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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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1.私の世界

 白い部屋。


 天井、床、ドア、カーテン、ベッド、全てが白い部屋。

 私、本間(ほんま)莉絵(りえ)が、これまでの人生のほとんどを過ごしてきた部屋だ。

 この部屋で色を持つ物は、二つだけしかない。


 一つは、ベッドの上に設置された作業台に置かれている、色鉛筆で描かれた動物達の絵。

 一つは、ベッドの横に立てられた点滴台にぶら下がるパックから、私の左腕まで繋がれた管の中を流れる橙色の液体。


 私は、幼少の頃から難病を患っていた。

 橙色の液体を常に体内に流し続けなければ、数日で命に関わる異常をきたすような病気らしい。

 その為、この病室から出た事は、二十歳になった今でもほとんど無い。


 幼少の頃は娯楽も無い退屈な日々を過ごしていたが、ある時看護師のお姉さんが持って来てくれた絵本との出会いは、私の色の無い世界に鮮やかな色彩をもたらしてくれた。


 王子様がお姫様を助け出す話。

 動物達が引っ越しをする話。

 お爺さんがお金持ちになる話。

 魔法使いが不思議な魔法で色々な問題を解決する話。

 女の子が喋る猫と協力して冒険する話。


 どれも面白く、私は何度も何度も繰り返し読んだ。

 目の前に広がる色とりどりの絵と物語が、私の小さな世界をどこまでも広げてくれた。


 病院に置かれた絵本をうんざりするまで読み尽くしてしまってからは、母に新しい絵本をねだった。

 それから母は、毎月二、三冊新しい絵本を持って来てくれるようになり、数年の間に百冊以上はくれたと思う。

 大人になった今思い返すと、かなり無理を言って絵本を沢山買って貰っていた自分に苦笑してしまう。それと同時に、嫌な顔一つせず買い与えてくれた母に、感謝の気持ちでいっぱいになる。


 絵本にのめり込んでしばらくすると、結末や登場人物を変えて、より自分が満足出来る物語が欲しくなった。

 母に自分の思いを伝えると、次の日には白いノートと色鉛筆を持って来てくれた。


 私は絵本の一つを書き写し、やっつけられるはずだった悪役を改心させる結末に変更した。内容に満足した私は、それを何度も読み返した。

 私は、他の絵本も次々に書き換えた。

 登場するライオンを猫に変えたり、魔法使いを自分に変えたり、助け出すお姫様をお母さんに変えたりと、何冊もの改変絵本が完成していった。


 私が描いた改変絵本は母も読んでくれ、面白いと笑ってくれた。

 いつも表情に疲れが見える母だったが、絵本を読んでいる時だけは疲れを忘れたような笑顔を見せてくれた。

 私はそれが嬉しくて、改変絵本を何年も描き続け、どんどん増えていった。


 少しずつ自分が考えた部分が増えていき、ついにはほとんど自作の絵本を作れるようになった頃、母が珍しくお客さんを連れて来た。

 柔らかい表情をした白髪の女性で、母が仕事で偶々知り合った出版関係の人らしい。私が作った絵本の話題になり興味を持ったようだ。

 私は、作った絵本の中で一番新しい一冊を見せてあげた。


 白髪の女性は、時々感嘆の声を上げたり笑みを溢したりしながら、絵本をゆっくり読み進めた。

 最後まで読み終わると、ノートを閉じてしばらく何かを考えているようだったが、私を見てニコリと笑い一つの提案をしてきた。


「莉絵ちゃん、おばさん貴方の絵本をもっと沢山の人に読んで貰いたいと思っているの。もちろん、貴女が望むならだけれど」


 当時十二歳の私は、自分の絵本をもっと多くの人に読んで貰えるという誘惑に勝てるわけもなく、迷わずに飛び付いた。

 私の同意を得た白髪の女性は、その後、母と大人の打ち合わせを行った。

 私はあまりよく分からないままに、絵本作家としてデビューする事になったのだった。




 それから八年間、私は色々な絵本をこの白い部屋で作り続けた。

 最初は子供の描いた拙い絵本でしかなく、『難病の子が作った絵本』という話題性だけで買う人がいた程度だったらしい。

 それでも数年もすれば実力が伴うようになり、今ではそれなりにファンも付いて、結構売れているようだ。


 母は「莉絵の絵本の収入があるおかげで一緒にいられる時間が増えて嬉しい」とよく言ってくれている。

 その言葉は大袈裟でもないようで、母も加齢を感じるようにはなったが、昔のような疲れた顔は今はもう無かった。


 私はこの狭い世界の中でも、それなりに幸せだった。


 しかし、幸せは絵本の結末のようにいつまでも続くものではなかった。

 病魔は私の中で牙を剥く機会をずっと伺っていたようで、二十歳も半年が過ぎた頃、絵本の執筆中に、私の身体は突然激痛に苛まれた。


「うっ……ぐっ……!」


 多分臓器のどれかが痛みを訴えているのだろうが、あまりの激痛にどこが痛いのかもよく分からない。助けを呼ぶにも声も出ないし、身体を動かすのも難しくナースコールを押す事も出来ない。

 地獄のような時間は永遠にも思える間続いた。




 どれくらい経ったろうか。

 痛みも苦しみも残ったままなのに、身体だけが急にフッと軽くなった気がした。


 私は本能的に察した。


 ……あぁ、私は死ぬんだな。


 いつかこの日が来る事は、覚悟していた。

 だから、死への恐怖は無い。


 今感じているのは、焦りだ。

 あまりにも急過ぎた。

 まだやり残した事があるのだ。


 ……もう少しだけ……時間を……。


 なんとか抗おうとしてみたが、駄目だった。

 時間切れだと身体が訴えている。

 もう、呼吸すら出来ない。


 ……せめて……最期に……。


 …………。


 ……。




 薄れる意識の中で、最期に母の叫ぶ声が聞こえた気がした。

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