魔幻~地球~夢の記憶③
うーん、と蒼月は寝返りを打った。
――あれ?目覚ましって鳴ったっけ?
枕元にあるスマホを引き寄せて、時間を確認する。
――遅刻だ!!
彼女はベッドから跳ね起きて慌しく支度を始めた。
急いで庭へ回り、自転車を出す。車に気を付けながらも、普段より勢いよくペダルを踏み込んでいった。
彼女が通う高校は、それこそ全国から人が集まるような進学校ではあったが、幸いにして家から自転車で通える距離にあった。滑るように校門を抜け、猛ダッシュで廊下を走り、自分の席に着いてはあはあと肩で息をする。
前の席の瑞月が振り返った。
「おはよう、蒼月。間に合って良かったじゃん。」
「おはよう。もう駄目かと思った。」
「俺も危なかったんだ。」
「瑞月って学校の近くに住んでるんじゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、何だか最近眠りが浅くて。」
「私も。あー、何か急にお腹が空いてきた。」
「俺も。授業中、ぐーぐー鳴りそう。」
その時担任の英語教師が入って来て、彼等は口を噤んだ。彼は出席を取り終わると一人の女子生徒を指し、テキストを音読させた。アメリカ人なのではないか、と疑う程流暢な朗読は静かな教室に響き渡り、いつしか美しい音楽となっていった――。
★★★
「やあ、待たせたね。」
アークは洒落た彫物を施したドアを開けて、中で待つ賓客に声を掛けた。
そこには三人の人影があった。一人は通称白の女王と呼ばれるエヴァ、もう一人はその夫であるイサ、残る一人が許婚なのであろう。
キラは長いローヴを両手で摘まんで深く頭を垂れた後、見慣れない若い人物に目を遣った。
「あれ……?」
キラは思わず声を上げた。
何処かで会ったような気がするのだ。向こうもキラと同じように、目をぱちくりさせている。
「えっと、君って……。」
ソーマ、とエヴァが窘める。
「ソーマ、先にちゃんとご挨拶なさい。」
「あ、ああ……。えっと、初めまして……じゃないのか、こんにちは。ソーマ・テオ・ショーマ・ユーリス・ホワイトです。」
「キラ・カリシュ・キルラ・セレーナ・ブルーです。」
二人は困惑しながらもお互いに自己紹介をする。
「あ!……今年の新入生?」
ソーマの問いに、キラはおずおずと頷いた。キラも漸く、彼が同じ大学に通う学生であることを思い出した。話をしたことは無かったが、二、三の同じ講義を受けている筈だ。
「まあ、そういう訳なのだ。」
アークは彼等に笑い掛けた。エヴァも悪戯っ子のように、楽しそうに瞳を動かしてキラに話掛ける。
「ねえ、キラ。あなた、学校の男の子に絶大な人気があるって聞いたわよ。もてる女って大変よね、気持ち分かるわ。」
エヴァはがははと盛大に笑った。
「エヴァ、キラは顔だけが美しい君とは違うんだ!一緒にしないでくれ。」
「アーク!人の妻に向かって何てこと言うんだ!」
「そうよ、エヴァに謝りなさい!エヴァは男らしくてがさつで騒々しいけど、顔だけは綺麗で凄く笑わせてくれるのよ。」
当のエヴァは身体を捩って笑い続ける。
「あー、可笑しい。ミノン、あなたも大概失礼ね。」
「最大級の誉め言葉のつもりだけど?」
キラの母親はにっこりと笑った。
「はいはい。えーっと何の話をしていたのだっけ?そう、キラ。あなたが大学でとても人気があるとアークから聞いて、変な虫が付く前に……じゃなくて、折角同じ学校に通っているのだから、そろそろ正式に引き合わせた方が良いのではないかということになったの。」
キラは――恐らくソーマも、この突然の事態を中々呑み込むことが出来ない。そんな中、ミノンは慈愛溢れる聖母のように二人に微笑んだ。
「という訳で、これから二人で親交を深めてらっしゃい。私達はお茶を楽しんでいるから。若い人は若い人同士で……ね?」
ミノンはこれでも母親かと言いたくなるくらい、あっさりとキラを突き放した。
この人だってエヴァに負けていないわ……。
