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その後④

 「誰かに言ってくれれば、もっと早く出て来たのに。」


 「僕が勝手に待ってたんだもん。それより、仕事で疲れてるのにごめんね。」


 「いいのよ。私もそのうち行こう行こうと思って、いつも素通りしてたから。いい機会だわ。」


 広い公園のあちこちではステージが設置され、様々なジャンルのアーティスト達が、様々な音楽を演奏していた。夜の公園はファミリーや恋人達で賑わい、屋台も所狭しと数多く出ている。二人はステージから外れたベンチに腰掛け、その様子を眺めていた。


 「この時期、この街はいつもこんな感じだわ。毎日どこかでフェスティバルが行われている。」


 「流石に眠らない街、ニューヨークだな。」


 「うん。……で?話って何?」


 「うん…………。」


 遥眞は大きく深呼吸をした。


 「君が、亡くなった時の夢を見たよ。」


 「あら。」


 翼は意表を突かれたように首をカクンと落とし、恥ずかしそうに頬に手をやった。


 「あら……。何れ見ちゃうとは思ってたけど、やっぱり見ちゃったか。何だか恥ずかしいわね。あの……遥眞、いえ、シューバと言った方がいいのかしら。えっと……私は、あなたに看取って貰えて幸せでした。どうもありがとう。」


 翼はぺこりと頭を下げた。


 「ちょっと、勝手に完結しないでくれる?残されたこっちの気持ちも少しは考えてくれよ!」


 「何?……迷惑だったの?」


 「迷惑?僕はこっちでもあっちでも、散々君を罵り倒したよ。酷い女だ、最低の女だって。」


 「…………そう。そりゃ悪かったわね。」


 「僕はすぐに言ったんだよ。僕だって君のことをとても愛してるって。ずっとずっと好きだったって。」


 「は……?」


 「君、死んじゃってるんだもん。…………本当は、罵りたいのは僕自身だ。酷いのも最低なのも僕だ。何千回でも何万回でも、君に言う機会はあったのに、君が生きているうちに一度も言ってあげられなかった。死んじゃってからじゃ遅い…………。」


 「私を愛してるですって!?」


 「とてもね。」


 「あんなに苛めたのに?」


 「そんなの子供の時だけじゃないか。」


 「大人になっても結構苛めたような気はするけど。でも、そう……ね。シラが亡くなった時に心の誓ったわ。この子は一生分泣いたから、もう泣かすのはやめようって。」


 「ほら、優しいじゃないか。それに、シラが亡くなる前だって君は優しかったよ。殴られても聖水や薬草を届けてくれたし、ごめんねってキスもしてくれた。はいってよちよち歩きのソーマを渡された時は、ちょっと困ったけど。」


 「そんなこと……あった?」


 「あったんだよ。懐いちゃって、家に帰すのが大変だった。」


 「ははは!あら、笑っちゃったわ。でも……あなた、急に口を利いてくれなくなっちゃったじゃない。」


 「え?」


 「無口なのは昔からだったけど、遊びに行っても会ってもくれないし。よっぽど酷いことしちゃったのかなって思ったわよ。」


 「ああ……。だって君、急に綺麗になっちゃうんだもん。おっかなかった筈の女の子がいつの間にか自分よりもずっと小さいし、目とか唇とかきらきらしてるし、胸がどんどん大きくなるし。」


 「どこ見てんのよ!」


 「だから、見てないってば!眩しくって直視出来なかったんだよ。」


 「…………。」


 「所謂、成長の痛みっていう奴なのかな。」


 「なのかなじゃないでしょ!!」


 「本当だよ。今は一応大人で良かったなあ。で、僕は二度とあんな後悔はしたくない。君に愛されていたのは幸せなことだけど、それ以上に胸を抉られるようで気が狂いそうだ。今度こそずっと君のそばにいたい。という訳で、僕との未来を考えて下さい。」


 「はい?」


 「僕は今も、君のことがとても好きなの。」


 「好きなのって……私、セシルじゃないわよ。それに私達、実は二回しか会ってないのよ。」


 「知ってるよ。シューバはセシルが好きだったけど、今の僕は翼が好きだ。この辺のことは何度も考えたけど、結局よく分からない。分かってるのは、僕は君じゃないと駄目なんだってことだけ。きっと魂レベルの話なんだろう。それにさ。」


