【短編】久しぶりに再会した幼馴染のお姉さんが社会に揉まれて傷心してたからたっぷり甘やかした
あの頃、大人びていて憧れていた幼馴染のミチルさんは、一体どこへ行ってしまったのか。俺は、目の前で酒を飲んだくれる彼女を見ながら、そんな事を考えていた。
「いいなぁ、私も大学生に戻りたいなぁ」
「もうたくさん遊んだんだから、ちゃんと死ぬまで働きなよ」
「久しぶりに会って言う言葉がそれって、冷たくてお姉ちゃん泣いちゃう」
偶然、俺たちは表参道の駅で出会った。ミチルさんが高校を卒業して以来、何となく疎遠になっていたけど。俺を見た瞬間に、「久しぶり〜!」と言いながら見せた笑顔で、俺は彼女が何者なのかを悟った。
緩い雰囲気と、優しげな表情。丸い目、口元。高校生の頃の面影は残っているけど、髪は少し短くなって、身長は俺よりもだいぶ小さくなっていた。胸がデカいのは、牛乳が好きだったからだろうか。
まぁ、そこで少し会話をした結果、ミチルさんは俺の家に遊びに来たと言うワケだ。何か、積もる話があるんだって。
「社会はね、凄く怖いところだよ?お姉ちゃんより大きい大人がいっぱいイジメてくるのに、全部自分でなんとかしないといけないんだから」
「へぇ、それは怖いね」
「君みたいな弱虫は、すぐにヘコタレちゃうかも」
それって、ミチルさんの会社の社会の話だとは思ったけど、何かを言って悲しませるのも気分が悪かったから、黙って相槌をうっていた。
……そのうち、ミチルさんはちゃぶ台に突っ伏してメソメソしだした。
「大体さぁ、私だって頑張ってるのにさぁ。会えないからって怒っちゃってさぁ。別に、会いたくないワケじゃないのにさぁ。頑張ってるんだから、構ってあげられなくても仕方なでしょお?」
「まぁ、男の方が寂しがり屋だからね」
「そのクセに、私が優しくしないとまた機嫌悪くするしさぁ。もう、限界だったのよぉ」
いつの間にか、一人称が「私」になっている。
どうやら、一ヶ月前に彼氏と別れたらしい。まぁ、ミチルさんの事だから、優しくして頼られて、相手がそれに依存してしまっていたのだと思った。「さよなら」の予兆に気が付けなかった彼に、男として少しだけ同情する。
しかし、積もる話とは何だったのか。全然、最近の話じゃないか。
「まぁ、しばらくは仕事に集中したらいいんじゃない?」
「仕事はイヤ。恋愛もイヤ。お布団で一日過ごしたい」
「食べなくていいなら、実家に帰ってそうしなよ」
「ヤダ。おいしいモノも食べたい。あと、ボッテガのバッグ欲しい。自分へのご褒美」
表参道にいた理由はそれか。
「じゃあ働かないと」
「ヤダもん。働きたくないけど、あとちくわも食べたい」
「目の前にあるじゃん」
「ヤダ、動けない」
ヤダ星人になってしまった。
どうやら、ミチルさんは精神的にかなり参っているらしい。結構デカい会社に入社したらしいから、普通よりも疲れているのだろう。
「ヤダ」
……まぁ、あの頃は散々面倒見てもらったし。今日くらい、俺が世話を焼いてもいいか。
「ほら」
「……え?」
俺は、ちくわの一つを箸で掴むとらミチルさんの口元に持っていった。
「食べなよ」
「……はむ」
箸を置くと、彼女は顔を横に向けて俺を見ながら、もぐもぐと口を動かしていた。何だか、目の奥が濁ってる気がする。
「お酒も飲みたい、レモンサワー作って」
「明日は休み?」
「うん」
聞いて、俺は氷の入ったグラスにソーダとレモンサワーの素を割って目の前に置いた。酒飲みの俺は、缶で買ってると金が持たないため、こうして材料を揃えている。
「飲ませて」
「ほら、じゃあこっちおいで」
言うと、ミチルさんはモゾモゾと転がって、そのまま俺の体にもたれ掛かった。ブラウスに、シワが付きそうな座り方だ。
「ほら、あーん」
「あぁ〜」
コップを傾けると、小さく喉を鳴らして体内に酒を取り入れた。深く息を吐いて、しゃっくり。照れたのか、そのまま黙ってしまった。
エアコンの音だけが、部屋の中に響いている。
「女慣れしてる」
「別に、そんなことないよ」
「昔と全然違う」
「あの頃のままだったらマズいでしょ」
「ヤダ、私の方がお姉ちゃんなのに」
「別に、甘えていいんじゃない?」
頭を撫でると、ミチルさんは再びモゾモゾして、体の位置を直した。心無しか、体温が少し上がっているような気がする。
