クトゥルフ神話の入門
クトゥルフ神話の入門としてまず知っておいて欲しいことが3つある。
まずクトゥルフ神話は、遠い昔の何処かの国で信じられた神々の物語ではない。
アメリカの小説家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが創始し、彼の友人作家たちが作り上げた人工神話、共有世界観である。
つまり小説を書く上でラヴクラフトの友人たちが同じ言葉を使用する。
架空の神、都市名、アイテム、人名…。
すると読者に、あたかもそれが実在する神話からの引用であると錯覚させる。
あるいは、作品同士を繋ぎ合わせる疑似的なシリーズ化の試みであった。
こうしてクトゥルフ神話という複数の作家間を跨ぐ猥雑なジャンルが誕生した。
次にクトゥルフ神話に間違いや矛盾は、存在しない。
ラヴクラフトは、読者の興味を引き出すために同じ言葉を友人の作家同士で使用する試みをしていた。
その意味や設定がお互いに矛盾したり、食い違っていても作家の自由な裁量に委ねられた。
ただロバート・E・ハワードやオーガスト・ダーレスら、一部の作家が世界観や歴史に整合性を求めたこともあった。
しかしそれらは、彼らの作品の中だけの設定であって何が正しく、何が間違っているという捉え方がクトゥルフ神話にはない。
そのため、あまり詳しく調べても意味はないと考えて欲しい。
そもそもクトゥルフをはじめとし、クトゥルフ神話のキャラクターたちは、名前が登場するのみで、人間の登場人物たちの前に姿を表すこともほとんどない。
従って例えばクトゥルフは、どんな姿でどんな能力があるのかは、誰でも自由に決めることができる。
(有名なラヴクラフトの描いたクトゥルフのイラストは残っているが)
3つ目は、宇宙的恐怖に着いてである。
クトゥルフ神話の教条ともいえるのが、これだ。
人間は、神に作られた特別な生物であり、生き物も自然も宇宙も世界の全ては、人間の為に与えられた。
―――訳ではない。
という考え方である。
おおよそ現代人にとって当たり前の世界観だが、いわゆるダーウィニズムの影響だろう。
ラヴクラフトは、地球中心の考えを捨てることを信条とした。
宇宙は、無慈悲で人間に何の興味も関心も抱いていない。
また地球で信じられている価値観は、宇宙で何の意味も持たない。
しかしこれは、単なる悲観的な物の見方ではない。
ラヴクラフトは、この創作論を《ウィアード・テイルズ》編集長ファーンズワース・ライトにも手紙で打ち明けている。
彼は、地球中心(あるいは人間中心)の価値観を棄て去ることがリアリズムだと考えていた。
つまり宇宙生物は、地球と異なる環境で生育したのだから身体の構造も考え方も地球と当然、異なっていなければならない。
だからそれらを描写するに当たって作家は、地球の常識を捨てるべきだとしたのである。
こうしてクトゥルフ神話は、ファンタジーとSFの双方の要素を含むジャンルを確立したのである。