表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/46

王は魂を再生する

 「なんて贅沢な部屋に住んでるの!瑞月ってお坊ちゃまだったんだ!」


 「そんなんじゃないよ。」


 「だってこの部屋、学生の一人暮らしにしてはおかしいでしょ。」


 「ファミリー向けの分譲だもん。……あのさ、俺、7つ上の兄貴がいるんだよね。」


 「へえ。」


 「今はもう地元に戻っているんだけど、同じ高校だったんだ。」


 「そうなんだ。」


 「高校3年間に大学4年間。入れ違いに俺。14年も家賃を払い続けるのは勿体無いって、親が買った。」


 「なるほど。瑞月ってどこの出身なの?」


 「群馬。俺の親戚は殆ど群馬だよ。それよりお前は?実は近い親戚でしたなんて話は、洒落にならないからな。」


 「そんな訳無いでしょ。母は東京の人だよ。父の出身は愛知だけど、ずっとこっち。」


 「群馬関係の親戚は?」


 「さあ、聞いたことが無いけど。」


 「良かったあ。」


 「それってそんなに重要?」


 「俺にとっては重要なの。ま、いいや。座って。」


 瑞月は、8人掛けの巨大なダイニングテーブルを示した。


 「凄いテーブルねえ。」


 「兄貴はかなり嫌がったらしいけど、母親に無理矢理置かされたって。どうも母は、台所にはこういうのが無いと駄目みたい。田舎の人だから。」


 「面白いわね。」


 「俺は結構役に立ってるよ。参考書とか何冊でも広げられるし。コーヒーでいい?」


 「うん、ありがとう。」


 瑞月がカウンター越しに繋がっているキッチンで、コーヒーを淹れてくれた。



 「どこから……話せばいいんだろうな。」


 「ねえ……?話すことはいっぱいあるのだけど、何から手を付けていいのやら。」


 「取り敢えず、それぞれが認識していることを繋げていこうか。蒼月は、この夢を何だと思っている?」


 「前世。」


 「凄え、即答。」


 「瑞月は?」


 「俺もそう捉えている。」


 「私達は……恐らく約束したのだと思う。来世でも巡り会いましょうって。」


 「多分ね。その夢は見ていないけど、何となく認識してる。」


 「私も。でもね……何か引っ掛かるのよ。」


 「どの辺が。」


 「まず一つは、こうやって夢を見ること。巡り会うだけだったら、夢は必要無いよね。実際、私達は会えたんだし。それに、これが王であったが故の特殊な現象だとしても、その記録が魔幻の方に一切無いのもおかしな話だと思うの。魔幻の記憶が地球に持ち込まれたのなら、その逆があってもいいと思うのよ。」


 「確かに。それに本来なら、俺達の記憶は月を通過する際に無くなっている筈だろ。それが例え夢であっても、ここまで残っているのは変な話なんだよな。」


 「私は……もっと違う約束があったと思うの。」


 「違う約束?」


 「それが、ソーマと交わしたものなのかは分からないけど。」


 蒼月は微かに目を伏せた。


 「きっと……大事な約束。忘れてはならない約束。……夢を見ると、堪らなく不安になることがある。思い出さなくてはならない、やらなくてはいけない何かがあるって。」


 「とても、よく分かるよ。」


 「そしてそれは――嫌なこと、思い出すのも拒絶するようなこと。」


 「うん。夢の中でも、流れがその方向に行こうとすると、無意識の中で抵抗している自分がいる。目が覚めた時に不安感だけが残るんだ。」


 「私はそれが、約束に起因しているのではないかと思っている。」


 「そうだな。」


 二人は静かに溜息を付いた。


 「いつか……思い出すことがあるのかもしれない。その為に夢を見ているのなら。」


 「ええ。」


 「無理に今、思い出す必要は無いんじゃないか。無理をすると精神に歪が出てくるかもしれないし。」


 「そうね……。」


 「何れにせよ、こうやって二人で話せるのは良いことだと思うよ。共有出来る人間がいるとほっとする。」


 「本当に。ちょっと変わった人、で済ますには抱えるものが大き過ぎたから。……魔幻についてはどう思っている?」


 「地球のもう一つの衛星。月よりも大きく、遠くにある。でも、魔幻人には地球が見えているのに、地球人には魔幻が見えない。」


 「あなたには見えているよね。」


 「勿論。」


 「魔幻ではこの二つの……いえ、月を入れると三つか。三つの星の起源は同じだと考えられていて、地球と魔幻は兄弟のように似た星だった。」


 「いつの頃からか地球は科学の方が優位に立つようになり、元来あった筈の魔、呪、祈などの機能は、次第に魔幻へと流れていった。地球と魔幻は全く異なる星となったが、魔幻人の地球への憧憬は深く、魔幻全土の宗教として根付いている。」


 「ミラリーナスークね。」


 「そう。地球、魔幻、月を含む太陽系を創生し、全宇宙の一端を担う女神。」


 「魔幻の実質的な機能とは。」


 「魂の取得、浄化、活性、再生。それをやるのは王で、その王を支える為に民がいる。こっちだと随分封建的な考え方だけど、統一宗教が広く根付いていたから可能だったんだろうな。」


