表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/46

再会②

 会合は瑞月の家で行われた。良平が前もって下調べをしていた、程よく込み合ったエリアから一気に移動したのだ。一人暮らしには不自然過ぎる巨大なダイニングテーブルは、今日は六人の人間が席を埋めて、賑やかな様相を見せていた。


 「あの時代のまま会議の続きをしているみたいね。」


 翼が可笑しそうに笑った。


 「俺は……何だか感慨深いよ。皆、ありがとな。俺の遺言をきちんと実行してくれて。」


 「いや、君が礼を言うのはおかしい。皆本当にありがとう。」


 「そんな礼はいいって言っただろ!セシルじゃないけど馬鹿じゃないのって言うぞ。」


 「君だってありがとうって言ってたじゃないか!」


 「そうだよ!こっちの二人にはまだ言ってないもん!」


 「ちょっと!のっけから何バトってるのよ。お礼なんか何回言ったっていいじゃない。」


 「君……丸くなったなあ。」


 「喧嘩売ってるの!?」


 「――皆聞いて!!」


 オールジーが青ざめた顔で叫んでいた。


 「全ての責任は……私にある。」


 部屋は、水を打ったように静まり返った。彼女は小刻みに震える手を隠すかのように両手を組み、肩を上げて大きく深呼吸した。そして、蒼月と瑞月の前で膝を付くと深々と頭を下げた。


 「本当に、本当に、申し訳ありませんでした。私が……キュアを殺してしまったのよ。」


 「…………。」


 瑞月は立ち上がってオールジーの前で膝を付き、彼女の顔を上げさせて目の高さを合わせた。


 「オールジー、ちゃんと顔を上げて。……君が金の小箱を作ったの?」


 「はい。」


 オールジーは震えながらも、瑞月の目を見てはっきりと返事をした。


 「ねえ、オールジー……。」


 蒼月も呼び掛けながら、床に膝を付く。


 「あなたは亡くなってしまっていたけど、私達沢山のことを話し合ったわ。それで出た結論……いえ、結論なんて出ていないわね、話し合った結果、私達は少しずつ、それを罪だと思う自覚も無く、罪を犯していたということに気付いたの。ヤグナを野放しにしてきたというね。あなたは……そんな狭間に身を置いてしまったのではないかと思うの。でも――忘れちゃ駄目よ。悪いのは私達じゃない、ヤグナなのよ。……セシルの受け売りだけどね。」


 「許してくれるの……?」


 「ええ。」


 「どうして、そんなことが言えるの!?私はあなた達の子供を殺したも同然なのよ!!」


 「だから、あなただけの責任じゃないって言ったでしょ。それに、あなたはちゃんと私達の前に現れてくれたじゃない。オルテスの遺言を聞けなかったのに。」


 「そうだよ。君の勇気は、尊敬に値すると思うよ。」


 「ありがとう…………。」


 「それよりも、何故ああいうことになってしまったのか、その経緯を知りたいわ。こればっかりは、どうしてもあなただけにしか分からないことだった。」


 「勿論、そのつもりで此処にいるわ。」


 「やっと……本当にやっと、謎が解けるな。ほら、いつまでもそんな恰好をしていないでちゃんと立って。前に習っただろ、王は簡単に膝を付いちゃ駄目だって。」


 「あなたは……常に膝を付いて、転げ回っていたような気がするわ。」


 オールジーの呟きに、二人は顔を見合わせて小さく笑った。息を呑んで成り行きを見守っていた他のメンバー達も、緊張が解けたかのようにふうっと息を吐いた。


 「お話するわ。何故……私が金の小箱を作ってしまったのかを。」


 オールジーは、一人一人を見渡した。


 「……あの日、ヤグナは私の工房を訪れた。私は彼が、黄の箱の返却に来たのだと思っていたのだけど、そうでは無かった――。」


     ★★★


 ……君に頼みがあるんだ。


 ヤグナは気さくな感じで、草を編んだ敷物の上に胡坐を掻いてそう言った。


 ……何かしら。


 ……キアリ、金の小箱を作ってくれないか。


 ……は?……ヤグナ、何を言っているの。あれは現代、必要の無い物よ。


 ……君には作れる筈だ。


 ……作れても作らないわよ。


 ……今生最期の頼みだとしても?


 ……何ですって?


 ヤグナはキアリに背を向けて、背に掛かる黒髪を掻き揚げた。


 ……まあ、ヤグナ……!!


