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妖精のイデア 〜病弱少女のお姫様計画〜  作者: 木津内卯月
1章 願いを叶える妖精
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09.共演

 昼食を終えた後、私は衣装棚の前で睨めっこしていた。さて、今日はどれを着て行こうか。

 私は襟付きの緑のワンピースを選んで手早く着替えると、小物入れから黄色いリボンを掴み、鏡を見ながらサッと後ろ髪を束ねるように結び付けた。手提げを持って準備は万端だ。


「お母さん、これからエイミーの家に行って来るね」


 私が外出を伝えると、ドロシーは「はいお土産」とケックスの入った包みを渡してくれた。


「本当にお家分かる?」

「心配しないで。行ってきます」


 ドロシーは、私がまだ忘れているのではないかと心配しているようで、不安気な顔をしている。

 私は問題無い事を伝えると、きびきびと立ち去り家を出た。


 慣れた路地を歩き、噴水広場に出たので一休みする。大した距離ではないのだが、私はあまり体力が無いので無理は出来ない。

 もしかしたら知り合いが居ないかと見回してみたが、今日は誰も居ないようだ。

 私は少し休むと、そのまま広場の先の路地へ歩き出した。


 エイミーの家は、私の家のある区画から噴水広場を抜けた先、反対側の区間にある。

 彼女の母親のレベッカが服飾店を経営しており、私も彼女の店で買った服を何着か持っている。ちなみに今日着ている服もそのうちの一着だ。

 店の前まで来ると、レベッカはすぐに私に気付き、店のドアを開けて笑顔で招き入れてくれた。どうやら今はお客さんは居ないようだ。


「いらっしゃい、セシリィ。ドロシーから伺っているわ、色々と大変だったわね。回復して本当に良かったわ」


 どうやら、私の記憶の回復については既に連絡済みらしい。

 毎度ながらドロシーの根回しの良さには舌を巻く。


「ありがとうございます。あ、これお母さんからです」

「いつもありがとうね。エイミーは部屋に居るから上がって頂戴。後でお茶と一緒に持って行ってあげますね」


 私がお土産を手渡すと、レベッカはカウンターの横にあるドアへ振り返りながら、部屋に向かうよう促した。

 エイミーと同じ薄紫色の長い髪が振り向きざまにさらりと流れ、実に優雅だ。私もこのような優雅さを身に付けたいものである。

 ドアを開けると、住居のある二階へ向かう為の階段がある。

 私は勝手知ったる仲なので、特に迷わずエイミーの部屋の前へ行き、ドアをノックした。

 部屋の中から少し物音がし、すぐにドアが開いた。


「いらっしゃい、セシリィ! どうぞ入って」


 エイミーは私の手を取ると軽く引っ張るように部屋に導き入れ、椅子に掛けるよう促された。

 腰を掛けながら部屋の中を軽く見回すと、机の上に筆記用具と何かの本が置かれているのが目に留まった。


「もしかして、お勉強中だった?」


 私達は二人とも中流家庭の子供で、入学前に最低限恥ずかしくない程度の教養を身に付けておくよう親から言われている。

 今の私は基礎教養に関して少しズルが出来る知識があるので気にしていなかったが、エイミーは大変なのかもしれない。

 そう思ったが、彼女はすぐに頭を左右に振った。


「ううん、大丈夫だよ。もう準備は出来てて、おさらいする位だから」

「流石エイミーね。やっぱり優秀だね」


 正直なところ、エイミーは私なんかよりずっと優等生だ。教養はもちろん、歌や舞踊などの芸事にも長けている。

 私も彼女の歌が大好きだった。自慢の親友である。


「そんな事無いわ。セシリィの方がずっと凄いもの」


 私がエイミーを褒めると彼女は決まってそう言ってくれるが、私の何が凄いのかよく分からない。これが社交辞令というものなのだろう。


 その後、私は自分の記憶が無事戻った事を説明した。

 レベッカに既に聞いてはいたようだが、私の口から直接聞けた事で安心したようで、エイミーはほわっと笑った。少し目が潤んでいるようにも見える。


「本当に良かったわ。セシリィにこのまま忘れられてしまったら私、白い鳥の歌を歌うくらいの気持ちだったのよ」


 白い鳥の歌とは何だろうか? 何か意味がある言い回しのようだが、残念ながら私の知識の中には無かった。


「それってどんな歌? 私エイミーの歌声が大好きだから、聴いてみたいわ」

「い、今は駄目! ……ずっと先、私と一緒に歌ってくれるならいいけれど」


 残念ながら断られてしまった。簡単に披露出来ない位に難しい歌なのかもしれない。私も一緒に誘っているのは、やんわり拒否されたのだろう。


「それは残念。でも、久しぶりにエイミーの歌を聴きたいな。他の歌でも駄目?」


 私は諦めきれず、ちょっと強引にお願いしてみた。

 私のお願いに、エイミーは嫌な顔一つせずに承諾してくれた。


「他の歌なら任せて。まだセシリィに聴いてもらった事の無い歌を歌ってあげるね」


 それではとエイミーが立ち上がった所で、ドアがノックされた。レベッカがお菓子とお茶を持って来てくれたようだ。

 レベッカがテーブルにトレーを置いて、「ごゆっくり」と部屋を後にするのを見届けると、エイミーは軽くハミングして歌う準備を始めた。


 準備が出来ると、部屋の中がシンと静まった。

 静寂の中でエイミーが一度大きく息を吸うのが聞こえ、直後、柔らかく綺麗な高音が響き渡る。

 私の知らない歌だが、とても美しい。

 歌詞の内容は、春風に乗って小鳥達が大空を舞い、世界を祝福するみたいな歌のようだ。

 私は美しく歌うエイミーをうっとりと眺めながら、小鳥達はどんなお話をしながら飛んでいるのかとか、何処へ行こうと相談ているのかといった事を考える。小鳥達は神様の使いというのも良いかもしれない。