 「人が亡くなった後には、本当に魂を見ることが出来たしね。より良い後生を願うのは、当然のことなのかもしれない。」


 「うん。では、魂の流れについては。」


 「魔幻で人が亡くなると、魂を見ることが出来る。大抵は亡くなった直後だけど、一日以内には金色に輝いた魂が、胸の上にすっと出て来る。大きさはそうね、丁度片方の掌に乗るくらい。出て来た魂は月を目指す。でも見えている時間は僅かで、人の肉体を離れて暫くすると見えなくなってしまう。」


 「それから?」


 「魂は月を抜ける際に、魔幻での記憶を一切失う。その後地球を目指して、新しい生命として生まれ変わる。では、地球で人が死んだら?」


 「やはり、魂は月を目指す。これは人には見えない。少し呪を持っている人には見えるのかもしれないけど。魂は月を通過する際に、同じく地球での記憶を失う。そして魔幻を目指し、王の下へと辿り着く。七人の王の手に渡り、幾つかの洗礼を受けて魔幻の各地へと散り、新たな生命として生を受ける。」


 「その通りだわ。」


 ふう、と蒼月は溜息を付いた。


 「正直……この話を誰かと話せる日が来るなんて、思いもしなかった。ミラリーナスークの存在を感じるのは、正にこんな時ね。……さ、もう少し話を繋げていこう。王の手による魂の再生とは。」


 「七つの工程が、七人の王の手によって為される。七人の王は、それぞれの王にしか使うことが出来ない指輪を持っていて、その能力は計り知れない。黄、赤、青、緑、紫、黒、白の色に分けられ、時の王の指にしか嵌めることが出来ない。後継者もその例外では無く、王子や王女が嵌めようとしても反発する。地球からやって来た魂は、月を通過した後赤色に変化して、この赤色は魂の持つ最後の俗念だと言われている。月を通過した際に記憶は失われているけど、その時に持っていた希望や野心、悔恨や怨恨などが色に現れた。赤い魂は、王の山に存在する赤の塔と呼ばれる岩山に留まる。赤の王が赤い指輪を翳すと、魂は自ずと黄の箱へと入り、これは赤の王にしか採ることが出来ない。赤王の仕事は、魂の採取だ。」


 「ええ。採取された魂は?」


 「赤の王から青の王の手に渡る。……君の仕事だった。」


 「そう。青の王は青の湖へ魂を持って行き、箱ごと水に晒して指輪を翳す。すると、赤かった魂は青色へと変化する。青王の仕事は、魂の浄化。」


 「変化した色は、青だけではなかった筈だ。」


 「ごく僅かだけど紫色に変化するものと、物凄く僅かだけど黒色に変化するものがあった。。紫の魂は、今すぐの再生を望んでいないもの。魂は月を通過する際に全ての記憶を失っている筈だけど、どうしても気に掛かることがあって、すぐの再生を願っていない。自分の後から来る魂を今暫く待ちたいと望んでいる。」


 「黒の魂は。」


 「黒は――再生を望んでいないもの。もう生まれ変わりたくないもの。」


 「うん。」


 「紫の魂は、紫の王の所へ持って行く。紫王が紫の氷穴で指輪を翳すと、魂は氷漬けにされて、後から来る魂を待って待機する。待たれている魂も大抵は紫色に変化するから、二つの魂を引き合わせると漸く青色に変わる。黒い魂は、黒王の所へ持って行く。黒王が黒の砂漠で指輪を翳すと、魂は地を離れて空へと解き放たれる。それはやがて宇宙空間へと到達し、無となる。だけど――。」


 「だけど?」


 「それすらも嫌がる魂があった。本当にもう、何処へも行きたくない魂ね。そういった魂は、指輪を翳しても箱の中に残ったまま。箱から出して地に置き、再び指輪を翳すと黒の砂漠へと吸い込まれた。」


 「離解の魂なんて言い方をしていたよな。只、離解の魂は眠りを妨げられると猛烈に怒るから、様々な災害や邪気を呼び込むと言われていた。」


 「大火で街が一夜にして焼けたとか、悪念が人の心に入り込んで多くの人が殺し合ったとか、そんな話が山程あったよね。」


 「だからこそ、あの砂漠が黒の魂の墓地になったという説が有力だったよな。最も天変地異の無い場所として。それが故に、王の居住区も黒の砂漠を中心として構えることになったと言われていた。」


 「そうだったわね。」


 「大部分を占める青の魂は。」


 「緑王の所へ持って行く。緑王の仕事は魂の活性。緑の森で魂に指輪を翳すと、魂は青色から緑色に変化して、再び生まれ変わる為の活力を与えられる。そして、白王の手に渡る。」


 「そう。白王の仕事は、魂の解放。白の草原で指輪を翳すと、魂は緑から白に変化して空へ舞い上がる。それは魔幻の各地へと散り、何処かで新たな生命として誕生するんだ。魂が見えているのは草原の中だけ。草原を抜けると、もう見えなくなってしまう。」


 「見せて貰ったことがあるわね。凄く、綺麗だった……。」


 「俺も、自分の仕事が好きだった。頑張って生きろよって祈っているうちに、自分も頑張らなくちゃって逆に元気を貰うんだ。」


 二人はふと、嘗ての景色に思いを馳せた。愛する人の愛する仕事を見守るキラ。愛する人に見守られているソーマ。穢れの無い魂は、指輪を翳した途端ぱっと宙へと舞い上がり、夜空を彩る流星群のように美しかった。