 ……今生最期の願いだ。


 ……そうだったの……。でも、それとこれとは話が別だわ。理由を聞かないと。


 ……俺は、死ぬのは構わないのだが、もう再生したくはないのだ。


 ………………。金の小箱に入れたいのは、あなたの魂なのね。


 ……そうだ。


 ……でもヤグナ。月の洗礼を受けない限り、あなたはあなたの記憶を持ったまま納められることになるわよ。それがどんな状況なのかは想像も付かないけど、酷く辛いのではないかしら。離解の魂とは別物だわ。あれは自身の記憶は無く、もう生まれ変わりたくないという意志だけのものだから。


 ……そんなことは俺の方がよく知ってるさ。俺はもう、本当に生まれ変わりたく無いのだ。もう一度生を受けるくらいなら、俺のままで永遠に寝ている方がましだ。


 …………どうするつもり。


 ……黒の砂漠で、地中深くに箱を埋めておくよ。俺はそこで死ぬ。金の小箱は、箱の内から外へは出られないが、外から内へ入る分には問題ないんだろ。


 ……ええ、まあ。でも、一度入ってしまったら外に出られないわよ。


 ……それを望んでいるのだ。


 ………………そう。……分かったわ、会議に掛ける。


 ……駄目だ!!


 ……それは無理よ。全員が賛成してくれないかもしれないけど、あなたの意志を尊重して私も説得してあげるから。


 ……駄目だ!!


 ……どうしてよ!


 ……駄目だ。愚図愚図会議に掛けているうちに、俺は死ぬぞ。それに金の小箱だってすぐに作れる訳ではないだろう?


 ……これだけは譲れないわ。会議には掛ける。


 ……分かった。……では、お前の子供を殺す。


 ……何ですって!?……卑怯者っ!!


 ……何とでも。お前が金の小箱を作らなかったら、俺はお前の子供を殺す。


 ……殺させはしないわ。


 ……幽閉でも何でもすればいい。だけど、お前は俺が何なのか分かっているのか?


 ………………。


 ……俺は時使いだ。どうにでも出来る。


     ★★★


 「結局――私はヤグナに言われるがままに、金の小箱を作ってしまった。それが、あんな結果を招くことになるなんて……。」


 「そうだったのか……。」


 良平は呟き、誰もが深い溜息を付いた。翼が唇を震わせながら叫んだ。


 「何て卑怯なの!心の根から腐り切ってる!」


 「全くだ。いつかどこかで気付いてくれたらと、願いを掛けて来た我々が馬鹿みたいに思えてくる。処刑するにしか値しない、真の犯罪者だ。今になってそんなことに気付くなんてなあ……。オールジー、辛かっただろう、そんな記憶を抱えて。」


 「何度……死のうと思ったか……分からないわ……。」


 張り詰めた彼女の表情に、誰もがはっと息を呑んだ。……そうだ。この人はたった今告白するまで、一人で辛い記憶を抱えて来たのだ。オールジーは皆に見つめられていることに気付くと、慌てて手を振って少し笑った。


 「皆は、前世の夢を見始めたのはいつ頃?」


 そうだな……と、首を捻りながら良平は答えた。


 「俺達学校組は、高校入学と共に頻繁に見るようになったということで一致している。ここ一年ちょっとで急激に見るようになったよな?」


 「ええ。」


 「そう。やっぱりそれ位が自然な発露なのね。」


 「前世の知り合いと実際に会っている、ということの方が大きいだろうけどね。翼みたいにテレパスではないけど、深いところで呼応し合っているんだろうな。蒼月と瑞月は、同じ夢を同じ時間に見ることが多いらしいし。君はどうだったの?」


 「私は……十歳の時に、全てを思い出してしまったの。」


 「ええっ!!」


 「酷く風が吹き荒れた晩の、翌日のことだった。無い筈の場所に突如として崖が出来ていて、私は足を踏み外して転がり落ちてしまった。余りにも思い掛けなくて、念力で自分を浮かせることすら出来なかった……。怪我は大したことなかったのだけど、私は発熱して何日も寝込んだ。そして……崖から落ちた時のショックで、全ての記憶を思い出してしまった……。」