「東のガーデンが花盛りだから、ソーマを案内してらっしゃい。」
「……はい。」
父様が助け舟を出してくれないかしら、とキラはアークに視線をやったが、彼はイサと何やら楽しそうに話し込んでいる。
キラは、じゃ行って来ますと呟いて、ソーマと共に来賓の間を後にした。
★★★
ミノンが言っていた通り、東の庭は春の花が咲き乱れていた。中でも色取り取りのチューリップが見事で、ぽてぽてとした頭を春の穏やかな風に靡かせている。その間を縫うように配置されている、ムスカリとのコントラストがとても綺麗だ。
しかし、キラの心の中はとても穏やかとは言い難かった。ソーマに対して何を話せば良いのか全く分からなかったし、どういう風に対応すれば良いのか戸惑っていた。
取り敢えず、彼女は小道にある可愛いベンチに彼を誘った。
「……………………。」
どうしようもない沈黙が続く。彼だって恐ろしく困惑していることだろう。
ソーマは学校にいる時の簡素な服とは違い、着替えて来ていた。この国の人々の服装は、基本的に細身のスラックスにシャツを重ね、腰を帯で結ぶ。貧しい者は下穿きにTシャツを着ているような感じだが、豊かな層になるにつれて布を幅広く使い、袖も丈も長くなる。釦や留め具、レースやリボンなどをあしらい、次第にそれはチュニックのようになり、ワンピースのようになり、ゆったりとしたチャイナドレスのようになって、重ねる枚数も増えていく。その上に季節に応じたローヴやマントを羽織るのが一般的だった。
ソーマは踝まである濃紺のスラックスの裾をブーツの中にたくし込み、その上に白と薄青のシャツを二枚重ねていた。膝まであるシャツを質素ながらも質の良い金糸の帯で結び、幾何学模様の刺繍を散らした深い青のマントを纏って、学校で見る時よりも随分立派に見えた。
青の宮殿を訪れるに当たって、敬意を払ってくれているのわ……。
キラは気付き、申し訳無いような気持になった。彼女は学校から帰ったままの服装だったからだ。
そんな彼女の戸惑いを知ってか、小鳥達が集まって来た。鳥だけではなく蝶や蜂も寄って来て、少しの間羽を休めては、また何処かへと飛び去ってゆく。
「本当にキーちゃんなんだな……。」
ソーマはぽつりと呟いた。
「……うん。」
「まさかなー!」
彼は大きな溜息を付いて空を見上げた。
「まさかって?」
「まさかさ、今年凄い美人が入って来たって男共が騒いでいたあの子が、キーちゃんだとは思わなかったんだよ。」
「…………。」
「お前、何でそんなにゴージャスに成長しちゃったの?もう少し地味でも良かったのに。俺の友達も何人かお前に振られてるよ。物凄くもてるだろ。」
「……うん。」
「お、全肯定したな。」
キラはちょっと不思議な気持ちがした。さっきまでこの人に対して何を話せば良いのか考えあぐねていたのに、何だか話しやすいわ……。
「だって本当に知らなかったんだもの。何処へ行っても、姫様今日もお綺麗ですねって言われ続けると、それは完全な社交辞令だと思うようになるじゃない。……ね、男の子って話もしたことが無いのに、何故告白したり手紙をくれたりするの?」
「美人だからだよ。」
「……あ、そう。」
「お前、本当にお嬢様だな。今迄何処にいたの?」
「ずっと家庭教師だよ。王女の公務としての仕事はしていたから、内に籠りっぱなしという訳では無かったけど。でも……先生はとても博学な人なのだけど、大学に行きたいと思うようになったの。勉学だけでは無くて人としての幅を広げる為に。」
「うん。」
「で、正直に先生に言ってみたら、彼女もそう思っていたらしくって今に至るって感じ。」
「へえ。じゃあ今回が本当に初めての学校なんだ。」
「そう。ソーマは?」
「俺はずっと市井だよ。」
「あなたのご両親らしいわね。」
「まあね。あーあ、それにしてもなあ……お前がキーちゃんだったなんて。学校中の憧れの的が。」
「ソーマは私のこと気にならなかったの?」
「うん、全然。俺は心に決めた人がいるから。」
「あ、そうなんだ……。」