 「それに?」


 「僕は君に会ったから好きになった訳じゃないよ。」


 「どういうこと?」


 「雑誌の中の君を見た時から、もう釘付けだ。恋に落ちるのはほんの一瞬なんだな。僕の場合、一目惚れどころか、雑誌惚れだ。」


 「ざっ、雑誌惚れ……!!」


 「うん。見た目も、中身も、全部好き。ああ、こうやって好きな人に好きって言えるのはいいなあ。」


 遥眞は幸せそうに笑った。


 「それにさ、考えてみたんだけど、君って強いじゃない。っていうか強そうに見える。でも、そうでもないことを僕は知ってる。魔幻にいた時からそうだった。王が迷っている姿を見せても仕様が無いと言って、いつも堂々としていて自身に満ちているように見えた。だけどそこに至る迄に、君は何度も迷い、悩んで、熟考して、漸く結論を出していた。」


 「…………。」


 「世界のTsubasaさんかあ……。君はこっちでも凄い。世間の人から見たら、ほんの一握りのシンデレラガールに見えるだろう。でも、そうじゃない。十五やそこら、世間では進路やら人間関係やらでゆらゆらしている時期に、君は既に自分の道を見据え、血の滲むような努力をして来たんだろう。」


 「…………。」


 「だからさ、僕みたいなのが隣にいてもいいんじゃない?僕ほど弱くて情けない人間っていうのもそういないから。僕にそういう部分を見せても大丈夫だよ。肩の力が抜けて丁度良いんじゃないのかな。」


 「…………。」


 「まあ、急でびっくりしただろうけど、考えてみて下さい。僕は、何年でも何十年でも諦めないから。」


 「……あなたは、弱くも情けなくもないわよ。」


 翼が、真直ぐな眼差しを自分に向けている。


 「凄く格好いいよ。」


 「え……格好いい?」


 「うん。」


 「そ……そう?じゃ……いいの?」


 「うん。もう好きになった。」


 「好きになった……?」


 「恋に落ちるのは一瞬だってあなたが言ったんじゃない。もう恋に落ちた。」


 「ええっ!?じゃあ、結婚してくれる?」


 「今?」


 「今でもいいけどそのうち。」


 「うん。今度こそ王子様と王女様は結婚して、末永く幸せに暮らすのでした。」


 「えええええ――――っ!!」


 「えーって何よ。そう言いに来たんでしょ。それに何十年も待たれたら、私おばあさんになっちゃうわよ。」


 「夢みたいだ……。信じられない!」


 遥眞は翼を抱きしめた。


 「ね、遥眞……。あなたがそんなことを言いにこんな遠くまで来てくれて、私がどれだけ嬉しいと思ってるの?」


 「だって……長期戦になるだろうと覚悟していたから。」


 「何言ってるのよ。私だって元々好きだったんだよ。」


 「そ、そうか。未だに信じられなくって、つい忘れる。」


 「もう。……ふふ、随分雄弁になったのね。感動しちゃったよ。って言うか、感動して泣きそう。」


 「雄弁なんかじゃないよ!……人一生分の後悔だ。」


 「そうか。」


 「それに多分……雄弁に見えるのは、ちょっと先に生まれた年の功だよ。」


 「そういうもん?」


 「そうだよ。良かった、ちょっと年上に生まれて。本当に信じられないよ……君がこうやって僕の腕の中にいるなんて。君は世界のTsubasaさんなのに。」


 「それは……世間の評価なんじゃないの……?先生?」


 「また君は……そういう意地悪を言って。」


 「世間的なことを言い出したのは、そっちでしょうが。」


 「うん……ごめんね。そう……君は世界のTsubasaだけど、僕の翼なんだ。ずっとずっと僕の翼なんだ!」


 「うん!」


 翼は、嬉しそうににっこりと笑った。その愛らしい様子に、遥眞は思わず彼女の頬に手を当てて口付けた。翼は嫌がることもなく、素直に唇を受けてくれる。


 もう…………。僕は本当に何をやっていたんだ……。あの時だって、ちゃんと言えば良かったんだ。君が好きだ、君と結婚したいって。何度でも、何度でも、振られても、鼻で笑われても。違う……鼻で笑われたりなんかしないんだった。

 それに気付いた途端、心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような痛みが走った。

 ……いや、過去のことを後悔しても、もう取り返しが付かない。過去の分まで僕は彼女を大事にしよう。二人で、幸せになるんだ…………。


 唇を離すと、翼はちょっと俯いて彼の肩を小突いた。


 「え、駄目なの?」


 翼は眼の奥で笑った。


 「短いよ――。」


 時を埋めるかのように、二人は顔を見合わせて小さく笑う。遥眞は彼女の顔を上げさせて、再び口付けた。

 夏を彩る愛の音楽が、風に乗って寄せては返していた。それはまるで新しい愛を祝福するかのように、彼等の周辺にいつまでも鳴り響いていた。

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