 誰もが固唾を呑んで、彼女を見つめた。彼女の流暢な日本語は、淡々と文字を紡いでゆく。


 「それからは惨憺たる日々だったわ。……私は子供を殺した、私は子供を殺した、私は自分の子供を守る為に、罪も無い、王になる子供を殺してしまった……。言葉は呪文のように、常に私に囁いていた。部族の者は誰もが心から心配してくれていたのに、私には全ての人が私の罪を知っているように思えて、誰とも喋らない、笑わない子供になってしまった。

 ――誰も知らないところへ行きたい――

 それだけが私の望みだった。……私は勉強に没頭した。幸いネイティブアメリカンには多くの優遇された制度があって、私はそれを利用しながら医師になった。誰かを救いたいなどと思ったことはないわ。これからずっと一人で生きていかなくてはならないのだから、最も確実な職業を選んだだけ。……私は卒業と共に、恵まれない地域を支援する法人に所属した。理由は……もう分かるわよね。私は私のことを誰も知らない場所に行きたかった。だけど、実際にその現場に入る為には、本土以外の先進国で幾つかの研修を受ける必要があって、私はその研修先として日本を選んだ。知っている人は誰も希望を出していなかったから。……語学だけでみっちり一年。その後研修医として二年。……本当に不思議よね、あの頃皆と会うこともなく、今こうしてまた日本にいる……。」


 オールジーはそう言って、窓から見える空に目を遣った。青い空には、遠く近くに聳え立つ積乱雲が、静かに移動していた。


 「景色が青いのよね、日本って。」


 オールジーはふっと笑った。


 「あ、分かる。アメリカって景色が赤い。」


 そう答えた翼に、オールジーはにっこりと微笑んだ。


 「やっぱりそう思う?……特に私の故郷は、やけに赤いイメージがあったわ……。」


 オールジーは思いを巡らせるかのように遠い目をし、再び視線を戻した。


 「研修を終えた後、私は幾つかの国を転々とした。それから……移動のちょっとした合間に、ふと故郷に帰ってみようと思い立ったの。私は親不孝者だけど両親をとても愛していたし、あの赤い大地に再び身をおいてみたいという気持ちが何故か強く出てきたの。連絡もしないでふらりと帰ってみると、皆は私が帰ることを知っていた。お前の客が教えてくれたと。その客というのは同じ部族の人ではなかったけど、地域では有名な人だった。百歳を超えたおばあさんで、不思議な力を持っていると伝えられていた。砂漠でお前を待っているから行ってきなさいと言われて、私は日の暮れ始めた砂漠に足を踏み出した。

 ……おばあさんは、何も無い砂の上でぺたんと足を付いて空を見上げていたわ。私が近付いても、ずっと夕暮れを見ていた。私も隣に腰を下ろして、彼女と同じように空を見上げた。


 ……遣り直せるのなら、別のことが出来るかい。


 彼女は唐突に言った。心臓が止まるかと思ったわ……。彼女は私のことを何も彼も知っているようで吃驚したし、不意の質問に言葉が出て来なかった。でも気が付いたら、私は強く首を振っていた。……エテの命を人質に取られている以上、私はきっと同じことを繰り返してしまうだろう……。

 その時初めて、私は自分の気持ちに耳を傾けることが出来た。


 ……では、仕様が無いんじゃないかい。


 ショックだった。……そう、私にとって仕様が無いことだった。エテとキュアの命を天秤に掛けられたら、私は迷わずエテを取ってしまう。……王なのに。全ての者にとって、等しく平等であるべき存在にも拘わらず。その程度の人間だということを認めたくなかった。ずっと……その事実から逃げて来た人生だった。でも……ごめんね、瑞月、蒼月。私はそんな人間なのよ。それに気付いた途端、私は号泣した。……おばあさんは、そんな私の隣でじっと黙って座っていた。


 ……お前にやれることをやりなさい。


 ……私にやれること……?こんな私に……?私なんか、いなくなってしまった方がいい!!


 ……まあ、死ぬのは自由だけどな。でも、死なないんじゃろ?彼処でまた生きるんじゃろ?