「俺は許婚と結婚するんだ。」
「…………。」
「ずっとそう決めていたからな。正直、その実感が全然湧かないっていうのはあるけど。」
「ソーマはそれでいいの?」
「勿論。キラはどうなの?」
「私もそれでいい。」
「へえ。理由を聞いていい?」
「そうね……。まずご覧の通り、私は同世代の男の子というものがよく分からないの。うちの両親があなたと結婚して幸せになれると思っているのなら、そうなのだと思う。」
「恐ろしく素直だな。」
「よく分からないから自分の目を信用していないのよ。それから……あなたはエヴァとイサの子でしょ。この二人に育てられているのだから、きっといい人なのだと思うわ。」
「うーむ、微妙。お前、人を信用しすぎだよ。」
「それに……。」
「それに?」
「それに……何より、私はあなたに誓っちゃってるのよ!あなたと結婚しますって!……私は子供すぎて、誓いのキスにそんな深い意味があるなんて知らなかったのだけど、誓いは誓いよね。約束は守らなければならないわ。」
「なんとまあ、律儀な。」
「そんな訳で、私は私なりに納得しているから大丈夫よ。」
「それはどうも。考え無しに誓わせちゃって、悪かったような気もしてきたけど。」
「気にしないで。それにしても、何だってこんなに急なのかしら。私、前に言ったことがあるのよ。許婚がいるのだったら会わせてほしいって。結婚するんだったら、親睦を深めておいた方が良いのかなと思って。」
「俺、何でだか知ってるよ。」
「え、何で?」
「俺はさ、キーちゃんとは次いつ会えるのって散々聞いたんだ。あんまりしつこいもんだから、とうとう教えてくれた。」
「何だったの?」
「うん……。緑の女王と紫の王がいるだろ?」
「セシルとシューバのこと?」
「そう。元々この二人にも、そんな話があったらしいんだ。」
「まあ、そんなことが!」
「二人の両親も幼い頃から慣れ親しませた方が良いと思って、小さい時から頻繁に会わせていたのだけど……。」
「けど?」
「ほら、二人はあんな性格だろ?セシルはシューバを見つけると、弱いから鍛えると言っては殴り、シューバはセシルの姿を見ただけで恐ろしくて逃げるようになってしまった。」
「そ、そうだったの?でも、セシルは怖いと言うより、きっぱりさっぱりした気持ちの良い人だと思うし、シューバは弱いというよりも、つい何でも引き受けてしまうお人好しのような気がするけど……。」
「だから、時期が悪かったんだよ。」
「……。」
「今となっては二人とも国に貢献している立派な人なのだけど、この二人が会うには時期が早過ぎた。」
「何となく読めてきたわ……。この例のようにならない為に、婚約者がいると言って一度だけ会わせておいて、親しくなり過ぎないようにしたのね。」
「多分ね。だっておかしいだろ。数多くある式典の中で、一度くらい顔を合わせていても良いじゃない。それが全く無かったってことは……。」
「わざとね。」
「そういうこと。」
ふう、とキラは大きな溜息を付いた。
「結婚するの、嫌になった?」
ううん、とキラは慌てて首を振った。
「ごめんなさい、そんなつもりはないわ。ちょっとびっくりしただけ。」
「そう?」
「ええ。まあ、それはそれで良かったのかもしれないわね。幼少の頃から頻繁に会っていたのなら、私も追い掛け回して殴っていたのかもしれないわ。」
「それは絶対に違うと思う。」
ふっと楽しそうにソーマは笑い、キラも釣られて笑った。
その時、二人の間に風が流れた。それは、嘗ての牧草地での一時のまま、ずっと今に続いているような懐かしい感覚だった。
やがて、ソーマはベンチから立ち上がると片膝を付き、胸に手を当てて丁寧に礼をした。
「えっと……結婚して下さい。何だか慌しい再会ではありますけど、末永く宜しくお願いします。」
キラもローヴを摘まんで深々と礼を返す。
「はい。こちらこそ、不束者ではありますが宜しくお願いします。」
彼等は取って付けたようなお互いの挨拶に可笑しくなって、思わず笑った。
