アドラは再び難しい表情になった。


「けれどセシリィ、これを貰っても待合室には置けないよ」

「え、どうして?」

「こういう貴重な品を待合室に置いたら、すぐに持ち去られてしまうからね」


 なるほど。確かにこの絵本は、世界に一冊の貴重品と言っていい。流石に持っていかれては困る。


「盗られるのは悲しいですね。仕方ないので持ち帰ります」

「いや、折角セシリィが作ってくれたんだ、ありがたく受け取るよ。私の目が届くこの診察室に置いておけば問題ない」


 それでは待ち時間に退屈している子供達に読んで貰えないのだけど、仕方ないだろう。


「ちゃんと子供達に読ませてあげて下さいね」

「ああ、治療の時に泣く子もいるからね。利用させて貰うよ」


 アドラはそう言ってニヤリと笑った。小狡い事をお考えのようだ。

 まあ、寄贈した物なので好きに使って貰って問題ない。


 今日の目的は果たしたので、私達は診療所を出て帰途についた。


 家に帰るとすぐにベッドに入り、夕食にいつものパン粥を食べてその日はしっかりと休んだ。




 次の日にはすっかり元気になった。

 フローレスの薬はアドラが信頼するだけあって、本当に凄い効き目だったようだ。

 私は学園へ行くつもりだったが、ドロシーに今日一日は安静にするように言われ、休む事になった。

 まさか、入学して僅か数日で休む事になるとは考えていなかった。完全に想定外である。


「私は学園に行くけど、ゆっくり休むのよ。食事は作り置きがあるから、それを食べてね」


 ドロシーはそれだけ伝えると、一人で学園へ行ってしまった。


 さて、ゆっくりすると言っても身体はすっかり元気だ。

 何をしようかなと考え、私はまた絵本の書き換えをする事に決めた。


(ジージョ、また絵本を出して)

『かしこまりました、姫様』


 私が欲しい絵本を幾つか伝えると、ジージョは机の上に出してくれた。

 続いてペンと文字消しの妖精を呼び出し、あとは仕事をお願いして待つだけである。私の頭の中で書き換えが済んでいる為か、細かく指示を出す必要も無いので楽ちんだ。


 しばらく頬杖をついて妖精を眺めていたが、暇過ぎたので絵本以外も出して貰う事にした。どこまで出せるのか試してみる目的でもある。

 まずは飲食物を試してみたい。


(ジージョ、このコップにアプレの果汁は出せる?)

『お任せ下さい』


 ジージョはあっさり承諾すると、すぐにコップに注いだ。

 私は期待しながらコップを覗き込んだ。中には薄桃色の液体が満たされており、アプレの良い香りがする。

 見た目は間違いなく大好物の飲み物だ。私は歓喜しながらそれを口に含んだ。

 それは、爽やかな甘みがして幸福感で満たしてくれたが、私の好きな飲み物とはどこか違う。なんだか無理矢理美味しさと幸せを感じさせられているような違和感だ。


(ジージョ、これ本当にアプレの果汁?)

『間違いありません。ただ、姫様のイデアから取り出した物ですので、実物と乖離があるのはそのせいでしょう』


 つまり、これは私が抱いているアプレの果汁のイメージを取り出した物という事だろうか。違和感がある訳だ。

 あまり複雑なものを出すのは難しそうなので、もっと簡単なものが出せるか確認してみる事にした。


(ジージョ、この飲み物を消して普通の水を出して貰える?)

『申し訳ありません。制限が掛かっているため出来ません』

(え?)


 私は驚いた。果汁は出せるのに、水は駄目らしい。

 まだ制限があるのは知っているが、その範囲がよく分からなくなってしまった。

 その後も色々試したが、氷、お茶、塩水、砂糖水、炭酸水などどれも駄目だった。


 一旦水に関しては諦めて、お菓子を出しみる事にした。

 いつもジージョに贈っている為か、出して貰ったケックスは慣れ親しんだ味と食感だった。お菓子は問題無いようだ。

 ジージョの声色が期待を含んだものに変わったので、ついでにお菓子をどっさり贈ってあげた。


(水は駄目でお菓子は出せるなら、ゼリーはどうかな?)

