金の小箱を開けたら⑤
「おお!!」
上空で、どよめきが上がった。
「コア!!」
蒼月は叫んだ。
「コア、行って!あの人の元へ!」
竜は大きく旋回し、まっしぐらに瑞月のところへ急降下した。
★★★
「お疲れ!!」
良平は竜の背から、瑞月の肩を叩く。瑞月はぼうっとしている様子で、そのまま前につんのめった。
「何だか……長い夢を見ているようだ……。」
「大丈夫か?」
「ああ、勿論。何だ?火がすっかり消えているじゃないか!」
「コアが消してくれたのよ!」
「瑞月!金の小箱をこっちへ!」
遥眞が、黄の箱を瑞月へと差し出した。
「おお!皆納まってる!こいつも入るからよろしくな。」
瑞月はそう言って、金の小箱を黄の箱へと詰めた。
「キュアは、出来るだけ箱を遠くに放れって言ってたよな……。」
良平は首を捻りながら呟いた。そして、不意に空を見上げる。
「よし!先生、箱をオールジーに渡して、コアから降りて!」
「どうするつもりだ?」
「蒼月、コアを出来るだけ高く飛ばすことは出来る?」
「ええ。」
「上空で、俺は更に空へ向かって瞬間移動する。オールジー、君は最高地点で、テレキネシスを使って箱を宇宙に向かって投げるんだ!」
「分かったわ!」
「そんなことが可能なの!?」
「可能にするんだ!オールジー、悪いけど落下中の瞬間移動は危険だ。君は、俺達二人分の重力を止めなくてはならない。出来る?」
「出来なくてもやるわ!」
「うん。先生、箱を。」
「分かった。篠原、本当に宇宙へ飛び出すなよ!死ぬぞ!」
「対流圏の中で留めておく。」
「うん。……ありがとな。」
遥眞は黄の箱を軽く撫でて、オールジーへと手渡した。黄の沼に還りたいという、箱の望みを叶えられないことを彼だけが知っていた。
「じゃ……行って来る。」
良平はオールジーの腰をしっかりと抱き、蒼月の合図と共にコアは高く高く空へと舞い上がった。
残された者は、その一部始終を見ることが出来た。翼が、未だにテレパシーを送り続けていたからだ。
コアが空の高い位置で静止すると、良平とオールジーの姿は突然消えた。次の瞬間には、良平の目から見た空が飛び込んできた。青い球形の地球を眼下に、オールジーは両手で黄の箱を振り被って、遠く宇宙空間へと投げ入れた。箱は一瞬にして見えなくなった。その後の映像は混濁している。オールジーの、意識を失うまいとしている強い精神力だけが伝わった。やがて、空の上から猛スピードで人が落ちて来て、二人はほんの30メートル程の位置で止まり、ゆっくりと地へと着いた。
「大丈夫か!!」
皆が駆け寄ると、二人はゼーゼーと肩で息をしていた。
「だ……大丈夫よ。ちょっと空気が薄かったから……こんなんになってるだけ。……今喋れてるから、大丈夫。」
「ごめんね!コアとキャッチしようとしたんだけど、タイミングが合わなくて!」
「大丈夫だって。……ああ、終わったな。」
良平は呟いた。
「終わった……。終わった……?いや、終わってない。そういえばキュアはどうしたんだ?」
瑞月は辺りをきょろきょろと見回した。
「ああ……ごめん。」
翼が燃え残った木に凭れ掛かりながら、手を挙げた。
「余りにも情報量が多くて、キュアの意識も一時的に切ってた。済まないわね。」
その途端、キュアの姿が現れた。
「ごめん、キュア。」
「いいんだよ。僕がいても出来ることって何もないから。ありがとう、セシル。皆も、本当にありがとう。」
キュアはぺこりと頭を下げた。
「これで……良かったのか?」
「うん、父様。僕はこれで、月へ行ける。」
「そう……そうよね。あなたはこれから月へ行くのよね。」
「僕はもう逝きたがってるみたいだ。身体もぼんやりして来た。」
確かにキュアの身体は、最初に見た時に比べると随分色が薄かった。それでも蒼月は、実態の無い身体を抱きしめた。
