12.入学準備
今日はリックの家に行く予定となっている。
顔を洗ってキッチンへ行くと、ドロシーがせっせとお土産のお菓子を準備していた。何だかかなり沢山準備しているように見える。
「セシリィ、今日は子供達が皆でリックの家に集まるそうよ。丁度いいから、明日予定してたベルとベラにも今日お話していらっしゃい」
「はぁい」
なるほど、それでお土産が多いのか。あちこちに行く手間が省けるのは、こちらとしても助かる。
「お母さん、私も何か手伝いたい」
私はケックスの生地を伸ばす様子を眺めていたが、任せきりも悪いのでお手伝いを申し出た。料理などした事がないのだけれど、お菓子なら何とかなるだろう。
「まあ嬉しい! では、型抜きを一緒にやりましょうね」
ドロシーは私にも出来る仕事を用意し、戸棚から鉄製の丸い筒を取り出して渡してくれた。
私はやり方を教えて貰うと、ペッタンペッタンと生地を型抜きしていく。これは楽しい。
ドロシーは型抜きを私に任せ、横で手早く朝食の準備を始めた。相変わらずの手際でサンドイッチを作っている。
「お母さん、出来たよ」
私は型抜きの大仕事を終え、胸を張って報告した。
ドロシーは完成した生地をバターを塗った板状の器具に並べ、それをオーブンに入れると手を拭って私の頭を撫でてくれた。
「ありがとう、よく出来ました。さあ、朝食にしましょうね」
仕事を褒められた私は上機嫌で食卓に着くと、ハムと葉野菜のサンドイッチに手を伸ばした。ひと仕事終えた後の食事は格別である。
朝食が済み、焼き上がったケックスを包みに詰める作業もお手伝いした。四人分を均等に薄布の上に並べ、風呂敷のように結んで完成である。
私が結んだのはちょっとだけ結び目のバランスが悪いが、やり直しとは言われなかったので及第点だろう。
昼過ぎになり外行きに着替え、お土産を持って出掛ける準備は整った。
「行ってきます」
玄関まで見送りに来たドロシーに挨拶をすると、私は家を出て噴水広場の方向へ歩き出す。
リックの家は比較的近所で、噴水広場の手前で左に続く路地に入ってすぐの場所にある、青い屋根の平屋だ。
家に到着すると、私はドアノッカーを何度か鳴らした。
しばらく待つとドアの向こうから物音が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。
「お、来たな。もう全員来てるから上がってくれ」
リックはニコリと笑うと家に迎え入れてくれた。そのまま真っ直ぐに部屋に向かう。ちなみにリックの家族は細工職人で、日中は別の場所にある工房で仕事をしているらしい。
部屋に入ると、聞いていた通り全員集まっていた。
「皆お待たせ。これお母さんからいつものね」
私はお土産を全員に配ると、定位置のエイミーの横に腰掛ける。
そのまま手始めに、私の記憶が回復した事を伝えた。
「おう、治って良かったな!」
「本当に良かったぁ」
「話は聞いていたけど、安心したよ」
リック、ベラ、ベルが三者三様に喜んでくれた。ついでにエイミーも再度喜んでいる。皆の優しさが嬉しい。
「それで、今日は皆で集まってどうしたの?」
もともとベラとベルには明日会う予定を立てていたように、皆で集まる予定は無かった。急遽集まる事になったのだろう。
私の質問に答えたのはベルだった。
「僕がお願いしたんだ。皆もうすぐ入学だから、色々と伝えておこうと思ってね」
どうやらベルは、一年早く入学した先輩としてアドバイスしてくれるようだ。流石我らのリーダー、気遣いがありがたい。
「とは言っても、僕が一番心配なのはベラの事なんだけど……」
「ベラが何かあるのか?」
リックが不安そうに尋ねた。ベラは大事な友達なので、私も気になる。