「実感が湧かないのはあるけどさ、婚約者っぽくしていったらそれなりにそうなってくるかもしれないから、適当にやっていこうな。」
「婚約者っぽくって?」
うーん、とソーマは顎に手を当てて暫くの間考え込む。
「……そうだな。再会のキスでもしてみる?」
「ええっ!!」
「や、別に無理にとは言わないよ。」
「あ、ごめんなさい……。あの、私は別に構わないのだけど、いいのかしら。」
「いいのかしらって?」
「何ていうか……私達はその……11年振り?の再会な訳でしょ。誓いのキスに比べてそんなに形式的でいいのかなって……。」
「む……。言われてみればそんな気もするな……。再会のキスはもっと後に取っておくか。他に何かあるかな……。キラ、お前はどうやって学校まで通っているの?」
「馬車で。ソーマは?」
「俺は馬で。じゃあ、明日から俺が送り迎えをしてあげるよ。」
「そんな、悪いわ。」
「馬を使えばこっちへちょこっと寄るくらい、何てことないよ。何か婚約者っぽくない?学校への送り迎えをするって。」
「そう?ソーマが大変じゃないのならいいけど……。」
「全然大変じゃないよ。方向一緒なんだし。明日から馬車はいいから。青の門の前で待ってろよ。」
「ありがとう。」
「どういたしまして。そろそろ行くか。」
「ええ。」
キラの前に腕が差し出された。
「自分の家でエスコートされるのって恥ずかしいわね。」
「婚約者っぽくない?親は喜ぶと思うよ。」
「確かに。どうもありがと。」
キラは差し出された腕に自分の腕を絡めた。そして、このまま両親に会うのは気恥ずかしいわと思いながらも、来た時に比べると考えられない程穏やかな気持ちで、風にそよぐ東の庭を後にした。
★★★
王の住まう七つの宮殿は、王の山と呼ばれる山に点在している。
実際、それほど高さがある山ではないが面積が広く、なだらかな坂道が悠々と延びている。青の門に繋がる道は壮麗で整然と整備されていたが、ソーマはそこから逸れて狭い小道に馬を遣った。
やはり、そっちの道を行くのね――。
キラも馬で移動する時はその道を使う。小道は山の中に無数とあり、道幅が狭く急斜面ではあるが、公道を使うよりもずっと早く下へ降りられるのだ。それが分かっていても、キラは落ち着かない気持ちだった。こうやって誰かに乗せて貰うのは、本当に久し振りのことだった。
相乗りってこんなに肌が密着するんだわ……。
馬に乗っているだけなのに、やけに緊張する。朝の静寂の中、賑やかな鳥の囀りだけが深い山に響き渡っていた。
「ね、目白がいるよ。」
ソーマが前方を指差しながら言った。彼が指した方向には、数羽の目白が忙しなく枝を替えながら、花の蜜を吸っていた。
「本当だ。」
「朝の山っていいよな。俺、通学の道が凄く好きなんだ。」
「へえ、そうなんだ。」
「一人でも楽しいけど、婚約者殿と一緒だったらもっと楽しいかなって思ったの。」
この人は……と、キラは沈黙する。
この人は、物凄くおおらかな人なのだわ。妙に安穏とした空気を持っている。……そういえばこの人、ヒーラーなんだっけ……。
そう気付くと、キラの緊張は和らぎ肩の力が抜けた。
「ええ、とっても綺麗ね。馬車の中から見るのと全然景色が違うわ。」
「だろ?良かった、気に入って貰えて。」
ソーマは嬉しそうに目を細めた。キラはそんなソーマの様子を伺いながら、昨日から気になっている疑問を口にした。
「ね、ソーマ。こうやって送り迎えして貰うのはとても嬉しいのだけど、このまま学校へ着くと皆に聞かれるわよね。何て答えるつもりなの?」
「え?」
キラの問いに、ソーマは目を見開いた。
「正直に答えるよ。キラが婚約者だったから送り迎えすることにしたって。何か困るの?」
「ううん、困らないわ。只、何て言うのかなと思って。」
「お前はどうするの?」
「……そうする。」
「そうしな。何よりお前の決まり文句じゃないか。親の決めた許婚がいるからお付き合い出来ませんって。」
