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金の小箱を開けたら④

 「ヤグナ……!ヤグナ!どこにいるんだ!!」


 瑞月は森に向かって叫び続けた。その時、


 「煩い!!」


 瑞月と翼の前にぱっと火の手が上がり、骸骨が現れた。


 「お前等に係り合っている暇は無い!…………おかしい。文献によると、火の手はこんなもんじゃなかった筈だ……。」


 骸骨は、おかしい、おかしい、といつまでも呟いている。執着しているその姿に、瑞月は壊れた楽器の音を聞いているような、ある種の狂気を感じた。妙に引き摺られそうな感覚を覚えながらも、瑞月は平静を装ってヤグナに話し掛けた。


 「で、ヤグナ。お前はどうしたいのさ。こんなに森を焼いて。」


 「無に還してやるのさ!命だってそれを望んでいる!」


 「そんなの本人でないと分からないよ。」


 「分からしてやるさ!当然お前等も道連れにしてやるからな!」


 気狂いじみた笑い声とともに、新たな火の手が上がった。瑞月と翼は、あっと声を上げて後退った。


 「道連れには出来ないよ!」


 「必ずしてやる!」


 「ならないんじゃなくて、出来ないって言ったんだ!」


 「同じことだ!」


 「違う!ヤグナ、お前は俺の肉体を無にすることは出来るかもしれない。だけど、魂は無に還らない!」


 「あ…………!」


 骸骨は、顎が外れそうなくらい大きく口を開けた。真暗な空洞の奥に、向こう側でごうごうと燃え盛っている炎が見える。


 「何、基本的なことを忘れてるんだ?俺が死んでも、俺の魂は魔幻へ行き再び生まれ変わる。無には還らない。」


 「ウオ――――!!」


 ヤグナは咆哮し、辺り一面火に包まれた。


 「煩い!煩い!煩い!!必ず道連れにしてやる!全部無にしてやる!」


 「だからそれは無理だって言っただろ!それよりお前、どうすんの?お前だって魔幻人の魂なんだよ?何れ月へ行って、全てを忘れて、地球人として生まれ変わるんだ!!」


 「ギャ――――!!」


 骸骨は狂ったように叫び続けた。叫びはやがて途切れ、啜り泣きに変わり、ウオッウオッと喘ぐ声だけが、薄気味悪く辺りに響き渡っていた。


 「…………お前には分からない。」


 「分からないって何が?」


 「何もかもだ。いつも綺麗な顔をして恵まれた環境にいて、こっちでもあっちでもだ!」


 「ふうん。今の俺とお前じゃ随分違うけど、向こうではかなり似ていたと思うよ。寧ろ、似た環境にいた数少ない人間だったと思うけど?」


 「全然違う!!」


 「そう?ま、落ち着けよ。大分混乱しているみたいだ。」


 「…………。」


 「落ち着けって。」


 瑞月が近づくと骸骨は後退る素振りを見せたが、凍り付いたように動けないようだった。


 「そう怯えるなよ。ヒーラーは、人を怯えさせるようなことなんて何も出来ないんだ。」


 「…………。」


 「…………ヤグナ、癒してやる。」


 瑞月は、骸骨の中央で光る弱々しい光に手を触れた。


 「キュア…………。」


 骸骨は呟いた。その瞬間、瑞月の胸にズキッと痛みが走ったが、堪えてやり過ごした。

 ……こいつに、キュアが殺されたんだ。でも、キュアの為に、今はこいつを癒すしかない……。


 「ヤグナ、大分疲れているみたいだ。この際だから、全部吐き出してしまえば?」


 その途端、ヤグナの思いが濁流のように流れ込んで来た。瑞月に人の意を操ることは出来ない。だが、翼のテレパシーを介して、ヤグナの過去の記憶が波のように押し寄せて来た。


     ★★★


 「邪魔をするな!鬱陶しい子だね!」


 母親の顔は覚えていない。しかし、何度も殴られた身体の痛みだけは鮮明に覚えていた。父親の記憶は無い。その代わり、母親の横には常に違う男がいた。


 「……母さんは?」


 彼は髭の長い男に尋ねた。


 「出てったよ。」


 「出てった?」


 「ああ。男と出て行った。お前は捨てられたんだ!」


 「捨てられた?」


 「ああ……俺もな!」


 その途端、彼は髭の男に殴られた。


 「これからは、お前が母さんだ!」


 彼はベッドに押し倒されて服を引き剥がされた。押さえ付けられ、体中を殴られる。肛門に耐えられないような痛みを感じた時、彼は無になった。心の中の、何も無い空間に身を委ねる。その時、男の動きが止まっていることに気付いた。彼は、机の上にあったナイフで迷うことなく男の咽を突き、二度と家には戻らなかった。これが彼の中の最初の記憶であり、最初の能力の発露でもあり、最初の殺人でもあった。