 彼女の視線の先には、魔幻があった。


 ……人はな、生きていても生まれ変わることが出来るんじゃ。死んで生まれ変わるより困難だけど、そうした方がずっとええぞ。


 おばあさんは、かかかっと笑いながら、私を置いて砂漠から去ってしまった。


 それから……私は生まれ変わった。単純だけど、逃げるよりも、自分の罪を償いながら生きていこうと決めた。私は一人の子供を殺してしまったけど、今度は一人でも多くの命を救いたいと心から思った。……私はアフリカの、本当に貧しい地域への派遣を希望した。そんな中だったわ、今の夫と知り合ったのは。」


 「結婚してるんだ。」


 瑞月が尋ねると、オールジーはうん、と頷いた。


 「旦那さんは……君の、前世のこととか知ってるの?」


 「ええ。アフリカって不思議な所なの。生命のエナジーが溢れていて、全ての事象を抵抗無く受け入れてくれるような気がする。世には知られていない恐ろしい病気も五万とあるけど。やけに魔幻と似てるわ……。夫は、私が前世の記憶を持つことも信じてくれたし、私がテレキネシスを使うことに驚いてはいたけど、そういうこともあるんだなって受け入れてくれた。」


 「オールジー、今、幸せ?」


 「ええ、とっても幸せよ。」


 彼女はにっこりと笑った。


 「只、結婚したはいいけど、日々の仕事に追われて今後の話とか全く出来なかったから、取り敢えず一旦ホームに戻ろうということでニューヨークへ帰ったのよ。彼も医者で、ニューヨーク出身なの。……そして、翼のことを知った。」


 「そうだったんだ……。」


 瑞月の溜息に重ねるように、誰もが深く息を付いた。やっと真実が分かったという安堵もあったが、一人の人間が抱えた余りにも重過ぎる記憶に、言葉が無かった。


 「今になって皆と巡り会えたことも、ミラリーナスークの導きなのでしょうね。嘗ての私だったら逃げていたと思うわ。」


 「いや、ミラリーナスークの導きだけじゃないと思うよ。君が何とかしなくちゃいけないって、常にキュアのことを思い続けてくれた結果なんだ。」


 「ありがとう、瑞月。あなたって本当にソーマね。優しい子。」


 オールジーは、笑いながらそっと目を拭った。


 「私……私が死んだ後の話を知りたいわ。エテが無事だったことは翼から聞いた。でも、あの子はとても若くして王になってしまったのに、ちゃんとやっていけたのかしら。」


 「実は……キアリが亡くなった後、王は相次いで亡くなってしまったんだ。」


 「何……ですって……!?」


 「だから……君だけのせいじゃないと言っているのは、その辺も含めてなんだ。ミラリーナスークからの戒めというか。これはオルテスがそう言っていたのだけど、今となっては俺もそう思う。……君が亡くなってすぐにオルテスが亡くなり、その後がキラ。その後は多分……俺。覚えてないのだけど、何となく。分かっているのは、シューバが最後だったということ。そうなんだよね、先生?」


 「うん。最後に死んだのは僕。セシルの死はよく分からないのだけど、ソーマまでが相次いで亡くなり、セシルが亡くなるまでは間が空いたと思う。もう、王朝は上を下への大騒ぎだよ。」


 「何てこと!そんなに大変なことになっていたなんて!あの子は大丈夫だったの?」


 「大丈夫なんて言葉では言い表せないよ。はっきり言って、黄国のことと黄国に集中して在る星立機関は、全てエテに丸投げだった。」


 「そうだったの!?」


 「そうだったの――!?」


 三人の生徒達も、驚いて遥眞を見た。


 「そうだよ。ったく、君達とっとと死んじゃうんだから。」


 「お陰で残された私達は天手古舞よ。」


 「そりゃそうだろうな。俺が死んだ後、キラとソーマも直ぐに死んだって?」


 「まるで後を追うように、だ。」


 「俺、自分が死んだ時って覚えていない。どうだったの?」


 「ちょ、ちょっと待って!混乱するから順番に説明する。エテの質問からだったね。……エテは、君の期待を遥かに超えて、本当に良くやってくれた。急に母親を亡くして立ち直ることすら難しかった筈なのに、並みの王以上にやってくれた。僕の個人的な感想だけど、母親が最も願っていること――それは立派な女王になること、それを切実に実行しているように見えた。君の愛情と教育が身に染みているのが良く分かったよ。子供がいるっていいなあってつくづく思ったもん。」


 「まあ……!」


 「最初のうちは、段階的に仕事に慣れて貰おうと皆で話していたのだけど、ソーマが亡くなった後はそんなことを言ってられなくなった。実質、黄国にある主要機関は全てエテに任せることになってしまった。でも幸いなことに、黄国は君が築いて来た堅実な統治と、元来ある穏やかな国風のお陰で、彼女は上手に切り盛りしてくれた。官僚にしても王宮の膝元というプライドもあってか、最も腐敗の少ない国だったしね。それに、黄国の幹部達は長年エテの教育係も兼ねていたから、エテを盛り立ててよく働いてくれた。セイジも寝る暇も無いくらい精力的に動き回ってくれたよ。」


