新婚夫婦とその仲間③
式は近年に無く、荘厳に且つ盛大に執り行われた。広い大聖堂は、多くの人で埋め尽くされて立錐の余地も無い程だったが、翌日の披露宴にはもっと大勢の招待客が祝福に駆け付けることだろう。
純白の衣装を身に纏っている花嫁は、例えようもない程可憐で、眩むような輝きに誰もが溜息を付いた。エスコートする王子と並ぶとこの世のものとは思えない程美しく、まるで幸せを絵に描いたような光景だった。
そして――誰もがそっとエヴァを垣間見る。白の女王も、さぞや心残りだろうと――。こんなにも美しい家族に囲まれて、今少し時を過ごすことが出来たら、どんなに良かったことか……。
しかし、そんな女王は自身に降り懸かった不幸など微塵も感じさせず、来賓一人一人の手を取って、心からの挨拶を交わしていた。
そして夜――。
華やかな式とは打って変わった静けさの中に、二つの吐息が密やかに溶け込んでいた。
暗闇の中、男は女を抱きしめた。
「……痛かった?」
「……うん。」
「そうだよなあ……。ごめんな。」
「やあね、謝らないでよ。本当は……もっと痛いのかと思っていたの。大丈夫よ、あなたが今抱えている痛みに比べたら、こんなの痛いうちに入らないよ。」
「お前って本当に……。愛してるよ、キラ。」
「ふふ。同じ学校に通う許婚じゃなくなった?」
「一体どこにそんな時代があったんだ。俺は最初から、お前のことが大好きだよ。」
「そうなの……?ありがとう。私もあなたのこと、とっても愛してるよ。」
「ありがと。……何かさ、元々お前のことは本当に好きだったけど、こうやって結ばれちゃうと全然違うな。恋焦がれる。」
「恥ずかしいよ。」
「何恥ずかしがってるんだ。明日は皆に披露するんだぞ、俺達は結婚しましたって。」
「きゃー!そ、そういうことなのよね、披露宴って。」
「そうだよ。」
「凄いわねぇ……。え……?ということは、父様と母様にも報告するってことよね。ど、どんな顔をして会えばいいのかしら。」
「う…………。いいの、いいの!元はと言えば、エヴァがそれを望んだのだから。」
「そうか、そういうことなのか。」
「皆そうやって結婚するのだ。」
「すごいのねえ、結婚て。」
「やけに感心してるな。」
「うん……。実はあなたにも感心している。結婚というものを呑んでかかっていて。」
「ふうん?」
「何か……動物達が愛を交わしている場面には何度も遭遇していて、微笑ましいなと思っていたのだけど……。人も全く同じなんだなって……。」
「そこ!?」
「まあ、それも含めて……。私、色々分かってなかったから驚くことが多くて。……あなたが雄で、いえ男で良かったな、とか。」
「はあ?」
「あなたが男で私が女だからこそ、こういう風に愛し合うことも出来るんだよね。……ああ、人だって動物なのだわ、人も動物も愛を交わし続けて今があるのだわ、などと……。」
「もう、話が崇高なのか馬鹿々々しいのか、よく分かんないよ、俺。」
「いいの、気にしないで。きっと初めてのことが多過ぎて、神経が高ぶっているのね。あなたの方がよっぽど大変なのに、落ち着いてて偉いね。」
「全然落ち着いてなんかいないよ。正直、忙しさの方に集中していて、本来考えるべきことから逃げているような気がする……。」
「いいのよ、それで。」
「いいの?」
「いいの。エヴァにはちゃんと分かってる。あなたの親なんだから。」
「……そうか。」
「そうだよ。あなたは一生懸命頑張ってるよ。」
「うん……。お前、ずっとこっちにいてくれるの?」
「勿論。通例、王同士の結婚だと、期間を定めて行ったり来たりする訳だけど……幸い私は王女だし、両親からもそうしなさいって言われてるよ。」
「じゃあ、毎晩こうやって一緒に寝られるんだ。」
「うん。」
「良かったあ。これから物凄く忙しくなるだろうけど、落ち着いたら、お前にはここから学校に通って貰いたいな。」
「いいの?」
「是非そうして欲しいよ。多分俺は……無理だから。」
「休学は7年まで認められているけど?」
「でも、とても7年で大学に通える余裕が出来るとは思えない。まあ俺が仕事に慣れて、何もしなくてもいい余裕が生まれたら、また受験し直すのもありかもな。」
「それより、私がソーマに教えてあげるよ。取りたかった科目を言ってくれれば、私がそれを取ればいいじゃない。」
「本当?」
「その方がいいわよ。折角一緒に暮らすのだから。」
「そうか、そうだよな。全然実感が湧かなくて。」
「ねえ?私も。」
「結婚ていいなあ。俺、いい奥さんを貰えて本当に良かったな。」
ソーマは自分の人差し指で、キラの唇をそっとなぞった。
「こうやってさ……お前が俺の傷を治してくれた時から、ずっと心に決めていたんだ。こんなに優しい子見たことないって。絶対にこの子と結婚しようって。俺って本当にいい勘してる。」
「そうだったの?勘が外れてないと良いけど……。」
「何を言ってるんだ、大当たりだよ。俺も、お前にとって大当たりになるように頑張らなくちゃ。」
「あなたこそ何言ってるの。頑張る必要なんて何も無いわよ。あなたが……学校への送り迎えをしてくれるって言った時、実はちょっと不思議な気持ちだったの。そんなことをして何の意味があるんだろうって。でも、分かっていなかったのは私なのだわ。一緒に学校へ行く。それだけのことが、あんなに楽しかったなんて。……もう、そんな日々が、私達に訪れることは無い。短い期間だったけど、あの毎日があって良かったって、心から思うの。だから……あなたは頑張らなくていいのよ。今のままで十分。」
「俺、何か泣きそう。……ね、キラ。」
「うん?」
「……もう一回、愛し合っていい?」
「ええっ!?……これからあなたのスケジュールは益々過密だし、少し休んでおかないと……。」
「我慢出来ない。」
「そ、そう……?まあ、いいよ……。あなた、さっきからずっと私の胸を触ってるんだもの。私も何か妙な気分なのよ……。」
「妙な気分って?」
「何て言うか……今すぐ止めてほしいような、止めてほしくないような……。」
「それって、感じてるんだよ。」
「ええっ!?私、感じてるの?」
「……多分。」
「そうなの!?……本当に、世の中私の知らないことが多過ぎるわ。」
「俺もよく分かんないけど。……じゃ、いい?」
「うん、いいよ……。さっきよりは……痛くない気がする……。」
「ありがと……。」
二つの人影は、再び一つに重なり合った。そして、お互いに絡み合いながら、深い夜の淵へと落ちていった。
★★★
蒼月は、夜半に目を覚ました。ベッドから半身を起こして頭を抱え込む。
……何だ、今の夢は……。
彼女は再び、どさっとベッドに倒れ込んだ。
……瑞月も、見ただろうか……。いや、見てる。今のは、絶対に、見てる……。明日、どんな顔をして、彼と顔を合わせれば良いというのだろう……。
蒼月は絶望的な気分になった。昨日席替えをしていたのが、せめてもの救いだった。