 蒼月は視線を感じて瑞月に目を遣ると、彼は何とも言えない優しい眼差しで、彼女を見つめていた。ちょっとどぎまぎして慌てて目を伏せる。


 「……ろ、老人の同窓会みたいだわね!」


 「凄い表現だな。俺の大切な思い出を。」


 「……ごめんなさい。嘘よ、私にだって大切な思い出だわ。瑞月……怒ったの?」


 「まさか。ちょっと驚いただけだよ。お前……変わったようで全然変わってないな。本質はとても素直で優しいんだ。かなり照れ屋になったみたいだけど。」


 「そうよ!なんか照れちゃうのよ!キラは、ソーマの仕事を見ているのがとても好きだったの!」


 蒼月の言葉に、瑞月はにんまりと笑った。


 「もう!やり辛いわね、嘗ての夫と思い出話をするのは!次いくわよ!まだ確認していないことは?」


 「そうだな……。黄王の仕事とは。」


 「ああ、それがあったわね。黄王は、黄の沼で魂を入れる箱を作る。沼の端には工房があって、黄王は沼の土を使って箱を作っていた。魂はこの箱の中にしか入れることが出来なくて、無限大に納めることが出来た。箱が一巡すると――つまり、白王と黒王が使い終わると、黄王の元へ返却されて、再び沼へと沈められて土に還った。」


 「うん。そんなところなんじゃないか。……では、王とは。」


 「王とは……魂の洗礼を行う者で、魔幻に七人しか存在しない。王は二十歳くらいの年齢で成長が止まり、それ以上老いることはない。寿命が分からない。人の寿命なんて誰にも分からないけど、王の場合は少し違っていた。若くして死ぬ者もあるし、何百年も生きる者もある。王であるかを決定するのは、七つに纏まった色付きのほくろだった。」


 「蒼月、持ってる?」


 「ええ。何で今でもあるのかしらね。」


 「王だった名残なのかな。場所は前と一緒?左胸?」


 「違うわ、お臍の下。でも色は普通よ。青じゃないわ。」


 「見せて。」


 「絶対に嫌だ。瑞月は?」


 「俺も黒いのが右のケツにある。見る?」


 「結構よ。」


 「あ、そう。結局……このほくろを持っている者が、王になったんだよな。王が王を生む確率は約五割。五割の者が民間から出る。」


 「近親の血を防ぐ為なのでしょうね。それでも、五割は高い確率だとは思うけど。」


 「幾つになっても子を生せるようにと、王が歳を取らないとも言われていたな。」


 「それでなくても王の仕事は重労働だわ。若い体力がないと務まらないよ。」


 「確かに。民間から出た乳児に対しては、届出の義務がある。三歳くらい迄は生みの親が養育出来るけど、それ以降は莫大な財と引き換えに王宮に引き取られる。情が移るからと言って、生まれてすぐに引き渡す親も少なくなかった。」


 「その国のほくろを持つ者が、第一子――後継者となったのよね。既に王が子を生していても、第一子の籍は空けておく。その子の出が民間だろうと他人の子だろうと、その国の王子又は王女として養育された。」


 「王にしてみれば、後継者がいるのといないのでは全然事情が違ったからな。そういう意味では、出自がどうであろうと差別的な要素は殆ど無かったな。どの王も後継者を大事に育てた。」


 「子供自身も幼いうちに王宮に入っているから、余り違和感が無かったしね。」


 「一応、区別する言葉はあったけどね。王が自国の王を生んだら、その子は直系の王。市井から出たら、離系の王。珍しいパターンだけど、王が他国の王を生んだら、直離系の王。」


 「あなたは直系だった。――私も。」


 「俺達は本当に恵まれていたと思うよ。実の親に育てられて。」


 「何より、王妃と王配に感謝だわ。……ミノンとイサに。」


 「自分は年老いていくのに、王は若いまま。生半可な覚悟じゃ務まらないと思うよ。」


 「私達の親は、そういった葛藤すらも排除してくれていた。私がそれに気付いたのはずっと後のことだったけど……。」


 「親の有難みってその時には気付かないもんだよな。でも、キラはキラで一生懸命頑張っていたよ。それに、俺等の両親にどんな思惑があったとしても、俺達の相性が最悪だったら結婚には至らなかったと思う。色んな縁が重なって一緒になったんだ。」


 「……ふう。あんたってやっぱりソーマなんだわ。……時々、この人本当は馬鹿なんじゃないかと思うこともあったけど、本当におおらかで大局を見ているのよね。」


 「それはどうも。……俺から言わせると、お前の方がよっぽど天然だと思ったけど?こんなんで王が務まるのかなって心配だったけど、物事の本質を掴むのがやたら上手くて、人が迷うような場面でもあっさりと決断を下していた。」


