外なる神アザトース
アザトース、あるいはアザトートは、蕃神(外なる神)の頂点に君臨する万物の創造主である。
その存在は、1922年に書かれたという『アザトース(Azathoth)』に現われている。
ただし、『アザトース』は、未完の断片である。
1926年~27年に書かれた『未知なるカダスを夢に求めて(The Dream-Quest of Unknown Kadath)』で名前のみ登場した。
アザトースは、この宇宙、あらゆる次元、あらゆる存在を作り出した創造主である。
しかし当の本人には、知性も意思もなく沸騰するエネルギーの塊、創造の嵐の混沌そのものである。
つまり世界は、アザトース自身が望んで創造した訳ではなく、彼の身体から飛んだ飛沫に過ぎない。
このため、全ての時空の外側に鎮座する外なる神々(The Outer GODS)は、なんとか自分たちの存在を消し去らないようにアザトースへ祈りを捧げている。
外なる神の使者であり、アザトースの代行者たるニャルラトホテプは、主人たちを嘲笑しつつも彼らの命令を実行している。
この世界観は、ダンセイニ卿の『ペガーナの神々(The Gods of Pegana)』の影響を指摘される。
ペガーナの神々の世界観では、マアナ=ユウド=スウシャイ(Mana-Yood-Sushai)が世界を創造した。
しかし世界は、マアナ=ユウド=スウシャイが次に目覚める時に作り直されてしまう。
そのため神々は、マアナ=ユウド=スウシャイが目覚めないように祈りを捧げているというものだ。
外なる神は、クトゥルフら旧支配者の上位存在とされている。
しかしラヴクラフトは、アザトースやニャルラトホテプらを指す語として作った訳ではない。
意味としては、「太陽系の外からやって来た神」であり地球古来の神に対応する語である。
クトゥルフら旧支配者は、まだ宇宙生物という趣を残しているが外なる神は、時間や空間を自由に移動し、姿を見ることさえできない。
『ダニッチの怪(The Dunwich Horror)』では、
「偉大なるクトゥルフは、彼ら(Old ones=旧支配者)の従弟だが、彼らをぼんやりと探ることしかできない。」
Great Cthulhu is Their cousin, yet can he spy Them only dimly.
と解説されている。
なおこの文章でも分かる通り、ラヴクラフトは、旧支配者と外なる神とを使い分けていない。
少なくともクトゥルフは、旧支配者と見做していないような文章になっている。
旧支配者が無視されながらも外なる神に祈りを捧げているように、外なる神も無駄と知りながらアザトースに祈りを捧げている。
この関係も類似しており、宇宙的恐怖を表現する構造である。
ラヴクラフトは、幼少からギリシア神話に興味を持っていた。
ギリシア神話は、混沌から世界が誕生したと考えている。
そして宇宙は、永久不変の物ではなく、やがて混沌に飲み込まれ、消滅すると考えた。
神々の王ゼウスは、時に英雄を送り出し、時に人間を罰することで秩序を維持しようと試みる。
しかし最終的には、世界から秩序が失われ、生ける物と死せる物、神と人間の区別も失われて元の混沌に循環する。
ラヴクラフトの友人ロバート・E・ハワードは、「文明こそ気紛れであり、最後に野蛮が勝利する」と《英雄コナン》シリーズで述べている。
あらゆる試みが打ち砕かれ、本質として無慈悲な混沌だけが宇宙に残る。
宇宙的恐怖は、地球の歴史においてマクロ単位で既に現われているのである。