 「そうだったの……。」


 「その頃になると王朝はてんやわんやだったから、王が自国を治めるなんて悠長なことは言っていられなくなった。……王朝は、完全に分業になった。エテは自国のことと、自国に在る星立機関に従事した。僕は完全に内政担当。殆ど王府に詰めていて、それ以外の時間は幼い王の教育係。もう自国にすら行けなくなった。代わりに、セシルが全ての外政を担当してくれた。各国の国府を順番に回り、それぞれが抱える問題をその場で処理して、難しい問題は王朝に持ち込んで、臨機応変に采配してくれた。カリウスはそのどっちもやっていた。僕一人の意見では決め兼ねるような時にはこっちにいてくれたし、逆に、セシルが一国で問題が持ち上がって動けないような時は、それ以外の国を彼が回ってくれていた。それから、王の発見に繋がるような情報が少しでも入ったら、カリウスが直ぐに現場に急行してくれて、その真偽を確かめに行っていた。」


 「…………。」


 余りのことに、嘗ての王達は言葉も無い。


 「先生……ごめんね。翼も、本当にごめんな。そんなことになっていたなんて……。」


 良平は項垂れて呟いた。


 「君に謝られる理由は無いよ。君は死の間際まで、キュアと、王朝のことをずっと気に掛けていたじゃないか。」


 「うん…………。」


 「そうよ、良平。あなたが落ち込むことじゃないわよ。っていうか……ちょっとくらい落ち込んで欲しいのは、ソーマね。」


 「お、俺?」


 「そうよ。」


 「そう言われてもなあ。俺、自分が死んだ時って全然覚えてないし。何が悪かったんだ?」


 「あんた、本当に自分がいつ死んだのかも覚えてないの?」


 「うん。」


 そう、と言って、翼は小さく溜息を付いた。


 「あのね、ソーマはキラの一日後に亡くなったのよ。」


 「はあ――――!?」


 「あら、蒼月も思い出してなかったの?そうよ、あなた達が亡くなったのは、一日違い。」


 「そうだったんだ!キラがほくろの点滅を告げたのは思い出したんだけど、まさか、その後すぐ俺も発症していたなんて!」


 「そう、そう、その顔よ!ソーマの顔は!もう、心底ほっとしたような顔をして……。嬉しそうにすら見えて、ちょっとむかついちゃったわよ。残される私達の気持ちも少しは考えなさいよ!」


 「ごめん……。」


 「ふふ、そんな言い掛かりを付けられたら、あんたも困るわよね。ちょっと恨み言。あんた達って、憎らしいくらい綺麗に死んじゃったんだから。」


 「そうなの?」


 「二人とも、亡くなるぎりぎりまで仕事をしていたわ。それから、キラが禊の籠りをする七日目に二人で部屋に籠って、ソーマが亡くなったと思われる時間までは絶対に入らないようにと言い含めて、部屋への立ち入りを完全に禁止した。私とシューバは青王宮の侍従長に乞われて、部屋への入室に立ち会った。…………本当に綺麗な亡骸だったわよ。穏やかで、安らかで、ただ眠っているだけみたい。こう、二人で手を取り合ってね…………あ。ということは、ソーマがキラの手を取ったのか。うっ……綺麗過ぎて、今思い出しても涙が出て来る…………。」


 「やめてくれ、翼!僕まで泣いちゃうじゃないか!」


 「だって……あんなに綺麗な遺体を見たら、誰だって納得しちゃうわよ。ソーマ、キラと一緒に逝けてよかったねって。キラも微笑んでいるようにすら見えたわ……うっ…………。」


