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HPL




ハワード・フィリップス・ラヴクラフトは、ウィンフィールド・スコット・ラブクラフトとサラ・スーザン・フィリップスの一人っ子であった。

しかし父ウィンフィールドがバトラー精神病院に入院する。


梅毒と言われているがハッキリした記録はない。

ただ母親のスーザンがラヴクラフトに自分に触らないように注意したと言われている。


このため父に代わって祖父ウィップル・ヴァン・ビューレン・フィリップスが彼を養育した。


ウィップルは、成功した実業家であったものの彼が死去するとラヴクラフトの生活は、困窮した。

母スーザンの姉妹、2人の未婚の叔母たちと同居しており、全員、働いた経験がなかった。

ラヴクラフトも8歳まで学校に通わず、健康の理由から学業を放棄した。


研究者STジョシは、高等数学の履修に失敗したことがラヴクラフトの人生を決定したとしている。


1917年に『サミュエル・ジョンソン博士の回想(A Reminiscence of Dr. Samuel Johnson)』を発表する。

これにより小説家ラヴクラフトが誕生した。

しかし生前は、評価を受けることもなく、ほぼ無名のままであった。


母親もバトラー精神病院に入院し、死去。

すると1924年にソニア・グリーンとの結婚し、NY(ニューヨーク)への移住、しかし離婚してしまう。

その後、生まれ故郷のロードアイランド州プロビデンスに戻り1937年、46歳で亡くなった。




ざっくりとラヴクラフトの生涯をまとめると、こうなる。


詳しく調べれば、もっと細かな情報に触れることができる。

通常、歴史上の偉人であっても、これほど緻密に生涯を振り返ることができる人間は少ない。

ラヴクラフトの生涯に触れることができるのも彼が友人たちと交わした手紙が膨大に残っているためだ。


ラヴクラフトの生涯からは、彼の作品のインスピレーションを知ることができる。




まず祖父ウィップルは、ラヴクラフトに多大な影響を与えた人物である。

祖父の蔵書が子供の頃のラヴクラフトに古典文学やギリシア神話に触れる切っ掛けになった。

またゴヤの絵画など、奇怪な芸術作品がインスピレーションになったとされる。


特に天文学や科学に興味を持ったのも幼少期からである。

南極探査をテーマにした『狂気山脈』や冥王星発見に着想を得た『闇に囁くもの』などは、ラヴクラフトの科学への好奇心が影響しているとされる。


また祖父ウィップルをモデルとしたとされる人物は、ラヴクラフトの作品にしばしば登場する。


ジョセフ・カーウィン、恐ろしい老人、オーベット・マーシュなどである。

これらの登場人物は、船乗りで世界各地を渡り、禁断の知識を持ち帰った裕福な地元の名士などの要素を含む。

祖父との原体験が反映されたラヴクラフトの自伝的構成とされる。


特に『忌まれた家(The Shunned House)』のウィップル博士は、珍しく善玉の老人キャラで主人公と行動を共にする。

『ダニッチの怪』のウェイトリー老人とウィップル・フィリップスを比較する意見もある。




父ウィンフィールドの死因は、梅毒と言われているがハッキリしたことは、分からない。

そもそも個人の死因は、プライバシーで守られており、遺族が公表しない限り調べようがない。


ただラヴクラフトにとってセックスがタブー視されていたことは、友人たちの間では、知られていた。


妻ソニア・グリーンは、肉体関係があるのかと訊かれたという。

彼女は、「十分に優れた恋人」であると答えている。


またその影響なのかラヴクラフトの小説には、女性が極端に少ないことも指摘される。

パルプ小説といえば美女が宇宙人や怪物に襲われる嗜虐シーンは、あって当然という世情シーンである。

だがラヴクラフトの小説で、それらに襲われるのは、非力な青年主人公ぐらいのものだ。


その原因についてラヴクラフトは、子供の頃に読んだ生物の本にあると答えている。

交尾に関する記述が生物学への興味を殺した、とのことだ。


性をタブー視していたラヴクラフトは、代わりに共食い(カニバリズム)をテーマに扱っていた。

彼の作品内では、人間の邪悪さを表現する手法としては邪淫が隠避され、人間同士の共食いが退廃の象徴となっていた。

「人肉食は、最大の背徳」というのがラヴクラフトの見解である。




妻ソニア・グリーンは、ラヴクラフトの人種偏見に着いて

NY(ニューヨーク)を特徴付ける人種的に混ざり合った群衆の中にいる時、いつでもハワードは、青い顔で激怒していた。彼はほとんど気を失ったようだった」

と離婚後に語っている。


またウクライナ系ユダヤ人であったソニアは、ラヴクラフトにアメリカ人が全て移民であると訴えていたという。

しかしNYでの生活は、ラヴクラフトの人種差別を根強くしてしまったようだ。


ラヴクラフトは、アメリカが若い国であると認識していた。

従って彼の考える優位人種とは、歴史があって自らのルーツでもあるイギリスにった。

つまりアングロサクソン、イギリス系アメリカ人かイギリス人である。


彼の世界観では、美徳、合理性、文化的な価値は、アングロサクソン系にのみ属した。

それ以外の人種は、不純で社会的に劣等であると描写された。


彼にとって白人であってもアングロサクソン系でなければ劣等な人種として振る舞ったのである。

『神殿(The Temple)』、『あの男(He)』、『恐ろしい老人(The Terrible Old Man)』にそれらが現われている。