「逝きなさい、キュア。そして月の洗礼に従って、全てを忘れなさい。私達が親だったことも、長い間理不尽な眠りに就いていたことも、今ここであったことも、殺されたことも、あなたに纏わる全てを。」
「全部忘れていいの?」
「いいのよ。でも、一つだけ覚えていて欲しい。」
「何、母様。」
「必ず私達に会いに来て。父様と母様はずっと一緒にいるから、今度こそ本当の親子になろう。今度こそ何があっても手放さないから、何があっても守るから、もう一度私達の元へ来て。」
「うん。」
キュアの眼からぽろりと涙が零れ落ちた。
「泣かないで、キュア。大事なことだから、ちゃんと覚えていて。間違いなく私達の元へ来て、あなたは今よりももっと大きくなるの。沢山遊んで、勉強して、大人になるの。恋をして、結婚して、子供を山ほど作るのよ。」
「うん。……泣かないで、父様。」
「泣いてなんかないよ、何を言ってるんだ?……いいか、母様の言うことが分かったな。……子供は、ラグビーチームが出来るくらいがいいな。手に負えないようだったら、父様と母様が看てやる。お前はせっせと働いて、家のローンを返すんだ。それでも何とか遣り繰りして、じいじとばあばを熱海の温泉に連れて行くんだぞ。」
「よく……分からないけど、約束するよ。だから父様、泣かないで。」
「泣いてないってば。でも、やっと逢えたのにもうお別れかと思うと寂しいな……。」
「もう余り力は無いけど、癒そうか?」
「お前が俺を癒すのはおかしいだろ。俺が癒してやる。」
瑞月は魂を掌で包み、実態のないキュアの身体を抱きしめた。
「キュア…………安らかに逝け。」
「ああ……やっぱり父様って凄いなあ!希望しか湧いて来ない!僕……もう行くよ!よく分かんないけど、最終目標はアタミのオンセンだね!」
「そうだ。」
「そうだじゃないでしょ!……キュア、また逢おうね!」
「父様、母様、ありがと!セシル、シューバ、オルテス、キアリ、皆ありがと!コアも本当にありがとう!またいつか逢おうね!」
キュアは光となった。煌めく光は空に吸い込まれ、やがて見えなくなっていった。
★★★
「行ったな……。」
彼等はずっと空を見上げ続ける。その時、遠い空にバラバラバラバラという不自然な機械音が響き渡った。
「やばい、ヘリだ!直ぐに移動するぞ!」
良平は仲間を見渡した。
「コア!」
蒼月は竜を抱きしめた。
「コア、ありがとう!今だけじゃなくって、ずっと長い間キュアとお話してくれて!こんなんじゃなくってきちんとお礼をしたいのだけど、今は行って。あなたの姿が見つかると、大変なことになってしまう。」
竜は鼻面を蒼月の首筋に当て、意を介したように低く浮かび上がった。そして、皆に見送られながら、焼け爛れた森の奥へと消えて行った。そんな中、
「翼!翼!しっかりしろ!」
遥眞の切羽詰まった声が聞こえた。
「先生、どうしたの!」
「ああ、瑞月!頼む、翼の意識が無い!」
「そりゃそうだよな。あれだけのテレパシーを送り続けていたんだから。翼!起きろ!」
瑞月はぐったりとした翼の身体を抱きしめた。
「……んあ?」
翼はうっすらと目を開けた。
「な、何だ!?」
「君は気を失っていたの!だから俺が癒してんの!」
「へ?そうなの?……う、本当だ。足腰が立たない。私、舞台に立てるかしら……?」
「家に帰ったらきっちり治してやる。足腰は何ともない筈だ、悪いのは頭だ!」
「失礼な……!」
「言い返せるんだから大丈夫だろ。気を失うなよ!」
「……うう、起きてるもん。」
「皆、準備はいいか!」
良平の声が飛ぶ。
「もう二度と戻れないからな、此処が何処だか分からないんだから!翼、しっかり掴まれ!――行くぞ!」
良平の掛声と共に、彼等の姿は森から掻き消えた。彼等の後には、ぷすぷすと燻る白い煙と、バラバラと響くヘリコプターの音だけが残された。