 「や、止めてくれよ…………。」


 「う、う……そうだったのね。瑞月、ありがとう……。」


 「いや、その、蒼月。そんな涙ながらに礼を言われても、俺覚えてないし……。」


 「そ、そうか。教えて貰わなかったら全く分からなかったわね。」


 「ね、先生……。」


 良平が考え込みながら、遥眞に声を掛けた。


 「何?」


 「それで……後継者は、無事に見つかったの?」


 「は……?」


 思い掛けない質問に、遥眞は少し慌てた。


 「え、えっと……どうだっけ。小さい子をいっぱい養育したような気はするけど、誰が誰だか……?」


 「大丈夫よ。時間は掛かったけど、ちゃんと見つかったわ。」


 指を折りながら勘定をしている遥眞を尻目に、翼は大きく頷いた。


 「それは良かった。」


 「ということは、全員が離系の王だということだよな。あ、黒の女王は既に確定していたんだっけ。白はどんな子が継いだんだろう。興味ある!」


 「黒の女王はオルテスが確約してくれた通りに、ちゃんと私達の手元へ来たわ。こましゃくれた子でね……もう、面白くて仕様が無かった。私は王宮から殆ど離れていたから余り相手が出来なかったけど、シューバが散々遊び倒していたわよ。」


 「そうだった、そうだった!!黒王宮は、あの子に振り回されっぱなしで、皆常に走り回ってた!」


 「はは!黒王宮のそんな光景をとても想像出来ないな!」


 良平が可笑しそうに笑った。皆も、張り詰めた空気の中で働いていた侍従達が、小さな女の子に振り回されて走っている姿を想像して、思わず噴き出した。


 「皆、笑うなよ!黒王宮は元来明るい王宮なんだ!今迄が変だったんだ!」


 「知ってるよ。君は手が掛かるけど手が掛からない子供だったし、シラは本当に手が掛からない子供だった。黒王宮はいつの時代も、誠実で温かい人間が家主として君臨していた。」


 「ま、あの子が来てくれて本当に良かったわよ。振り回されて、侍従や侍女達も暗い過去を考えている暇が無くなったと思うわ。それから……瑞月。」


 「うん?」


 「あんたんとこだけは、離系の王じゃないわ。」


 「どういうこと?」


 「喜びなさい。瑞月と……良平も。」


 「?」


 二人は顔を見合わせた。


 「白王宮の王は、直離系よ。カリウスの三番目の奥さん、ケランが白王を生んだの。女王よ。」


 「何だって――!?」


 「カリウスとケランと、ミラリーナスークに感謝しなさいよ。」


 「俺の後継者が、委員長の孫……?」


 「そ。正確にはオルテスの孫。……人生、悪いことばっかりじゃないわ。あんたの本当の子供は気の毒なくらい酷いところへ行く破目になってしまったけど、あんたの後継者には、まず間違いの無い人間が立っている。私も彼女の成長を見届ける程長生きはしなかったから、その真偽は分からないけど。」


 「そうか……。」


 「ね、青の後継者はどうだったの?」


 蒼月は興味深そうに尋ねた。


 「青王ね……。まあ、大変だったわ、これが一番。」


 「ああ、彼が青王だったな。大変だったよ。僕達がって言うより、カリウスが。」


 「男の子だったんだ!」


 「そう。中々見つからなくってね。発見、いや、申告された時には既に二歳だった。」


 「凄く綺麗な男の子よ。」


 「綺麗過ぎて手放したくなかったの?」


 「いんや。両親は非常に理解があったわ。黒王の親と……&親族と話しているより、よっぽど話が早かった。……旅芸人の子だったのよ。右肩に幾つかの青いほくろがあることには気付いていたのだけど、まさか自分達の子が王だとは信じられなかったのね。だけど、彼等には既に五人の子供がいたのだけど、明らかにその立ち居振る舞いが違っていたらしいのよ。で、これは一度届け出た方がいいんじゃないかということで、その時回っていた紫国の役所に出向いてくれた。」


 「そうだったんだ!」


 「出向いたカリウスは、即座に青王だと認めたわ。両親は頭を下げて、宜しくお願いしますとすぐに手放してくれた。自分達には学が無いから、手元に置いておくよりも為になると。大金を渡しながら、カリウスはふと興味を持って尋ねてみた。この金で、あなた達は一生旅芸人などしないで済みますよ、どうするんですかと。そしたらご主人は、何処かに芝居小屋を構えるのはいいかもしれないな、と答えた。そして、今回のことを芝居にしていいですかい、と。カリウスは、何なら上演に関する特許を与えますけどと言ったのだけど、彼は笑いながら辞退した。そんなつもりは無い。俺達は立派なことをした訳じゃない。この話が話題になって、他が真似をして広がったらそれは良いことだ。でも、そいつを連れていつか芝居を観せに来てはくれないか。そんな日が来たらと思うだけで、張り合いがあるじゃないか。カリウスは、必ずそうしますと約束した。…………ちょっと、蒼月。何泣いてるのよ。」