 「そんなこと、一言も言わなかったじゃない!」


 「大丈夫だと思ったから言わなかったんだよ!お前こそ、人のことを馬鹿だなんて失礼な奴だな!」


 「ん?そんなこと言ったっけ?……えーと、えーと、王について話していたんだよね。」


 「……そうだけど。」


 「えーっと……他には?」


 「…………。俺達は幸運にも王同士の結婚が成立した訳だけど、これは特に推奨されるものではなかった。これを繰り返すと、血が濃くなりすぎてしまうからね。」


 「その為にも、民間からの出自が必要だったんでしょうね。遠い古代では、自国の血を濃くしようと近親婚が続いて、王朝が真二つに割れて諍いをした時期もあった。だけど、それを諌めるかのように片輪な後継者が続出した。」


 「そうなって王家は、漸く自分達のしてきたことの罪深さを知ったんだ。星は、決して自分達の私物では無く、ミラリーナスークの名の下に借り受けているに過ぎないと。大きな反省を得て、そこからやっと本当の政が始まった。……王及びその後継者は、何人に対しても敬称を付けてはならない。これは、王同士による序列を防ぐ為だったんだろうな。どこの出自であろうと、どんなに先輩王であったとしても、王は対等でなければならなかった。」


 「そもそも、魔幻全土は王が立った後に統一されていった訳じゃない。七人の能力者であるところの王が、協力して仕事に当たっていた。後に、担当する地域を分割した方が治め易いということで、後から土地を分けたのよ。」


 「王宮があったのは、黄王の治める黄国。国土的には最も小さな国だったけど、王宮と共に星の主要機関が集中していた。」


 「黄王以外は、指輪を使って移動していたのよね。自国で仕事をして、黄国の王の()で各国から出た問題を論じる会議があって。合間を見て、魂の洗礼を行っていた。……指輪の機能について、まだ話していなかったわね。」


 「そうだな。指輪の機能は……有りすぎるけど、最も重要なことは魂の洗礼を行うこと。次に重要なことは、瞬間移動が出来たことだ。指輪は、王が望むとマンホールくらいの輪に拡大する。そして、その輪の中に、魔幻の至る場所を映し出すことが出来た。」


 「建物の中とかは駄目だったけどね。基本的に外から見える場所だけだったけど。」


 「重要なのは、その映し出された場所に、輪を通って移動出来たことだ。この機能が、自国を収めることと、常に王の間で会議を行うことを可能にした。」


 「お陰で魔幻全土を、同じ価値観で統治することが出来たんだわ。国境付近では利権を巡ってよく争いが起きたけど、王同士は連結していたから大きな戦いにはならなかった。」


 「地球も見えたよな。」


 「見えた、見えた!物凄くピントのずれた眼鏡みたいに、ぼんやりとだけど。でも、ピラミッドとかヒマラヤ山脈とか、何となく分かったよね。」


 「流石に行くことは出来なかったけどな、入れなくて。……それぞれの王について話しておくか。王として立っていた時代は前後するかもしれないけど、思い付くまま個人について話していこう。」


 「そうね。……黄の王はキアリ。直系の女王で、私達が王に就いた頃には、既に直系の幼い王女エテがいた。温和な人柄で誰からも好かれていたわ。」


 「俺の母親とはまるで逆の空気を持った人だったよな。それから……赤の王は、偉大なるオルテス。」


 「凄い人だったのよねえ。」


 「確か、170年か180年か、それ位は生きていたんだっけ。」


 「本人は離系の王だったけど、4人の妻を持ち、一族は皆王朝に大きく貢献していた。第一子がカリウスという名の直系の王子で、それ以外の子や孫は亡くなってしまった人も多いのよね。寿命を迎えて。」


 「そんな偉大な王だったにも拘わらず、性格は気さくで新米の王を良く導いてくれた。」


 「特殊能力がテレポーテーションだったのよね。そんなの指輪を使えば皆出来るのに、不公平だとか言っていたわね。」


 「言ってた!沢山可愛がって貰ったな……。」


 「私も。何せ、アークやエヴァを子供の頃から知ってるんだもんね。それから……緑の王はセシル。離系の女王で、踊りの名手だった。彼女は三歳迄生みの親に育てられていたけど、その頃には既に才能を開花させていた。」


 「予定の許す限り、神に捧げる祭典なんかでは中央で踊ってくれたんだよな。一挙手一投足が神秘的で、あの性格を疑う程誰もが魅了された。」


 「一言余計だわよ。彼女は気が強いのではなくて、芯が強かったの。私はとても好きだったよ、凛としていて。」


 「俺だって好きだったよ。それから……まだ話していないのは、シューバだ。紫の王シューバは?」


 「シューバは、とても私達に近いところにいてくれた人って感じがする。歳はセシルと同い年だったと思うけど、親身になって色々と相談に乗ってくれた。」


 「珍しい直離系の王だったんだよな。先の黒の女王シラの実子だったけど、紫のほくろを持っていたから、紫の女王の第一子として委ねられたんだ。おっとりとした人だった。」


 「あれ……?」


 「どうした。」


 「直離系の王って、シューバだけだっけ?」


 「え?そうだと思うけど……。直系が青、白、黄で3人。離系が赤、緑、黒で3人。直離系の紫を合わせて7人。」


 「あ、そうか。何か勘違いしてたみたいだわ。あとは……黒の王ね。」


 「ああ。……彼の名前は、ヤグナ。」


 「なんかさ……思い出すのも嫌なくらい、碌でも無い奴だったのよね。」


 「そう。嫌な奴なんてレベルじゃなくて、性格が破綻してた。生きるということを全力で否定しているような奴だった。だったら俺達の仕事は何なんだって感じだよ。」


 「考えたくもないけど、彼は彼なりに仕事の意義があったのよ。魂は全て無に還るべきだっていうのが彼の持論だった。俺の仕事が最も重要だって。」


 「お陰で魂に関する仕事だけはきっちりやっていたけどな。だけど、治政はしない。自国ではどんどん悪法を作る。魂を無に還らせる為には、二度と再生したいと願わない環境が必要だとか言ってたよな。結局、黒の政府に泣きつかれて、俺達は交代で黒国を見てたんだ。」