「私、いっぱい頑張ってるのに。なんか、全然うまくいかない」
「そっか」
「同期の子とか、私に相談とかしてくるけど。私だって、大変なのに」
「それは辛いね」
「結婚式の招待状とか来るし。私は、別れたのに」
「まぁ、そういうのって縁だからね」
「なんか、私だけ課長の取引先の接待とか呼ばれるし」
「かわいいから仕方ないよ、美人税だ」
「ヤダ、全然嬉しくない」
髪を撫で、指先で滑らせると、ミチルさんは自分でレモンサワーを飲んだ。多分、このまま頭を撫でておけ、ということなのだろう。
「……彼女、出来た?」
「出来て、別れて。また出来て、別れて。そんな感じ」
「今は?」
「最後に別れて、それっきり」
更に、深く腰掛けた。
「みんなに、こんなふうに優しくするの?」
「そりゃ、疲れてれば癒やしてあげたいさ」
「彼女じゃない人も?」
「たまにね」
「……やだ」
そして、ミチルさんは俺の手を掴んで、縋るように谷間に押し付けて抱えた。
「昔は、もっと弱かったのに」
「俺も色々あったのさ」
「お姉ちゃんお姉ちゃんって言ってたのに」
「懐かしいね」
「……私の事、好きだったクセに」
拗ねて、唇を尖らせたまま、ミチルさんは俺の顔を見上げた。微笑んで返すことしか出来ないが、どうやら正解だったらしい。そのまま首を上げて唇を近づけると、顎の左側に触れてまたレモンサワーを飲んだ。
「ミチルさんは、そうじゃなかったでしょ?」
「言ってくれれば、大人になるまで待っててあげたもん」
「ウソばっか。そんな事、出来るワケないでしょ」
「ウソじゃないもん」
何だか、子供みたいになってしまった。酔っ払った勢いだろうか、目もフラフラして定まっていない。
「もう、帰った方がいいよ。終電なくなっちゃう」
「ヤダ」
「じゃあ、今日は泊まっていく?」
「……うん」
「そっか」
多分、自分の発言や行動を思い返して、考えたくなったのだろう。ミチルさんは、急に黙ってしまった。しかし、それに反比例するように、腕に伝わる鼓動は早くなっていく。
「も、元カノと、その、した?」
「どうだろうね、なんで?」
「私の方が、お姉ちゃんだし」
「意味分かんないよ」
「なんか、知らないんだったら。……お、教えてあげても、いっかなぁ〜。なんて……」
モジモジして、誤魔化した。多分、寂し過ぎて、酔い過ぎて。自分でも、何を言ってるのか分かってないんだと思った。
「ねぇ、ミチルさん」
「なに?」
「お酒、飲ましてあげよっか」
「うん」
言われ、俺は酒を飲み、ミチルさんの顎を持ち上げると、そのまま唇を密着させて、液体を流し込んだ。
「んふぅ……っ」
瞬間、彼女は体を硬直させ目を閉じ、しかし全てを飲み終えても、吸い付くように音を立てて離れなかった。
「はぁ、はぁ。……や、ヤリチン」
「そんなことないよ」
「ズルい、絶対ウソだもん」
「ごめんね、お姉ちゃん」
「うぅ〜っ!」
耳元で囁くと、ミチルさんは後頭部で何度か俺の胸を叩いて、正面に向き合った。首の後ろに手を回し、吐息の当たる距離で俺を見ている。酒の匂い。なぜか、甘い匂い。
「ねぇ――」
「エッチしようか」
「……やっぱ、ヤリチンだ」
「そういうの、嫌い?」
「嫌い、そんなの大っ嫌い」
しかし、言葉とは裏腹に、彼女は唇を寄せて目を閉じた。だから、俺は彼女と俺の間に人差し指を置いて、触れ合うのを防ぎ赤くなった耳たぶを摘んだ。
× × ×
「……もう、嫌い!」
シャワーを浴びて、酔いが冷めてしまったミチルさんは、顔を真っ赤にしてレモンサワーを飲んでいた。現在、時刻は午前2時。飲み直すには、それなりの時間だ。
「大体、中に出してなんて頼んでない!赤ちゃん出来たらどうするの!?」
「ごめん」
セックスって、男も女も対等な行為だと思うんだけど。互いに同意して、二人とも我慢できないくらい気持ちよかったからそうなってしまったって、ミチルさんだって分かってると思うんだけど。
「許してあげないから」
ならば、それはきっと、俺に見せる子供みたいな姿で、俺が彼女との関係の責任を取ると。そんな言葉を口にすることを、待っているだけの強がりなのかもしれない。
ハッピーバレンタイン、たまには甘いだけの話もね。