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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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10.診療所と寝物語

「……熱があるわね。まったく、ついこの間熱が引いたばかりなのに」


 ドロシーは、私の額に手を当てて軽く溜息をついた。


「喉も痛いし頭もぼーっとする」

「とりあえずアドラ先生に診て貰いに行きましょう。今日はケープを羽織らせるから、その部屋着のままでいいわ」

「はぁい」


 私はドロシーに言われた通りにケープを羽織ると、アドラの診療所に向かう為に一緒に家を出た。


 診療所は、噴水広場とは逆方向に向かい、右に曲がり左に曲がり細い路地を抜けた先にある。いつもドロシーに着いて行くだけなので、実は未だに道をよく覚えていない。

 診療所に入ると、待合室には三組の親子連れが座っていた。

 アドラは小児科医なので、この辺りに住んでいる子供は基本的に彼にお世話になっている。

 私は気怠い身体を母に預けて、ぼんやりと待合室を眺めた。

 ここには待ち時間を潰せるような物も無いので、子供達は退屈そうにしている。


 ……絵本でもあればいいんだけどな。


 無い物は仕方ないが、私が執筆して寄付するくらいは出来るかもしれない。でも道具一式揃えるのは大変そうだ。

 文字も予習で覚えたばかりでまだ綺麗に書けないので、学園で書き取りの練習も頑張らないと駄目かな。

 あれこれ悩んだ結果、人に見せられる絵本はすぐには用意出来なそうだと結論が出た。


 絵本を執筆する為の脳内ロードマップを組み立ててるうちに、私の診察の番が来た。

 私はドロシーに手を引かれながら、見慣れた診察室に入る。


「君は本当に診療所が好きだね」


 開口一番、呆れたような顔で皮肉を言われてしまった。

 別に好きで何度も来てる訳ではないのだが、毎年両手でも数えきれない程度には訪れているので反論出来ない。しかも今回は、つい数日前にお世話になったばかりだ。


「アドラ先生。今日は熱があって喉が痛いです」


 私は文句を言う体力も無いので、早く診てくれと促すように症状だけ伝えた。

 アドラは頷くと、手早くカルテに書き込んでいく。

 必要事項を書き終わると、彼は机の上から細いペン状の道具を手に取った。原理は分からないが、あれで喉の奥の方が見えるらしい。


「喉を見るので口を開いてね」


 私はコクリと頷くと、大きく口を開いた。

 アドラは口内に触れないよう慣れた手つきでペンを喉の奥に突っ込み、確認が終わるとすぐに引っ込める。

 その後、カルテに症状をメモしながら話し始めた。


「ドロシーから伺っているが、記憶は戻ったそうだね」

「はい。初めて先生と会った時に、私が泣いたせいで先生がオロオロしていた事とか、ちゃんと全部思い出しました」


 私は昔話をして、問題が無い事をアピールする。

 アドラはカルテに書き込む手を止め、軽く私を睨んだ。


「ふむ。確かに今日は私のよく知るセシリィだね。回復したお祝いに、よく効く苦い薬を出してあげよう」

「ごめんなさい。甘い薬をお願いします……」


 私が慌てて謝ると、アドラは軽く肩を竦めた。その様子を見て、ドロシーは隣でくすくすと笑っている。

 カルテを仕上げたアドラは、薬棚を開けてニ種類の薬を取り出した。それをドロシーに渡しながら、効果を説明する。


「こちらのドロップが喉の治療用で、こちらの粉末が解熱薬です。食後に一つずつ服用して下さい」

「お世話になりました」


 ドロシーは薬代を渡すと、お礼を言って診察室のドアへ向かった。


「ああそうだ、セシリィ。入学した後に学園で体調を悪くした場合は、養護教諭のフローレスを頼ると良いよ。君は何かとお世話になるだろうから、彼女には私からも連絡しておこう」

「そうですね。フローレス先生には私からもお願いしておきます」


 養護教諭とは、確か保健室の先生の事だったはずだ。私は当然のようにお世話になる前提で、アドラとドロシーに根回しされる事に決まってしまった。


「二人の心配りに涙が出そうです」


 私は溜息混じりに診察室を出た。




 帰宅して自室に戻ると、いつものように寝巻きに着替えさせられ、ベッドに放り込まれた。

 夕食にはミルク粥とアプレの果汁を用意して貰った。

 食べ終わった後は薬を飲んで、お湯で身体を拭かれ、ランプを消されて就寝だ。


 いつもであればすぐに夢の中なのだが、今日はどうにも寝付きが悪い。寝るまで誰かと話でもしたいなと考えたところで、ちょうど良い相手がいるのを思い出した。

 私はベッドを抜けて小物入れから指輪を取り出し、左手の中指に装着してからベッドにまた潜り込んだ。


(ジージョ、聞こえる?)