 「わ、私……幸せだわ。青の後継者に、そんな子が立ったなんて。でも……キュアにもそんな未来があったのにって考えると、何とも複雑な気持ちになる。」


 「そうか。」


 「うん。……ありがとうね、翼。先生も。それから、カリウスにも。」


 「どういたしまして。……そうね、キュアのことを思うと、どうしようも無い焦燥感に駆られるのはあなただけじゃない。私達だって同じ。」


 「うん。……私達は夏休みの間に、また樹海へ行こうと話し合っていたの。行っても無駄足になるかもしれないけど、何か手掛かりがあるかもしれない。私は金の小箱が見つかる迄何度でも足を運ぶつもりよ。翼は……一緒に行けるかしら。もし行ってくれるのなら心強いけど、凄く忙しいって聞いたし……。」


 「八月の中旬に、長い休みがある。長いと言っても三日間だけだけど。いつも私都合で悪いのだけど、それに合わせて貰って大丈夫かしら。」


 「勿論よ。」


 「翼、三日も休みがあるなんて珍しいんじゃないか。お盆休みでもあるの?」


 良平が尋ねると、まさか、と翼は笑った。


 「今回の公演で予め決めてあったことなのだけど、演出を大きく変えるの。とは言っても振り付けは余り変わらなくて、主に舞台装置ね。セットの入れ替えに三日。新しいセットでのリハーサルが四日。合計一週間のお休みを頂いて、新演出での公演がスタートする。」