『……あ、はい! 出しますね!』


 お食事中だったかな? ごめんね。

 ちなみに、ゼリーは出せた。目の前の皿に、透明度の高い紫色のプルプルした葡萄のゼリーが乗っていた。

 私はキッチンからスプーンを持ってきて、ゼリーを掬って一口食べてみた。

 葡萄の風味とつるんとした食感に、懐かしさを覚える。

 病院でたまに母が甘味類を買ってきてくれ、味気ない病院食の後のデザートに食べるのが最高の贅沢だった。


(おっと、感傷に浸っちゃった。果汁やゼリーが出せるなら、水までもう一歩な気がするんだけどなぁ)

『姫様。制限が掛かっているものは、解除されるまで諦めて下さい』


 ジージョはそう言うが、こんな制限ではきっと何か抜け道がある気がする。

 氷は駄目だったからあとは気体? でも、水蒸気はイメージしづらい。それなら雲はどうだろう。

 そういえば、清めの妖精も雲みたいなものを出せたはずだ。


(ジージョ、コップの中に雲は出せる?)

『申し訳ありません。制限が掛かっているため出来ません』

「駄目かー!」


 少しいけるかと期待したので、思わず悔しさが声に出てしまった。


(いっそ『しんせつな まほうつかい』の絵本に出てくる、魔法の水差しでもあればなぁ)


 絵本の中で魔法使いが持つ魔法道具の水差しは、どれだけ水を注いでも無くならない便利な物だ。あれが有れば、水なんていくらでも手に入る。

 欲しいなぁ、と考えていたら、いつの間にか目の前に銀色の水差しが置かれていた。


『あれ? これは制限が掛かりませんね、取り出せてしまいました』


 ジージョは不思議そうに考えながらも、こともなげに魔法道具を出してしまった。

 私は、水差しから遅めコップに水を注いでみた。注ぎ口から水が流れて落ち、コップの中はあっという間に透明な水で満たされた。

 色々と試行錯誤したのに、一番非現実的な方法で水が出せてしまい、私はもう考えるのを辞めた。


(ジージョ、制限が何なのかよく分からなくなったんだけど)

『その水差しは姫様のイデアから取り出したものなので、制限が無いだけですよ』


 それは、絵本や色鉛筆のような実在する物だけではなく、絵本の中に出てくる物も取り出せるという意味だったようだ。

 それはつまり、もっと凄い物が手に入るという事である。


(……ジージョ、「おひめさまと ほうせきのようせい」に出てくる、願いを叶える宝石も出せるの?)


 ジージョの『お任せ下さい』という言葉が聞こえ、目の前にゴトリとそれが現れた。ダイヤモンドのように虹色に輝くこぶし大の宝石だ。


 私は緊張でカラカラになった喉を潤す為、コップの水を飲み干した。

 本当に何でも願いが叶うなら、私のお姫様計画は大きな前進である。これはチャンスだ。

 とにかく、願い事をして確かめなければならない。調べるだけなので、まずはすぐに効果が分かるお願いにするべきだろう。


「宝石さん。このコップにアプレの果汁を満たして」


 先程は半分失敗したが、願い事が叶うならこれくらいは簡単に出てくるはずだ。


 私はコップをじっと見つめ、待った。出てこない。

 もっと待った。出てこない。

 いつの間にか書き換えが終わっていた絵本を片付けながら、横目でコップを確認して待った。出てこない。

 お仕事を終えた妖精も帰らせた。まだ出てこない。


 結局、アプレの果汁は出てこなかった。


「願い事なんて叶わないじゃない!」


 割と期待していたので、堪らず叫んでしまった。

 世の中そんなに甘くはなかったようだ。

 

 私は宝石と魔法の水差しを引っ込めて貰うと、ベッドに大の字に寝転がって不貞寝した。

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