またラヴクラフトは、黒人に対する差別が根強かった。

こちらは、『死体蘇生者ハーバート・ウェスト(Herbert West - The Reanimator)』などに見られる。

特に『×××(黒人を指す差別語)の創造(On the Creation of N××××s)』に至っては、伏字にしなければならない。


当然、ラヴクラフトのこのような作風は、今日では批判の対象になっている。

研究者STジョシは、「彼を”彼の時代の典型”と見逃すことはできない」と痛烈に非難した。

しかしラヴクラフトの作品から人種差別を取り除くことは、ナンセンスであると結論着けている。


ラヴクラフトの貴族的な反モダニズムは、彼の作品に感情的な説得力やインスピレーションを与えた。

また宇宙的恐怖の観点から結局、人間は一つの生命体から進化した()()()()()だと冷笑したのである。


ラヴクラフトの創造した生物、ショゴスは、かつての地球の支配者、|いにしえの者《Elder Thing》が作った奴隷である。

しかしこの不定形のネバネバした生物、ショゴスこそ地球の全ての生命の原形であり、延いては人類の祖でもあった。


また『インスマスの影』の主人公(オルムステッド)は、はじめ嫌悪していた異形の種族、深きものどもの仲間になることを次第に好意的に受け入れる。

逆に『ダニッチの怪』では、ウィルバー・ウェイトリーは、怪物のような自分の双子の弟や自らの父、邪神ヨグ=ソトースに嫌悪と恐怖を抱いた。


ウィルバーにとって、いかに血が繋がっていようと邪神は、あまりに考え方や姿形が違い過ぎた。

まだ人間の方が親近感を受けるということだろう。

対して『インスマスの影』の主人公は、人外の怪物である深きものどもへの嫌悪感が、彼らを良く知ることで拭い去られて行った。


ラヴクラフトは、人種差別が無知から来る偏見であり、自分が嫌悪する存在と自分自身が結びついている事実を改めて突きつける。

自分自身を含めて人種差別主義者に、そのような冷笑的な態度を表したのではないだろうか?




ロバート・E・ハワードは、

「文明は、不自然である。最後に勝利するのは、何時だって野蛮の側だ。」

と16歳年上の友人ラヴクラフトに語っていた。


ラヴクラフトの作品によく見られるテーマは、文明の危機である。

これは、世界の様々な神話に共通するテーマでもある。


北欧神話にしろ、ギリシア神話にしろ、あらゆる神話は、世界滅亡の危機を予言している。

これは、人間に善悪を糺すための説話の意味もあるのだろう。

しかしラヴクラフトが道徳を説くために文明の危機をテーマとしているとは考え難い。


また多くのラヴクラフトの主人公たちは、破滅する運命にある。

あるいは、物語の中で破滅を免れても、なお逃れられない運命が身近に待ち構えていることを仄めかして結んでいる。


ラヴクラフトの作品で世界と主人公たちを脅かすのは、人外の存在だ。

クトゥルフ、ニャルラトホテプなどの邪神、深きもののような敵が文明を危機に追いやっている。


1930年にアメリカで世界恐慌が起こり、空前絶後の不況が始まった。

大陸では、ナチスが台頭し、世界戦争の足音が聞こえ始めた時代である。

ラヴクラフトは、第2次世界大戦が始まる前に死去しているため、実際に20世紀の狂気を体感することはなかった。


しかしラヴクラフトの作品に見られる文明の危機は、彼が体感していた時代の暗雲から来ているのかも知れない。


1929年11月9日付けのウッドバーン・ハリス宛ての手紙には、「科学が人類を滅ぼす」と書いていた。

ラヴクラフトの崇拝者、ロバート・ブロックは、後にニャルラトホテプが核兵器推進派の科学者アンブローズ・デクスターに変身する物語を書いている。


学業に挫折した後もラヴクラフトの天文学への情熱、科学熱は、冷めやらなかった。

『宇宙からの色(The Colour Out of Space)』では、SFサイエンスフィクションさながらの宇宙生物”カラー”を登場させた。

これは、色だけの宇宙生物で実態が存在しないという地球中心の考えを捨て去るラヴクラフト流のリアリズムであった。




世界を危機に追いやる宇宙生物や邪神たち。

彼らから人類を救うのが邪神ハンターだが、ラヴクラフトの場合は、半人間の登場人物を利用した。


深きものども、邪神との混血児、邪悪な魔法使い、宇宙から飛来した怪物。

人間よりもクトゥルフら邪神に近い存在が人間の手助けとなった。

彼らの知識や道具を利用してラヴクラフトの主人公たちは、敵を撃ち倒すことになる。

(一時しのぎにしかならない場合や、もっと酷い破滅を呼び込むことになる場合もあるのだが)


また同時に禁断の知識や人外の血統、邪神崇拝を人間の社会に持ち込むのも彼らである。

ヴードゥーの呪術師、カナカイ族、狂える詩人アルハザードら、白人文明の外にある野蛮人(サベージ)である。


ここでは、移民、異人種へのラヴクラフトの偏見が両面に現われている。

白人ではない野蛮人は、ラヴクラフトの世界観では、人間より邪神に近い存在に位置した。

彼らは、邪神が人間の生活に忍び寄る入り口となる訳である。


しかし同時に野蛮は、文明と邪神の間に広がる防壁ともなるのである。

『ダニッチの怪』でウェイトリーの双子の弟を倒せたのは、怪物を滅ぼす呪文を調べていたウィルバー・ウェイトリーのメモが手掛かりとなった。


ラヴクラフトの人種偏見は、弁解できないものがある。

しかし彼独特の多様性の尊重は、見出せなくもないと私は、考える次第である。




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