 「そうなの!?また観に行かなくちゃ!」


 「本当?嬉しいな。」


 「凄く感動したもの!あなたに会う為の勇気をあなたから貰ったというか。」


 「あらー!そういうのを聞くと本当に嬉しいわね。次も頑張ろうっと。」


 「いいなあ。じゃあ俺は、それまでに樹海の下調べでもしておくかな。」


 「委員長、俺も一緒に行くよ。」


 「いや、一人で大丈夫だ。下調べって言っても何も分からないから、六人で現れてもいいような場所をインプットするくらいだよ。」


 「そう?何か心配だな。樹海の中でまた夢を見て、打っ倒れてたらと思うと怖いな。その間に狼とか虎とかに食べられちゃったらどうしよう……やっぱり俺も行く!」


 「樹海に……狼とか虎がいるのか?」


 「分からないけど、何となく。」


 「私も行く!」


 「いや、君はいい。三人だと却って身重だ。瑞月だけ連れてくよ。」


 「あ、そう……。あんまり深く入り込まないでね。」


 「ああ、適当な場所を見つけたらすぐに戻るよ。」


 「何か変だと思ったら、すぐにテレポートして戻ってくるのよ!」


 「分かってるって。それにしてもなあ……。」


 「何?」


 「見事に静岡、山梨に縁がある人間がいないんだよな。一人位いても良かったのに。」


 「あら、そう言えばそうよね。掠ってはいるのにね。何でかしら。」


 「本能的に本拠地を避けたんじゃないか。俺の遺言を聞けなかったオールジーを別にしても……俺が神奈川、瑞月が群馬、蒼月は……東京でいいのか?」


 「うん。」


 「翼が埼玉、先生が……先生は何処?」


 「うーん、強いて言うなら長野かなあ。」


 「む……やっぱり微妙に圏外だよなあ。強いて言うならって?」


 「うん。子供の頃は、父親の仕事の都合で各地を転々としていたんだ。どうにも故郷とか出身地とかいう認識が無い。」


 「へえ。じゃあ、日本中をあちこちと?」


 「いや、ヨーロッパ中をあちこちと。所謂帰国子女ってやつだ。だから、あんまり日本人だっていう実感もないんだ。寂しいことに。」


 「ひゃー、聞いてみないと分からないもんだな!大丈夫、先生程日本人らしい人ってそういないから。」


 良平はよく分からない慰め方をする。


 「あー、だからなのか。先生の発音は何だかキングスだなあって思ってたのよ。」


 「確かに!何、先生。わざとネイティブっぽく話してたの?」


 瑞月の質問に、遥眞は顔を赤らめた。


 「や、やっぱり分かっちゃう?僕も恥ずかしいんだよね。東京の人なのに、敢えて大阪弁で話してる人みたいで。」


 「あははは!先生って面白いなあ!これからはキングスでやってよ。」


 「む、そうか……いや、駄目だ。君等はいいけど、他の父兄が何を言ってくるか分からない。僕も恥ずかしいんだけど、今後もなんちゃってネイティブでいく。」


 「ひゃはは!遥眞、折角本物のネイティブに会えたのだから、教えて貰ったら?」


 「あ、そうか!」


 「あははははは!!」


 どこまでも真面目な遥眞に、皆の笑いは止まらない。


 「で、先生。いつ日本に来たのさ。」


 テーブルに突っ伏したまま、良平は尋ねた。


 「高校の時。祖母が病気をして、その世話をする為に母が長野に帰ったんだ。僕は日本への憧れが凄く強かったから、一緒に付いて来たの。結局祖母は亡くなってしまって、母はその後父のいる……何処だっけ、デンマークだったかな……に戻ったのだけど、僕はそのまま日本に残ってこっちで進学したんだ。」


 「へえ。先生は、先生になりたかったの?」


 「いや、そういう訳じゃないよ。」


 「じゃあ、何でさ。」


 「うーん、大学生の時に塾講のアルバイトをしてたんだけど、結構面白くってさ。考えてみると、僕は昔から人に勉強を教えるのが得意だったんだよね。僕は社会人としては全然口下手で説得力とかも無いけど、子供相手に勉強を教えるのはいいかもなって。」


 「それ、先生の思い込みだから。先生は話も上手いし、説得力もあるよ。」


 「いや、慰めは止めてくれ。だから……僕はあんまり、先生になりたいって大志を抱いてた訳じゃないんだよ、申し訳無いけど。塾講を続けていても良かったし、自分で語学教室を開いてもいいかなって思ってた。」


 「じゃあ、何で今の学校にいるのさ。」


 「たまたま受かっちゃったんだよ。で、給料が破格に良かったんだ。」


 「あははははははは!!」


 「な、何で笑うんだよ!夢を持って切り開いてきた翼とか、必死の覚悟で医者になったオールジーの話を聞くと、恥ずかしいばかりだ……。」


 「遥眞!私は好き勝手やってきただけなのよ!」


 「あなたは立派な先生じゃないの!」


 「何か慰められると、余計に落ち込むな……。」


 「大丈夫だよ、先生。少なくとも俺達三人は、先生が担任で良かったって本当に思ってるから。俺達だけじゃなくても結構人気あるんだよ。」


 「え、そうなの?」


 「それより先生、先生が顧問の外国語クラブって活動してるの?」


 「所属だけは多いけど殆ど幽霊部員だよ。でも数名程真剣な子がいて、一応週一で教えている。今スペイン語をやってるよ。」


 「へえ、俺も参加していい?」


 「勿論。やっとけば旅行には困らない程度に話せると思うけど。ところで篠原、君は何部に所属してるんだ?」


 「バドミントン部。」


 「そうだったのか。テニスとか卓球のラケットを持っている時があるから、何なのかよく分からなかった。」


 「広く浅くやりたいタイプなんだ。」


 「はぁぁ、よく疲れないな。」


 「生徒会だけは断った。じゃあ、先生。俺もスペイン語クラブに参加していい?」


 「歓迎するよ。君がいるのを知れば、参加する生徒が増えるかもしれない。」


 「楽しみだな。…………今、何時だ?」


 良平は、ちらりと腕時計を見た。


 「ひゃーっ!!やばい!」


 翼が驚いて飛び上がった。


 「もう!!時間が経つのが早すぎるわよ!良平、送ってくれる?皆はゆっくりしてたらいいわ。」


 「何言ってるのよ!皆で見送るわよ!」


 「ありがとう、えっと、大体のことは話したわよね?」


 「あなたのスケジュールに合わせて、私達は樹海へ行く。それでいいのね?」


 「そう!詳しいことは良平と打ち合わせるわ。本当に私達相変わらずね、いつだってバタバタだわ!」


 「俺にとっては想定内だ。王議で決められた通りの事が、余裕を持って粛々と行われたことなど一度も無い。」


 「良平、随分余裕ね。改善しようという動きは無かった訳?」


 「無いね。俺もその気は無かった。」


 「……?」


 「名案は、案外無駄話から生まれるものなんだ。」


 「それが名君と呼ばれる所以か。肝に銘じるわ。」


 「長寿故の単なる経験値だ。……ほら、忘れ物するなよ。皆、掴まったか。――行くぞ。」


 良平の掛声と共に、六人の人間は慌しく瑞月の家から姿を消した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