 「その出自からして異様だったのよね。……異様っていうのは悪いか、彼のせいではないのだから。」


 「まあ……な。でもシラを初めとして、彼の更生には全ての王が最大限の努力をしたと聞いたよ。オルテス、エヴァ、アーク……彼等の言葉がヤグナの胸に全く響かなかったのは、心底性根が腐っているとしか思えない。」


 「そうよね……。彼は、十歳の時に緑国で発見された。親の記憶が有ったのか無かったのか、それは本人にしか分からないけど、彼は黙して身辺のことは何も喋らなかった。ヤグナという名以外は洗礼名も継承名も分からず、彼は家の無い少年達が集まっている窃盗団にいた。それでも、乳児の時は誰かが彼を看ている筈なのに、ほくろが非常に分かり辛い場所にあったのよね。」


 「項にあったんだよな。しかも殆どが黒い髪の毛に埋もれていて。彼が捕まった時に、初めて黒の王子だと確認されたんだ。」


 「そう。彼は捕らえられたのよ。それでも十歳まで捕まらなかったのは驚異だと言ってよいのだけど、それには理由があった。」


 「彼は……時使いだった。10秒ほど時を巻き戻し、10秒ほど時を止めることが出来た。お陰で捕まりそうな時はその能力を使い、まんまと逃げ果せていた。」


 「捕まった時は、捕縛の名人数名が一気に取り押さえたと聞いたわ。一瞬のうちに複雑な捕縛を成せる彼等には、流石に敵わなかったのよね。縄を解いているうちに時間切れとなり、漸く彼は捕らえられて保護された。」


 「王宮では、本当に大事に育てられたと聞いたよ。シラが、この子は愛というものが本当に分からないのよって言うのを聞いて……いや、皆は説得されなくてもそれを良く分かっていたんだよな。王達は、暇を見つけては彼と食事をしたり、散歩したり、市街へ連れ出して遊んだりしていた。……それでも、彼の歪んだ心は治らなかった。絵画や骨董を破壊する、小動物を悪戯に殺す、後には侍女を庭で犯したりして……。」


 「捕まる前に、殺人も犯していたのよね。殺さなきゃ俺が殺されてたって……。」


 「オルテスが愚痴っているのを聞いたことがあるよ。俺が子供だと思ってぽろっと出ちゃったんだろうな。……シューバが、直系の黒の王子だったら良かったのにって……。」


 「アークもそんな感じだったわよ。実際、黒王の仕事が一番難しいって。愛と慈悲の心、それでも冷静さを兼ね備えている人間が相応しいって。結局……彼が王宮に来てから1年ほどで、シラは亡くなってしまったのよね。シラの王配は若くして亡くなってしまっていたから、名実共にヤグナが黒国の王となってしまった。ふう……。ちょっとヤグナの話はこれ位にしておこうよ。気が滅入る。」


 「そうだな……。王の死についてもそうなんだけどさ。でも、避けて通れない話だから、話しておこう。」


 「うん。」


 「王の死は……全く読めない。或る日突然に、死のサインが現れる。王である証のほくろがゆっくりと点滅を始め、次第に薄れていき、最終的には消えてしまう。ほくろが点滅を始めた七日後に王は死ぬ。それがその王の寿命だ。しかし、ほくろが点滅しても王は全くの健康体だ。七日目に突然死する。大抵は禊をして自室に籠もり、死装束に着替えてから自分のベッドで亡くなった。付添いに関しては完全に王の希望が尊重されていたから、家族を付添わせる者、或いは誰も付添わせない者などそれぞれだった。」


 「配偶者が看取ることが一番多かったのかしらね。そして……王にとって最も気掛かりだったのは、常に後継者のことだった。」


 「そう。後継者が見つかっていない場合、王の死の直後にその国の王子、又は王女が魔幻の何処で生まれている。しかし、彼等が魂の洗礼を行えるのは数年先だ。他国の王や神官が遊びみたいに習わせて、その儀式を少しでもこなしていけるようにと促す。でも、彼等には教えることが出来ても、王の仕事を代行することは出来なかった。魂の洗礼を行える者は、代々受け継がれた王の指輪を扱える者だけ。」


 「それから、あれよね。ほくろは寿命を教えてくれはするけど、突発的な死については予言してくれなかったのよね。突然の事故とか、或いは……暗殺とか。」


 「うん。飽く迄も、王としての自然寿命に対する信号だった。それから、王が欠けると子供の出生が無い期間が魔幻でも地球でもある筈なのに、それは無かった。魔幻では、魂が白の草原を離れても、直ぐに出生しているとは限らないと言われていたよな。それから亡くなったのが魔幻でも地球でも、魂は暫く月に滞在しているとも言われていた。」


