その後①
「平和だなあ……。」
良平は、声に出して呟いた。別に声にする必要も無かったのだが、声に出して平和であることを確認したかっただけなのかもしれない。
それは確かに、平和な景色だった。青い空、白い雲、どこまでも続く水平線――。遠くで、子供達の燥ぐ賑やかな声が聞こえている。
「やっぱり夏休みはこうでなくっちゃ。」
良平は再び呟き、デッキチェアに寝そべって、うーんと伸びをした。
「本当にそうよねえ。」
上から声が聞こえて、さっと黒い影が差した。ふと目を上げると、姉の正子が彼を見下ろしていた。
「咽乾いたでしょ。はい。」
正子はレモンソーダを彼に手渡して、自分も隣のデッキチェアに腰掛けた。優しい姉だ、などと思ってはいけない。彼女がこんな時は、絶対裏に何かある。
「ありがと。」
「どういたしまして。でもさ、海もいいんだけど、毎日だと流石にちょっと飽きるよね。」
「そう?俺は全然飽きてないけど?」
「だって、沖縄は今迄に何度も来てるじゃない。」
「何度来ても良い所じゃないか。それに沖縄は奥が深いよ。まだ行ってない場所だっていっぱいある。」
「それは分かるんだけど。でも折角だから、九州の方にも行ってみたいと思わない?」
「いや、別に。俺はこのビーチで充分だ。」
「行ってみたら絶対面白いって。おかあさんも行きたいって言ってるよ。」
「……どこに行きたいんだ?」
「鹿児島。」
「砂風呂にでも入りたいのか?」
「桜島。」
「はあ――!?火山じゃないか!」
「凄いパワースポットなのよ!写真で見たらとても素敵で、無性に行きたくなっちゃった!」
「パワースポットなんて冗談じゃない!しかも何でこのくそ暑い時に、くそ暑い場所へ行かなきゃならないんだ!」
「そういうもんでしょ!夏はカレー、冬はアイス、それが日本人の心ってもんでしょうが!」
「何だ、その格言は!俺は行かない。絶対に行かないからな!行きたかったら船でも飛行機でも使って、勝手に行ってくれ。」
「もう宿取っちゃったもん。」
「嫌だ。俺は海から離れない。俺は海人で島人だ。」
「あんたは生まれも育ちも神奈川県民よ。」
「俺は火山になんか絶対行かない。一生行かないからな。」
珍しく頑固な弟に、姉はふうと溜息を付いた。今回ばかりは、一筋縄でいきそうにないわ……。