「よく知ってるわね……。」
「振られた奴が多過ぎるんだよ。あ!でも、俺が白の王子だってことはほんの数人しか知らないから言わないでね。」
「うん、言わない。」
キラは昨日から抱えていた小さな悩みが解決して、ほっと一息付いた。
「それにしても、凄え髪。ブロンドで前が眩しいなんて初めてだよ。昔からこんなんだっけ?」
「ううん、子供の時はもっと薄かった。」
「そうだよな。」
「ソーマは真直ぐで綺麗な黒髪ね。一つ結びにして、わざとシギとお揃いにしているの?」
「そんな訳ないだろ。俺が馬に合わせてどうする。」
「いいじゃない、仲良しっぽくて。私にとっては馬だろうが人だろうが、生きようとしている生命は全て美しいの。」
「独特の価値観だな。」
「変なの?」
「いいや、ちっとも。お前だけが持てる、お前だけにしか持てない、王の価値観だ。大事にしろよ。」
「そう。……ありがとう、大事にする。」
「うん。……ね、キラ。」
ソーマは内緒話をするように、少し声を潜めた。
「なあに?」
「再会のキスの話だけどさ……。」
「うん。」
「やっぱり今しない?」
「ええっ!!」
「やだ?」
「……別に構わないけど、何故?」
「大事にとっておきすぎて、しそびれると嫌だ。」
「あ……そう?私も……特に拘りがあって言った訳じゃないから……いいよ。」
「じゃあ、する。」
ソーマは山道で馬を止めて、キラの肩を寄せた。
「えっと……再会を祝して。」
「再会おめでとう……?」
「ありがとう……?何か変だな。ま、いいか。」
二人は11年前と同じように、ちょっと顔を寄せて唇を合わせた。子供の頃とは違い、何やら照れくささが残る。
「ふふ、いいね。女の子とキス。」
ソーマはとても嬉しそうだ。
「キスが初めてなの?」
「いや、初めてはお前とだろ。それから、まあ色々……。王子にとって、キスは半分仕事みたいなもんだからな。お前だってそうだろ?」
「ええ、まあ。」
「だから、そういう柵みたいのが無いのは、いいね。」
「そう言われてみれば、そうかも――。」
言い終わらないうちに、ソーマに唇を塞がれた。さっきとは違い、唇を強く吸われる。
え?え?え――っ!?
混乱しているキラの舌に柔らかいものが触れた。ソーマが、キラの舌を求めていた。
――こ、これは、受けるべきなのかしら?どうしよう――!?
キラは迷いながらも次第に何も考えられなくなり、必死にソーマの口付けを受けていた。
唇を離した途端、彼女はソーマの胸に顔を埋めた。
「……キラ。」
「…………。」
「キラ。……怒ってるの?」
「……怒ってない。……もう!!何てキスするのよ!!」
「やっぱり怒ってる。」
「あなた、女の子にはいつもこういうキスをしてるの!?」
「まさか!それは問題だろ。面倒な事が起きそうだし。……でも、婚約者だったらいいかなって。」
「…………。」
「お前、全然変わってないな。優しくって可愛くって、俺が無茶振りしても結局受け入れてくれるんだ。」
「……な、何でそうなっちゃうのかしらね。……思い切り流されてしまったわ。」
「ごめんね。嫌だったらもうしないよ。」
ソーマは叱られた子犬のような目をしている。
「…………嫌じゃない。」
キラは俯いて呟いた。その途端、ソーマは嬉しそうにキラを抱き寄せる。
「お前って本当にいい奴だな!」
「何だか恥ずかしいわ。父様と母様がこんな風にキスしてるのは見てたけど、人のを見るのと自分でするのでは全然違うのね。」
「でも……婚約者っぽくない?」
「……ぽい。」
「段々近付いて来たじゃないか。……そろそろ行くか。婚約者とキスしていたので遅くなりましたとは言えないからな。」
「やだ!そんなこと絶対に言わないでよ!」
「言う訳ないだろ。今日は誰かに二、三発殴られる覚悟はしてきたけど、そんなことを言ったら殺される。」
「えっ、そうなの!?」
「冗談だよ。さ、しっかり掴まってろよ。飛ばすぞ。」
「うん。」
シギはソーマの合図と共に、軽やかに山を駆け下り始めた。