 「まあ、分かるわね。私達が死んだのは何時の時代か分からないけど、今よりもずっと遠い昔だったと思うし……。」


 「具体的に思い出せない?」


 「残念ながら。」


 「実は、俺もそうなんだ。でも、今に繋がるような近い過去では無かったような気がする……。」


 「うん。」


 「……ね、蒼月。」


 「何?」


 「ソーマの死を覚えている?」


 「…………いいえ。瑞月は?」


 「俺も……キラの死が分からない。」


 二人は瞬きもせず、お互いを見つめた。


 「俺は、思い出したくないのだと思う。」


 「……私も。」


 「俺は……辛い記憶は、無理に今思い出す必要は無いと思う。だけど、直感していることがある。……恐らく、俺達は若くして死んでしまった。」


 「…………。」


 「俺等は肉体的には若いままだったけど、何て言うか……精神的に、歳を重ねた実感が無い。」


 「ええ。そうね。多分……そういうことなんでしょうね。」


     ★★★


 「ちょっと休憩するか。随分根を詰めて話したから。」


 「うん。」


 「そうだ、ケーキがあるんだった。」


 「本当?瑞月って甘い物好きなの?」


 「特別に好きって訳でもないけど、無性に食べたくなる時があるんだ。」


 瑞月はそう言いながら、ケーキと新しいコーヒーを運んでくれた。


 「ショートケーキだ!美味しそう、いただきまーす!」


 「そうぞ。」


 「美味しい!凄く甘いね!」


 「全然甘さ控えめとかじゃないだろ。」


 「潔く甘い。有名処のなの?」


 「いいや、近所のケーキ屋さん。」


 「へえ。おいしーい。」


 「お前、本当に幸せそうに食べるな。また買っとくよ。」


 「わーい、ありがとう。」


 「どういたしまして。蒼月、お前さ……。」


 「うん?」


 「変な奴だって言われなかったの、今迄。」


 「ああ。何とか無事だったわね。」


 「そりゃ凄いな、逆に。」


 「動物使いの方は、就学前に判っていたのよね、家族で動物園に行って。動物がわらわらと近寄って来てしまったんだけど、両親がそそくさと園から連れ出してくれたから、大事には至らなかったよ。この現象には親もかなりおかしいとは感じていたけど、どうにも説明が付かないじゃない?そういう何かがあるんだろうなって感じで、温かく見守ってくれていたのかな。修学旅行では、奈良の鹿公園は大丈夫なのかって心配していたし。」


 「そうだよ、どうしたんだ?」


 「バスに酔ったとか言って、駐車場で皆を待っていたよ。それでも何頭か来ちゃったけど。」


 「何だか切ない話だな。夢の方は?」


 「子供の頃は色々話した。でも、物語とかゲームとか、そういうのに影響されてるんだろうって思われていたのだと思う。魔幻についてもそう。小学校で、初めて月について習った時は衝撃的だった。魔幻のことは一切触れていないんだもの。その時漸く、皆には見えてないんだって知った。それ迄は魔幻が来てるねって言っても、あれって顔はされたけど、特に深追いはされなかったよ。瑞月はどうだったの?」


 「俺は病院に連れて行かれたよ。」


 「そうだったの!?」


 「所謂メンタルクリニックってとこだな。ヒーリングミュージックが流れている所で、夢について話してって言われた。」


 「どうだった?」


 「うーん、何回か通ったけど、夢がやけに具体的だっていうこと以外は、特に変ったことは無いじゃない。様子見ってことになったんだと思う。」


 「そうだったんだ。ヒーラーの方はどうだったの?」


 「そっちは大丈夫だった。」


 「へえ。ヒーラーの能力の方が直接的だから、騒ぎになりそうなのに。」


 「うん。あのさ、俺もよく覚えてないんだけど、ヒーラーって患部に手当てをすることよりも、相手を抱きしめて癒すっていうことの方が先行するんだ。」


 「まあ。」


 「恐らく、俺が最初に癒しているのは母親だ。どっか切っちゃった、打っちゃったっていう度に、俺は母親を抱きしめていたのだと思う。」


 「優しいね。」


 「え?や、そうじゃなくて……。えっと、抱きしめている間に、母は色んな景色を見ていた筈だけど、それは彼女自身の心象風景だと思っていたんじゃないかな。傷も心も多少楽になっていたとは思うけど、それが俺の仕業だとは思わなかった。小さい時の能力って微々たるもんだしね。患部を直接癒すということを始めたのは、近所の餓鬼と……兄貴だ。」


 「ああ、そうか。」


 「近所の餓鬼は自然に忘れるけど、兄貴は忘れない。俺の物心が付いた時には、もう大きいお兄ちゃんだった。野球をやっていて、怪我ばかりしていて、俺はその度に癒してきた。でも、俺はそれ以上の恩恵を受けていたと思う。瑞月、このことは絶対に誰にも言っちゃ駄目だよ、大変なことになるからなって。案外兄貴と過ごした期間というのは少ないのだけど、俺は教えを守ってきたお陰で騒ぎにならないで済んでいる。」


