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再会①

 誰もが一目でわかった。

 彼女はぴったりとしたジーンズに、どこにでも売っていそうな生成のTシャツを着て、ちょっとそこいらに買い物にでも行くようなデニムのトートバッグを肩から提げていた。髪も銀などではなく、肩までの黒髪を後ろで一つに結んでいるだけだったが、彼女が発するオーラ、というか人はそれを華とでも呼ぶのだろうか、それは並大抵のものではなかった。

 彼女が到着ロビーに姿を現した瞬間、その場にいた誰もが一瞬彼女を見た。彼女自身もその効果をよく知っているようで、余りにも有り触れた目立たない服装は、わざとそうしているとしか思えなかった。

 翼は、彼等に気付くと嬉しそうに大きく手を振り、まっしぐらに駆け寄ると良平に飛びついた。


 「久し振り、良平!また会えて嬉しい!」


 「こちらこそ!忙しいところを来てくれてありがとう。」


 翼はにこにこと笑ったまま、ぐるりと周囲を見回した。


 「皆どうもありがとう。ごめんね、私の都合に合わせて貰っちゃって。あ、キラだ!」


 翼は蒼月と目が合うと、弾けるピンポン玉のように飛びついて彼女を抱きしめた。

 魔幻では、ハグは一般的だった。何度こうやって彼女と抱き合ったことだろう。懐かしさが募り、蒼月は思わず涙ぐんだ。


 「何泣いてんのよ。」


 「だ……だって懐かしいんだもん。あなたって全然変わってない……う、嬉しくって……。」


 「だからって泣くことないのに。あんたは随分地味になったのね。アイドルみたいで可愛いけど。」


 「恐らく本人が望んだのよ。翼は相変わらず綺麗ね。それに凄いスタイル。」


 「ありがと、それが私の仕事だからね。ね、自己紹介してよ。良平から何となく聞いているけど、改めて。私は翼。翼、中洲川。


 「あ、そうか。私は桜井蒼月。翼、また会えて嬉しい。」


 「私もよ。」


 二人は顔を見合わせて笑い、以前そうしていたようにお互いの頬を合わせた。


 「他の二人も自己紹介してよ。どっちがどっち?」


 「俺がソーマ。」


 瑞月は自己申告し、翼を抱きしめた。


 「久し振り、翼。」


 「はは!久し振りって挨拶も笑っちゃうわね!今は?」


 「今は桜井瑞月。」


 「何?あんた達もう結婚してるの?本当に仲が良いのねえ!」


 「俺まだ十七だよ。姓が一緒なのはたまたま。」


 「あ、そうなんだ。また会えて良かったじゃない。」


 「うん。」


 「あら、素直でいいわね。ということは、あなたがシューバね?」


 翼は遥眞に目を遣った。


 「高校生と間違える?」


 「向こうの生活が長いと皆子供に見えちゃうのよ。」


 「君は日本人だろ。」


 「そうか。」


 翼は舌を出し、二人は抱き合った。


 「皆の先生なんだって?」


 「うん。」


 「幾つよ?」


 「二十五。」


 「はは、おじさんだ。」


 「さっきまで瑞月と見分けが付かなかったくせに。」


 「うーん、見た目はとても二十五には見えないわ。それにしても年上だとはねえ。良平の年下っていうのもかなり驚いたけど。」


 「恐らく本人が望んだんだよ。少しでも権威を付けたくて。」


 「権威!?あるある!」


 「それはどうも。」


 「名は?」


 「え?」


 「今の名前があるでしょ。」


 「榎戸遥眞。」


 「ふうん。先生……はおかしいわよね、私の先生じゃないんだから。榎戸さん……?あー!あのシューバだった人にさん付けなんて何かむかつく!遥眞でいい?」


 「何でもいいよ。」


 「うん、それでいこう。――これこれ、長いよ。」


 翼は、彼女をずっと抱きしめている遥眞の腕を、そっと押し退けた。


 「うーん、何かつい待っちゃうんだよな……いつ殴られるのかなって。」