 そういう意味ではエイミーは音楽の女神の使いに違いない。

 窓から差し込む光がエイミーを照らし、まさに祝福が降り注いでいるように見えた。


 夢見心地で聴いているうちに、歌は終わってしまった。


「……どうだったかしら?」


 エイミーはおずおずと感想を求めて来た。歌っている時は自信に満ちているのに、何故そんなに不安そうなのだろう。


「ありがとう、今日も最高だったわ! やっぱりエイミーは天才ね!」


 私が大満足で感謝を伝えると、エイミーはパァッと満面の笑みを浮かべた。


「そんなに喜んで貰えるなんて嬉しいわ」

「本当に最高だったよ! 一緒に歌うお誘いを貰ったのだし、私もその位に歌えればいいのだけれど、当分は無理そうかな。口笛くらいなら結構吹けるけれど」


 私は絵本を執筆しながら、よく物語の雰囲気に合わせて口笛を口ずさんでいたので、いつの間にか上達して綺麗に吹けるようになっていた。私が持つ唯一の音楽技能だ。


「口笛が吹けるの!? 知らなかったわ、聴いてみたい!」


 エイミーは胸元で手を組み、深緑の瞳を輝かせてお願いして来た。

 おおぅ、予想外の食い付きだ。

 あの歌の後に披露する程のものではないのだけれど、私も強引に歌のおねだりをしたので断るのも悪い。

 私は仕方ないというように、肩を竦めた。


「ただの口笛だし、大したものじゃないよ? あまり期待しないでね」


 私は出来るだけ期待値を下げ、軽くチューニングする。

 何の曲を吹こうかなと考えたが、先程聴いた歌がまだ強く耳に残っているのでそれに決めた。

 私はメロディを思い出しながら、軽くワンコーラスだけ口笛を吹いた。子供の口の為か高音がかなり出し易く、思ったより綺麗に吹けた気がする。


「どうかしら? 少しは歌のお返しになったのなら良いのだけれど」


 エイミーの様子を見ると、目を潤ませ頬が少し紅潮している。


「セシリィ! 私もう一度歌うから、一緒に口笛を吹いて欲しいわ!」


 感想を求めたつもりだったのだけれど、何故か共演を求められてしまった。とりあえず反応は悪くなかったようだ。

 私としてはもう一度歌を聴けるのだから断る理由は無い。当然、二つ返事で快く引き受けた。


 エイミーの歌い始めに合わせ、私も口笛を吹き始めた。

 二人で目配せしてテンポを調整していくと、だんだん歌と口笛が綺麗に合ってきた。それが楽しくて、二人とも自然に笑みが溢れる。

 歌が終わると、互いを称賛するように拍手をしあった。

 それから、エイミーはバッと私に抱きついて来た。


「最高だったわセシリィ! 本当にありがとう!」

「楽しかった! 音楽は得意ではないけれど、こういうのは悪くないね」


 余韻に浸りながら歌詞を思い出し、私達のような親友の二羽の小鳥が、各地で歌のコンサートを開く物語も楽しそうだな、と想像を膨らませた。


 続けて口笛を吹いた為に喉が渇いたので、その後はお茶会を始めた。レベッカが用意してくれた甘いハーブティーが、喉に優しい。

 エイミーは、先程の共演がいかに感動したかを熱弁している。いつもは私が中心に話す事が多いので、彼女がこれ程お喋りする姿は珍しい。

 私はケックスを齧りながら、聞き役に徹した。


「あら、私ばかりお話してしまってごめんなさい。いつもみたいに、セシリィのお話も聞かせて欲しいわ」


 ひとしきり話して満足したのか、今度は私の話に移った。

 私はいつも聞いて貰っているお姫様計画について、昨夜考えた話をする事にした。


「そういう訳で、私はお姫様になったらドラゴンを捕まえに行きたいの」

「まあ! その時は私もお供させてね」


 昔から、私の突飛なお姫様計画にエイミーは笑わずに付き合ってくれる。本当に良い子だ。

 私が立派なお姫様になったら、いつでもお茶会出来るように、一緒にお城に住んで貰えたらいいな。




「そろそろお夕飯時だけど、家で食べて行く?」

「あ、もうそんな時間なんですね。お夕飯は家で準備してありますので、帰ります」


 時間を忘れてお喋りしていたら、レベッカが声を掛けに来た。

 私は慌てて帰る準備を始める。


「今日も楽しかったわ。外まで見送るね」

「ありがとう。また遊びましょうね、エイミー」


 私は店の前まで見送ってくれたエイミーに手を振ってお別れすると、夕焼けの街の中、帰途についた。実に有意義な一日だった。




 翌日、私は喉を痛めて風邪をひいた。

 健康に生きるのも難しいものだ。

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