「僕ら兄妹は、下流家庭の子だからね。皆は家格に関係無く友達として接してくれるけど、学園に入るとどうしてもそういう目で見られる。僕はそうだった」
私は家格など気にした事も無かったが、ベルは一人で学園に入った為に色々と苦労したようだ。
今まで知らなかった兄の境遇を聞き、ベラは衝撃を受けて不安そうな表情を浮かべている。リックとエイミーも驚いていた。
「心配するな。ベラは俺も付いてるし皆もいるから、いざとなったら守ってやるよ」
リックは気を取り直してベラを庇うよう伝えた。私達も同意するように頷く。
「皆ありがとう。僕からもお願いするよ」
ベルは、安心したように表情を緩めた。こんなに妹思いな兄を持つベラが、ちょっぴり羨ましい。
「お兄ちゃん、皆、気に掛けてくれてありがとう。これからも仲良くしてね」
ベラも安心したように笑った。
ベラについての話が終わると、次は区長の子についての話題に移った。
「区長様の子に誰か会った事はある? 私、お父さんになるべく仲良くするように言われたのだけど」
私の質問に、皆揃えて首を横に振った。まあ、そうだろう。
それでもベルは、情報を教えてくれた。
「上級生にも区長様の子がいるって話は聞いたけど、僕も会った事は無いからよく分からないな。多分兄弟なんだろうけど」
「お兄さんがいるのね、教えてくれてありがとう。話し掛けるきっかけに出来そうかも」
兄弟の話から、何とかお近づきになれないか挑戦してみよう。
「区長様の子か。そっちはそっちで俺達と家格が違うから面倒そうだな」
リックはそう呟いて嫌そうな顔をしたが、私は言われるまで全く考えていなかった。言われてみればその通りだ。
「一緒に遊べば、すぐに仲良くなれるわよ」
私の意見に、皆が揃って肩を竦めた。流石に少し楽観的過ぎたようだ。
不安は残るが、入学後の話はだいたい出来たので、私達はそのまま解散して帰宅した。
それから入学式までは大きな出来事もなく、私も体調を崩す事もない穏やかな日々が過ぎていった。
「いよいよ明日が入学式ね、セシリィ。緊張して眠れないなんて事が無いようにね」
ドロシーは気に掛けてくれているが、私は緊張より期待感で眠れない可能性の方が高そうだ。
「そうそう、オルターも明日の早朝に戻る予定だけど、入学祝いを二人で用意したから今のうちに渡してしまうわね」
そう言うと、ドロシーは真珠のような白い石の付いた髪留めを取り出した。
「わぁ、可愛い!」
まさかプレゼントを貰えるとは予想してなかったので、思わぬサプライズに舞い踊りたくなった。
ドロシーは私の前髪を上げ、左耳の方に流すように髪留め着けてくれた。
「うん、よく似合うわ。この魔石は妖精から保護してくれる物よ。入学後は妖精に関わる事になるから、御守りとして出来るだけ着けていてくれると私達も安心できるわ」
なんと、ただの装飾品ではなく魔法のような効果のある物らしい。
「ありがとう、大事にするね!」
私は髪留めをそっと撫でると、思い切り緩んだ顔で笑った。
就寝時間になってもまだ興奮が冷めなかったので、私はジージョにも自慢する事にした。
(えへへ、ジージョ聞いて。お父さんとお母さんに魔法の髪留めを貰ったの。いいでしょ)
『姫様が強くイメージしているので、先程からこれでもかというくらいに見せられています。姫様にとてもお似合いですよ』
(えへへ)
ジージョにも褒めて貰って満足したので、私は入学式に備え早めに床に就いた。しかし、色々と気分が高揚してしまった為、なかなか眠れない。
ジージョにいくつか寝物語を読んで貰ったが眠れない。
羊を数えてみても眠れない。
これはちょっとまずいかもしれない。
結局、窓の外から見える空が白み始めた頃に、私はようやく眠りについたのだった。