【短編】偽りの彼氏
「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんに言ってなかったけどね……最近彼氏できたんだよっ!」
それを聞いた瞬間、俺の体は凍り付いたかのように動きを止めた。
妹の口から、兄としてあってほしくなかったことがついに現実となったのだ。
こんな言葉が俺の妹の口から出るなんて、全くもって思いもしなかった。
嬉しそうに喋るその姿を見つめると、余計に腹立たしくなってくる。
「――なんだとぉ!」
気づいたころには、俺は思わず口に含んでいたお茶を吹き出し、驚きをそのまま言葉にして大声を上げていた。
俺は二十四歳無職。
名前は一応あるが、本当に名乗るほどのものなんかではない……。
只今、家でのんびり生活を送っている。
食料と電子器具さえあれば成立する生活だ。
当然、外部との交流をしていない以上、彼女もいるはずがない。
俺は、自分でも分かるほどダメダメな人間だ。
そんな俺の妹が彼氏を作ったのだ。
普通なら喜ばしいことに聞こえるが、俺には不吉なことにしかそれが聞こえなかったようだ。
スマホを持っていた手が小刻みに震える。
「で、その彼氏のことなんだけどさぁ」
「――黙れ」
視線を妹の方に向け、まじまじと睨め付けてみると、そこに数秒だが沈黙の時間が流れた。
妹を奪った彼氏の話なんか一切も聞きたくなんかない。
だからこそ俺は、それ以上話を聞くのを拒むことしかできない。
「……でね、そ」
「――黙れとさっきも言っただろ!」
妹はその後の沈黙の後、何もなかったのように続きを口に出そうとしたので、俺はそれが頭にきたようだった。
気が付くと、さっきまで元気に話していた妹は、俺の目の前に倒れていた。
俺は基本的に家からは出ていないので、運動などは当然していない。
だからこそ、腕に蓄積された肉弾の威力が、通常のパンチよりも高かったらしい。
そう。
俺は妹の頭を、怒り任せに殴っていたのだ。
「あ、スマン……」
この時にはもう遅い。
幸い、致命傷では無いようだが、気絶しているようだった。
それでも、妹が彼を作ったという事実が変わるわけではない。
数時間が経ち、場所は玄関に変わった。
「お前をこの家から永遠に追放することにする……」
俺は玄関の出入り口、それで妹を片手でつまみ上げていた。
起きたての妹に対して発した言葉がこれである。
因みに、俺はこれでも大のラノベ好きであり、睡眠を除いてほぼ一日中見ているので、ついには現実とあっちの世界の区別がつかなくなってしまってる。
そう言えば最近、ラノベ界では「追放」と言うワードが流行っているらしい。
俺の妹が「有能」か「無能」かということは別として、魔物を軽々倒せるような特殊能力を持っていないことは分かり切っている。
だから、こんな言葉を裏切った妹に対して使ってみた。
「は? 家主でもないデブが急になに言ってんの?」
妹も、流石にキレて俺をデブ扱いして胸ぐらを掴んできた。
だが、認めたくはないが俺がデブであることは事実。
胸ぐらを掴まれたところで、細身の妹の力ではいくら頑張ったところで持ち上がるはずがない。
「俺以外の男とヤるならとっととこの家から出ていいけっ! もうお前なんかいらないっ!」
「……そんなっ」
妹は俺の胸ぐらを握っていた手の力を緩めると、目を徐々に潤ませた。
涙目になって頼んだ所でもう許すつもりはない。
彼氏がいることを俺に話したのが縁のつきだったな。
まぁ、どうせ妹なんぞいつかはいなくなるし、今回の件でいなくなる時間が早まっただけで、何の問題もない。
別に、悲しくもない。
「じゃあな、もうお前とは二度と会うことは無いと思うが……」
「おにいちゃん、待って! 私は――」
既に、ドアを閉め切っていた。
妹の負け惜しみなどに、耳を貸すつもりはない。
逆に、うるさいやつがいなくなって精々した。
そして俺は、またパソコンへと体を向け、どっしりと席に着いた。
自分が何をしたのかすら、もうハッキリとは覚えてない。
それよりも、さっき見ていた小説の続きが気になるばかりだ。
「ピンポーン」
数分後、狭い部屋中に玄関チャイムの音が連想された。
誰だろうか。
最初の一、二回は無視していたが、五、六回目ともなると流石にイラついてきた。
「誰だ! うるさいぞ!」
「あ、私だけど――」
迷いの果てに玄関を開けると、またしてもそこには俺の妹がいた。
妹はさっきまでの弱気が薄れており、こちらにニコニコ顔を向けて来ている。」
もう元気何か取り戻しちゃって、ウザいの他ない。
「……どうした? お前、さっき追放したはずじゃなかったか? とっととどっか行っちまえよ!」
「それって、本気で行ってる?」
妹からの強烈なビンタがが顔面に直撃した。
生憎、顔の肉のおかげであまり痛みは感じなかったが、かなり力のこもったビンタだった。
それ程彼女は傷ついたのだろうか。
それでも、彼氏を作ったって聞いた時の心の痛みは変わらない。
俺を差し置いて独身を卒業なんて、絶対に許せない。
「――――」
「――――」
俺は妹を睨みつけた――が、彼女も同じようにこちらを睨め付けてきた。
俺は彼女を睨んだ。
だが、彼女も負けずと睨み返してくる。
この硬直状態は、どちらかが何か話すまで終わることは無いだろう。
何の本気かなんて俺には分からないが、彼女の視線からも本気が伝わってくる。
数十秒の睨み合いの果てに、ついに俺は――我には返らなかった。
追放なんかより、もっと良い提案が脳裏に横切った。
「異世界転生」だ。
妹とここで死んで転生さえできれば、妹と一緒に新しい生活を送ることが出来る。
そうすれば、彼氏なんかから俺の妹を取られずに別の場所で暮らせる。
そう、思ったのだ。
「なぁ、俺と共に異世界に転生しないか? いいだろぉ?」
「うぅ……」
次に俺は、妹を地面に降ろすと、次には懐から一本のカッターナイフを取り出していた。
何故カッターナイフを懐にしまっていたのかは知らないが、工作などはしてないので、多分防衛の為に持っていたやつだろう。
カチカチ音を鳴らして限界まで伸びたカッターの刃を向けると、彼女の声が急に詰まった。
「――彼氏なんかより、俺と一緒にいる方が楽しいはずだろ? どうした? 先に転生のために死んでみるか?」
「……冗談、ですよね? それと、ここ――」
「黙れ! 妹にこんなことしてまで……本気に見えないのか!」
「…………」
その一言で彼女を一瞬にして黙らさせた。
そして妹は、俺と視線を一度合わせた後、ゆっくりと目を瞑る。
……これはもしや、あとは好きにしろ的な展開なのか!