 月日は流れる。この辺の記憶も定かでは無い。彼は生きたいと思ったことは無かった。命があったから生きていた。彼にとって、生きることと死ぬことは同義語だった。そして、殺人とは生きる為の最良の手段であり、それは歳を重ねる毎に益々エスカレートしていった。下手に証拠を残さない方がいい……。彼は、自分が盗み、奪い、脅した相手を、躊躇うことなく殺していった。

 十歳の時、不覚にも彼は捕まった。それから彼の生活は一変した。そこには馬鹿々々しい程の贅沢な空間があり、全てが茶番に思えた。彼を撫で、抱きしめ、連れ回す多くの高貴な手も、彼にとっては煩わしいだけだった。彼にはもう罪を犯す必要が無かったが、彼の日常は余りにも退屈だった。自分に命乞いする声や、泣き叫ぶ悲鳴を聞きたいと発作的に思うようになり、彼は本能のままに行動した。唯一彼が満足していたのは、自分の仕事だった。……確かに、この仕事だけは意義がある。

 それでも、夢は見た。もう覚えていない筈なのに、母親に罵られ叩かれている夢は、時折無意識の中に現れた。しかし、その日は違っていた。殴られて何度も謝っていた筈なのに、急に母親の姿は消えていた。彼は花畑の中で昼寝をしていた。柔らかい日差しが降り注ぎ、虫の微かな羽音がして、花の香りに包まれている。こんな甘美な気持ちは初めてだった。余りにも幸福な思いに怖くなって、彼は目を開けた。彼は、細い子供の腕で抱きしめられていた。


     ★★★


 「……大変な人生だったんだな。」


 瑞月は吐きそうな気分を抑えてそう言った。


 「アウ…………。」


 ランダムに現れる彼が築いて来た過去は彼自身を苦しめ、ヤグナの人格は崩壊しつつあった。いや、もうとっくに、魔幻にある時から崩壊していたのかもしれない。


 「花畑が好きなの?」


 瑞月は聞いてみたが、骸骨はイヤイヤをするように何度も首を振った。


 「嫌なのか。そう、何でだろうな。」


 「…………キレイ。」


 「ああ、綺麗だから嫌なのか。お前は何が好きなんだろうな。」


 「ワカンナイ。」


 「そうだよな、そういうのって自分じゃわかんないもんだよな。……あのさ、俺にはお前の好きな場所が分かると思うよ。」


 「ナンデ。」


 「………………キュアだから。」


 「キュア…………。」


 「大丈夫だよ、ヤグナ。ちょっと力を抜いて楽にしてくれれば、君が最も落ち着くところが分かると思うよ。」


 「ウン……。」


 瑞月は片手でヤグナの魂に触れたまま、片手で骸骨の肩を抱きしめた。その瞬間、全てが闇となった。


     ★★★


 何も無い暗闇の中で、骸骨はゆらゆらと揺れ、その中央でか弱い光が残像を残していた。瑞月の手には確かに魂の感触があったのだが、自分の姿はなく、まるで遠い所からそれを眺めているような感じだった。


 ……静かだな。


 ……ウン。


 ……此処が、お前の行きたい場所だったんだな。落ち着くところだね。


 ……オチツク。


 ……此処なら、お前を傷付けるものは何もないよ。連れて行ってあげようか。


 ………………。


 ……嫌なの?


 ……キュ……キュアハ?


 …………キュアは…………後から行く。


 ……イマジャナイノ?


 ……キュアは、花畑で用事を済ませてから、後で行くよ。


 ……ジャ、マッテル。


 ………………ああ。


 瑞月は、光る魂をそっと掌で包み込んだ。


 ……船で行くんだ。ちょっと揺れるよ。


 瑞月は魂を、静かに骸骨から外した。もう片方の手でポケットを探り、金の小箱の蓋を開く。そして、箱の中へと滑り入れた。


 ………………お休み、ヤグナ。


 金の小箱の蓋は、パタンと閉じられた。

 

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