 「殴られたいの?」


 「うん。」


 「馬鹿!」


 翼は笑いながら遥眞を突き放した。


 「ちょっと!君達いつまでいちゃついてるのさ。」


 「ごめんごめん!あのシューバだと思うといちゃつきもしちゃうわよ。」


 「まあいいけど。……翼、こちらの方はお連れさんなの?」


 良平は、集団から付かず離れずの距離で立っている女性に目を遣った。

 蒼月と瑞月も何となく気になり始めていた。翼が連れて来たのだろうかという疑問もあったのだが、それにも増して、彼女の持っている独特な風貌が彼等の目を惹いた。

 彼女は褐色の肌をしていて、着ている黄色いワンピースがとても良く似合っていた。背がすらりと高く、輝くプラチナシルバーの短い髪が、彫りの深い顔を明るく縁取っている。

 彼女はいつの間にかそこにいて、静かに彼等を見守っていた。


 「マネージャーさんか何か?」


 「へ?……ああ、勿論違うわよ。」


 翼の言葉が急にしどろもどろになった。彼女自身、どう説明して良いのか考えあぐねている感じだ。


 「えっとね、彼女はオールジー・メイヤーズさん。昨日……いや、一昨日か?兎に角……彼女はステージを観に来てくれたの。それから、楽屋口で私が出るのを待っていてくれて……色々お話したの。」


 「君のファンなの?」


 「ファン……?」


 良平に尋ねられて、翼は不思議そうに聞き返した。


 「ええ、そうよ。」


 オールジーは日本語で答え、にっこりと皆に微笑み掛けた。彼女は楽しそうに一人一人を見つめている。彼女は一体何なのだろう……それぞれが考え込んでいる間に、遥眞は右手を差し出しながら彼女に近付いた。


 「初めまして、オールジー。日本へようこそ。綺麗な日本語ですね。このまま日本語で話して良いのかな。」


 「ええ。日本には三年程いたことがあるから大丈夫よ。遥眞、お会い出来て嬉しいわ。」


 オールジーは遥眞の手を握って、しっかりと握手した。


 全くこの人は……と、三人の生徒は苦笑する。普段から、自分は口下手だの社交性が無いだの散々言っているが、そんなのは本人がそう思い込んでいるだけだ。抜群のコミュニケーション能力があるのに、全然自覚が無いんだから……。


 「あの、初対面でこんなことを言うのは失礼なのかもしれませんが、とても魅力的な外見をしていますね。何処の血が入っているのか全く分からない。僕は、アメリカの方にそのルーツを聞くのがとても好きなのです。ご先祖の中に、面白い冒険談が必ず一つや二つ出て来る。元はどちらの方なのですか?」


 「ご期待に添えなくて残念だわ。先祖は遠い旅をして来た訳じゃないの。ネイティブなのよ。勿論途中で色んな血が入って、純血では無いけど。」


 「ええっ!それは益々興味深い。……勘だけど、南西部の方じゃないかな。」


 「その通りよ。」


 「ということは、アリゾナとかユタとか――。」


 「ちょっと遥眞!」


 翼は遥眞の言葉を遮った。


 「あんたって相変わらずどこか抜けてるのよね。ルーツを聞くのなら、もっと別のルーツを聞きなさい!」


 「え…………?」


 遥眞は目を泳がせながら、翼を振り返った。


 「私が本当に、只のお客さんを連れて来たとでも思ってるの?」


 遥眞だけでなく、他の三人もゆらゆらと目を泳がせる。そして、一つの可能性に思い当たった途端、目を見開いてオールジーを見た。


 「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったの。」


 彼女は済まなそうに言う。


 「……今はオールジーだけど、昔の名前はキアリよ。キアリ・フラ・マウリ・ルーシー・イエロー。皆、久し振り。また会えて嬉しいわ。」

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