『聞こえております、姫様』


 うん、問題無いようだ。


(何だか寝付けなくて。何でも良いから、お話をして欲しいの)

『私が扱えるのは、姫様のイデアに限られます。その中からでよろしければ、私が代わりに読む事は出来ますよ』


 イデア、つまり記憶の中から私の作った絵本を選ぶなら大丈夫って事だろうか。これはありがたい。

 さて、何にしようか。

 お姫様の物語も良いが、風邪が早く治るように動物のお医者さんも悪くない。ドラゴンを捕まえる目標が出来たので、森のドラゴンの話も良いかも。……よし、決めた!


(ジージョ、「のねずみと もりのドラゴン」のお話をお願い)

『かしこまりました』


 ジージョはすぐに承諾し、絵本の朗読してくれた。

 考えてみると、自分が作った絵本をこうして誰かに読み聞かせて貰ったのは初めてだ。

 他人が読んでくれる物語は、自分で読み進める時とは異なりページを捲る動作などが必要無く、より物語に没入出来た。

 これは良い事を知った。これから毎日、ジージョに寝物語を読んで貰おう。

 ご褒美にお菓子をあげれば引き受けてくれるかな? と考えた所で、一瞬ジージョの朗読が止まった。その後すぐに再開したが、お菓子に反応したのだろうか。


(ジージョ、読んでる途中でなんだけど、貴女はどれくらいの頻度で食事を摂る必要があるの?)


 ジージョは朗読を止め、答える。


『私に食事は必要ありません』

(あら。じゃあ、お菓子もあまり必要無いのかな)

『し、食事は必要ありませんが、甘い物を頂けると姫様の為に頑張る気持ちがもっと大きくなります!』


 どうやら、お菓子を沢山あげれば色々と頑張ってくれるらしい。私のお姫様計画の為にもどんどんお菓子をあげた方が良さそうだ。

 私はとりあえず今日の寝物語のお礼に、山盛りのケックスをイメージしてあげた。

 ジージョは途中で止めた朗読を再開してくれたが、少し声が高揚しているようだ。歌うような声に癒されながら、私は眠りに落ちた。




 それから二日後、アドラから貰った薬が無くなる頃には喉の痛みも完全に消え去った。


「良くなったなら、エイミー以外のお友達にも一度ご挨拶に行きなさいね」


 私が久しぶりに普通の朝食を堪能していると、ドロシーに釘を刺された。確かにエイミーへの挨拶後に寝込んでしまったので、他の子達の家にはまだ行く事が出来ていない。


「ベラ達の家は前もって連絡しておかないと困るだろうから、三日後の陽の日に行くって伝えて貰っていい?」


 私はまだ大人達が使う連絡手段を持っていないので、こういう準備はドロシーに任せるしかない。

 私が頼むとドロシーは、「伝えておくわ」と約束してくれた。


「明日は天の日でお父さんが帰って来るから、リックの家には明後日に行ってくる」

「そうね、それがいいわ。今日はまだゆっくりしてなさい」

「はぁい」


 これからの予定も決まり朝食を終えると、私は部屋に戻ってベッドに横になった。


 そう言えばジージョは、お菓子を大量に用意してもすぐに食べてしまうのだろうか。興味本位で、天まで届く程のパンケーキの塔をイメージしてみた。


『なな、何事ですか姫様!?』


 ジージョは、突然現れた塔に大慌てのようだ。付き合いに慣れてきたので、悪戯した時の反応が豊かで楽しくなって来た。


(先払いよ。今日は一日暇だから、色々な絵本を読み聞かせて欲しいの。まだジージョが私に読んだ事のない物語ならどれでもいいわ)

『こんなに頂かなくてもお読みしますのに。かしこまりました』


 ジージョはやり過ぎだと溢しながらも承諾してくれた。


(参考までに教えて欲しいのだけれど、その量はどれくらいの時間で食べ終わるの?)

『食べる訳ではなくイデアに変換して取り込むだけですので、姫様の世界から見ればほとんど時間は掛かりません』


 どうやらパンケーキの塔でもペロリらしい。あまり沢山先払いをする意味は無さそうだ。


 何はともあれ今日のお礼はたっぷりしたので、物語の読み聞かせを堪能し、有意義な一日を過ごさせて貰った。

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