 「そうか。いいお兄ちゃんだね。」


 「うん。自慢の兄貴だよ。」


 「本当に良かったわね。あなたの場合、お兄さんがいなかったらかなりの大騒ぎになっていたのかもしれない。身体を治したい、命を救われたいっていう人は大勢いるから。残念ながら、王だからといって何でも出来る訳じゃないもの。」


 蒼月はしみじみそう思った。王は、神に近い存在ではあるが神では無い。それでも、瑞月の能力は目立つのだ。蒼月は、瑞月の兄にそっと感謝した。


 「ふふ、キラの顔をしてる。」


 「え?」


 ふと目を上げると、瑞月が微笑んでいた。


 「あ、そう……?」


 「うん。ね、蒼月。今更だけど、お前彼氏いるの?」


 「いないよ。」


 「そうだよな。お前って、顔は可愛いのにちょっと話すと完全に友達タイプだから、うちのクラスでそんな話は――。」


 「どの口が言ってるのよっ!どの口が!」


 「うう……痛いよ!ごめん、ごめん。兎に角、お前は喋らなかったら可愛い大和撫子みたいに見えるんだよ。」


 「…………。」


 「それでも、絶世の美女だった前世に比べると、随分地味だよな。」


 「ふう……。こう言っちゃなんだけど、男ってどうしても容姿のことを最大限に気にするわよね。」


 「最重要事項だ、しょうがない。あ、でも俺は、お前が最高に不細工だったとしても好きになったと思うよ。それも事実だ。まあ、お前は今くらいで十分です。」


 「十分ですって何よ!…………恐らく、本人が望んだのよ。王女ってだけでも注目されるのに、あれでは目立ち過ぎだわ。きっと程々で良いと願ったのよ。」


 「なるほどねえ。美人には美人の悩みがあるってことか。」


 「そういうこと。」


 「お前も結構言うよな。程々って何だよ。並みの女子が聞いたら怒るぞ。」


 「…………。」


 「話が逸れた。だから!お前はうちのクラスではまあ良いとして、他のクラスでは結構人気があるんだよ。今迄フリーだったのが奇跡みたいだ。っていうか、理クラの方で何人か振られてるって聞いたよ。」


 「何でそんなこと知ってるのよ。」


 「そういうのって自然と耳に入ってくるもんだよ。まあ、誰とも付き合わないでくれたのは良かったよ。あと、程々だったことも。」


 「…………。」


 「何で誰とも付き合わなかったの?中学の時もそうなの?」


 「此処は……学生達が切磋琢磨する進学校でしょ!そういうのは二の次なんじゃないの?」


 「何の答にもなっていない。」


 「…………。あのね……昔から、誰某君が好きだとか付き合うとか、そんな話は巷にあった訳よ。」


 「うん。」


 「それは……分かるんだな。そういう気持ちは。」


 「それで?」


 「キラは、ソーマのことが大好きだった。自分のことなんかよりも、ソーマの方がずっと大事だった。だからね、女子のそういう恋心は理解出来るのだけど、私がキラのように誰かを好きになるという実感が全く湧かない。……これで答えになっているかしら。」


 「十分だよ。」


 瑞月は目を八の字にして、にこにこと笑っている。


 「…………。あんたこそ浮いた噂は全然聞かないけど、そういうの無かった訳?」


 「うーん。……正直に話しておくよ。中学の時はあった。」


 「へえ、何?」


 「おばさんみたいな顔をするな。あのね……中二の時、クラスに凄く足の速い女の子がいたんだ。彼女は体育祭の時に、混合リレーの女子アンカーに選ばれていたのだけど、その前日に風邪を引いてしまって、もう帰って明日は休みなさいと先生から言われた。」


 「可哀想に。」


 「うん。それがクラスの総意だったな。彼女の足には誰もが期待していたから。で、彼女があんまりがっかりしているもんだから、俺はこっそりと呼び出して、抱きしめてしまったんだな。冗談みたいに軽く。」


 「彼女にとっては軽くなかったんでしょうね。」


 「そういうことだよ。翌日彼女は元気いっぱいに3人抜きをして、体育祭の花形になった。で……想像付くと思うけど、後から付き合ってほしいと言われた。断ったけど。」


 「何故?」


 「どうしても、そういう風に考えられなかったんだよ。それに、彼女が真剣に思ってくれてるのが分かったから余計に悪くって。諦めて貰う為に、もう少し軽そうな他の女の子と付き合った。すぐに別れちゃったけど。」


 「そう。何とも遣り切れない話だね。彼女にとっても、あなたにとっても。」


 「うん。……やっぱりお前って違うな。」


 「違う?」


 「女子目線だけで話てないんだよな。酷いとか彼女が可哀想とか言われても、仕様がない話なのに。」


 「そう言われていた訳ね。まあ、私はこっちの事情も分かるからね。」


 「そうじゃない。お前は凄く優しいんだ。優しいだけじゃなくて公平なんだ。」


 「そんなことないよ。」


 「いいや。その辺のところ、全然変わってなくて嬉しいやら懐かしいやら。うーん、好きだ。」


 急な告白に、蒼月の頬は火照った。


 「……あ、ありがとう。……ちょっと瑞月!あなた何でそんなに変っちゃったのよ?昨日まで、完全に友達だったでしょ?」


 「それは昨日までの話だろ。俺、お前のことが本当に好きだよ。」


 「それは、私がキラだったから?」


 「それも……ある。でも、それだけじゃない。お前は懐かしいと言って泣いてくれた。酷いことは絶対にしないと言って、こうやって家に来てくれる。何より、お前は俺の前に現れてくれたじゃないか。時空を超えて、約束通りに。それだけで俺には十分だ。」