なら、遠慮なく――
「――――」
「――え?」
カッターナイフは妹の首元のギリギリで止まった。
と言うか、何者かによって止めらていた。
カッターを握る右手首が、後ろ方がっちりと掴まれている。
「ちょっと君、何をしているのかね? 近所の方から、「外手で叫んでいる男がいる」との通報があったので来てみたらこのザマだ。署まで連行させてもらう」
察した。
それと同時に我に返った。
俺は刃物で妹を転生の為だと変な言い掛かりを付けて殺害しようとしていたのだ。
今思うと、こんなくだらないことをしようとした自分が情けない。
俺は手錠を掛けられると、言葉通り署まで連行された。
警察署で、今までの経緯を口説かれ、気づいたら三時間が経過していた。
問題はまだ解決していないが、「何が異世界ファンタジーだっ! 頭の中どうかしちゃったのか!」と、何度も怒鳴られたことは念入りに頭に残ってる。
殺人未遂の懲役は、五、六年ほどらしい。
出るまでにかなりの時間がかかりそうだな。
この後、妹と面会できる時間が少しとれるそうなので、せっかく何で行ってみる。
内心、彼氏を作った妹なんぞと極力話したくないと思っているのだけれど、わざわざ妹から来てくれたらしいんじゃしょうがない。
まさか、家から出て行く方が俺だとはあの時は思いもしなかったしな。
保留場に行ってみると、アクリル板越しだが確かに個室には妹がいた。
「あっ、お兄ちゃん……待ってたよ! 今日一日、大変だったね。お兄ちゃんに話したいことがあって」
「――で、俺に話したいことって一体何なんだ? 俺はお前を一度でも殺そうと思ったんだぞ。そんな奴に、今更何を言うってんだよ!」
俺は彼女の話を割って、自分の言葉で妨害した。
妹と刑務所で対面何て恥ずかしいし、なるべく手短に終わらせたい。
話すのは、重要な部分だけで十分だ。
「お兄ちゃんの分からずや……」
「分からずやって、今ここで言うことじゃないだろ! それより謝罪とか……てか、これ悪いの全部俺だったな。ホント、色々と迷惑かけてスマン……」
妹のいきなりの涙目で、俺は思わず今日のことを謝っていた。
まあ、もう今後妹と会うことは二度と会わないと思うだろうから、最後くらいはしょうがないと思う。
親も、俺が捕まったって知ったら二度と俺と妹を一緒にしないだろうな。
あ、妹は彼氏に取られたんだっけ? ホント腹立たしい。
刑務所から出ることが出来たら、その彼氏の野郎ぶっ殺してやる。
「え、本当に分からないんだ」
「分からないって、さっきから何のことなんだよ!」
「お兄ちゃん。今日、何の日か知ってる?」
「チッ、だから知らねぇって! じゃ、もう俺行かせてもらうわ」
俺は舌打ちをし、席を立って妹に背中を向けた。
最悪な面会だ。
これで妹との関係も全部崩れたな。
もうこれ以上、やってられない。
呆れ声を上げた俺の背中を見て、最後に彼女は俺に向かってこう怒鳴り上げた。
「今日は四月一日、エイプリルフールだよ! 私が彼氏を作ったって言うのは嘘! だからお兄ちゃん、今日あったことは全部本気じゃなかったって言ってよ! 全部嘘だったって言ってよ!」
「――え? あ、ああ、全部、嘘だった、よ……」
頭の中が真っ白になって、曖昧な言葉しか妹に返せなかった。
ラノベしか読んでない俺なんかが、現実のカレンダーなんて見るはずも無いだろ。
――さっき知ったばかりだが、確かに今日はエイプリルフール。
勿論、最後に俺が妹に対して放った言葉は真っ赤な嘘である。
俺は、ゆっくりとドアを閉じ、面会の会場から立ち去った。
はい、本日はエイプリルフール!
最後までお読みいただきありがとうございます。
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それと、この作品が目立てる場面は今日しかないのでブクマ、評価等をしてくれる優しい読み手さんがいたら是非ともお願いいたします(一一")。
せっかく最後まで話に付き合ってくれたようなので、別のページに行く前に高評価して頂けたら本当に嬉しいです(モチベ上がります!)。