 「……そうか。」


 「そうだよ。でさ、お前が俺のことをどうとも思っていないのは良く分かるけど、取り敢えず付き合ってる振りだけしてよ。振りでいいから。」


 「出たソーマ!……何よ、それ。」


 「あのさ、好きだの嫌いだのは措いといて、俺達は今後話し合っていく必要はあるだろ?」


 「それはあるわね。……考えたんだけど、こんなに頻繁に夢を見るようになったのは、実はここ1年の話なの。多分、瑞月に会ってからなんだと思う。」


 「俺もそうだ。恐らく、無意識の中で影響し合ってるんだろうな。」


 「うん。」


 「これから、今迄に知らなかった話も出て来るだろう。お互いに触発されて。」


 「そうかもしれないわね。」


 「でさ、こうやってお前が俺の家にちょくちょく来てたら、絶対に聞かれるよ?瑞月と付き合ってるのかって。」


 「うーん。」


 「何て答えるの?付き合ってるって言った方が早くない?」


 「まあ、確かに。……うん、それでいいよ。振りでいいのね?」


 「勿論。お前に彼女っぽくしろなんて言わないよ。ソーマが一生を懸けて大事にしてきた女だ。俺だってお前に酷いことをして、台無しにしたくは無いよ。」


 「えっと、ありがとう……。あの、私も同じテンションだったら良かったんだろうけど、さっきも言った通り、どうにもソーマを好きだったように誰かを好きになるとは思えないんだな。」


 「そうか、俺のライバルは俺ってことか。」


 「何とも複雑で申し訳無いのだけど。」


 「そんなこと気にしなくていいよ。良かった、取り敢えずこれで他の男を牽制出来る。」


 蒼月は、がくっと首を落とした。


 「何それ。……でも、努力はしてみるわね。努力っていうのはおかしいか。人って努力して誰かを好きになるもんでもないしね。考えてみるよ……。元々嫌いだった訳でもないんだし。」


 「ありがと。嬉しいな。」


 瑞月は零れんばかりの笑顔で笑い、蒼月はどきっとした。……うーん、ソーマだ。この人も変わってないなあ……。


 「蒼月。」


 「うん?」


 「あの……ちょっと彼氏っぽくしちゃ駄目?」


 「何よ、ソーマ。」


 「よく分かってるなあ!」


 「夫婦でしたから。……言っておくけど、再会のキスとか無しだからね。キラと違って免疫が無いのだから、あんなキスされたら怖くなっちゃう。」


 「チュってするのは?」


 「…………。」


 「……癒すのは?」


 「む……。それならいい。」


 「うん!」


 その途端、蒼月は瑞月に抱きしめられた。


 ……本当にもう!さっきまで瑞月だったくせに、急にソーマなんだから!

 蒼月は訳の分からない文句を心の中で呟いていたが、胸は早鐘を打っていて、瑞月に聞こえているんだろうなと思うと恥ずかしくなった。


 「凄い鼓動。」


 「分かってるわよ。早く沈めてよ。」


 「お前も抱き返してくれないと。」


 「あ、そう?」


 蒼月は瑞月の背に手を回した。その途端、瑞月の鼓動が胸を伝ってよく聞こえてくる。


 「あなただって、凄くどきどきしてるじゃない!」


 「そりゃそうだよ。こんな風に蒼月を抱きしめることが出来て、胸が柔らかくってさ。」


 「もう……!!」


 蒼月は瑞月を突き放そうとしたが、それは叶わなかった。


 「じっとしててよ。好きな人の鼓動が聞けるって、本当に幸せなことなんだ。」


 「うん……。」


 蒼月は再び、瑞月の背に手を回した。


 「ね、瑞月……。」


 「何。」


 「あの……全然癒しモードになっていないような気がするんだけど……。」


 「そうだよ。だって、念を送ってないもん。」


 「…………。」


 「怒った?」


 「……怒ってない。……あーあ、私も所詮キラなんだわ!」


 「どういうこと?」


 「こうやって彼女の振りをしているうちに、本当に好きになっちゃうのよ!」


 「いいじゃない。いっぱい好きになって。」


 瑞月はぎゅっと蒼月を抱きしめた。


 「そろそろ、ちゃんと癒してあげないとね。……自然界のパワーを貰っておいで――。」


 その途端、蒼月の意識は現在から遠ざかった。



 そこは――あまりにも見慣れた風景だった。何処までも蒼く、深く、ずっと見つめていると空を見ているのではないのかと錯覚してしまう程の青い湖――。

 蒼月は小さく微笑んだ。そして、手取り足取り仕事を、全てを教えてくれた、嘗ての父親に想いを馳せた。

 父様、あなたが決めた許嫁とは、本当に永い付き合いになりそうよ――と。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