蘇る記憶③
「もう七日になる……。キアリはまだ目を覚まさないのか!」
オルテスは、黄国の王国補佐官を問い詰めた。彼が呼び出されたのは王の間で、オルテスだけでなく各国の王が彼を見つめていた。
「申し訳ございません!!」
「責めている訳ではない、聞いただけだ。ところで、キアリのほくろは確認しているんだろうな。王の不調と死は何の関連性も無いと言われているが、ここまで寝込んでいると流石に気になる。」
「ああっ!!」
「ああって何だ。まさか確認していないんじゃないだろうな。」
「…………。」
「何をやっているんだ、お前達は!!」
「申し訳ございません!!しかし、ほら、あの……キアリ様のほくろは、とても独特な場所にございますでしょう……?」
「確か、左の内腿だったと思うが。」
「ええ。……キアリ様は身体に触れられるのを非常に厭われるようで、医錬師が脈を取ることも儘なりません。ほくろを確認するなんて、とてもとても……。」
「…………とてもとてもじゃないだろ!!お前等の医錬師も何を考えてるんだ!!」
「申し訳ございません!!」
彼は平謝りに平伏した。その時、荒々しく王の間の扉を叩く音が響いた。
「何だ!!」
王の間専属の侍女が、臆することなく入って来た。彼女は深々と膝を折った後、居並ぶ王を見据えて口を開いた。
「黄王宮の女官長が参っております。」
「すぐに通せ!」
「畏まりました。」
彼女が辞した後、すぐに女官長が入って来て跪いた。
「顔を上げろ。キアリはどうなんだ。」
「申し上げます。キアリ様は先程お目覚めになりました。」
「なんと!」
驚きと共に、ほっとした空気が流れだす。
「キアリ様は大変弱々しくなっておられますが、皆様に何としてでもお伝えしたいことがあると申しております。支度が整い次第、こちらへ向かうと。」
「いや、それには及ばない。我々が其方へ出向こう。……目を覚ましたのなら一安心だ。我々はずっと此処にいるから、彼女の都合が良くなったら使者を派遣してくれ。面会は横になったままで構わないからな。」
「ありがとうございます。実際……キアリ様は、やっとベッドから立ち上がれるような状態なのでございます。そうして頂けるのは本当に助かります。」
「うん、朗報をありがとう。キアリに付いてやってくれ。」
「はい。ご厚情、誠にありがとうございます。」
女官長が深々と跪き立ち上がった途端、王の間の扉は勢いよく開き、先程の侍女とぶつかって二人は大きく転倒した。
「ノックぐらいしろ!危ないじゃないか!」
「黄王宮からの急使でございます!!……黄国女王が……お亡くなりになられたと!!」
「はあ――!?」
「……………………。」
時が止まってしまったかのような静寂が、部屋の隅々まで訪れた。
「キアリが……亡くなった……?」
「……はい。使者はそのように申しております。」
「……使者を呼べ。」
彼女が扉を開けると、使者は崩れ落ちるように跪いた。
「おかしなことを聞いた。……キアリが亡くなったと。」
「……事実でございます。」
「……詳しく話せ。」
「それが……私共にもよく分からないのでございます。長く寝付いてらしたキアリ様がやっとお目覚めになられたと、宮内の空気がほっと明るく包まれた矢先のことでした。……キアリ様には、ずっとエテ様が付いておられました。しかし……今のエテ様にお話をお伺いすることは、儘ならないことでございます。心身ともに、かなり衝撃を受けていらっしゃいますから。」
「そう……だろうな。……遺言はあったのか。キアリは、我々にどうしても伝えたいことがあると言っていたそうだが。」
「特に聞いておりません。眠るように、いえ、本当に寝ている間にお亡くなりになられたとしか。」
「…………。ほくろは、確認したのか。」
「はい。消えておりました。」
「…………。」
オルテスはふうっと溜息を付き、天を仰いだ。他の者も、虚ろな表情で宙を見つめる。余りにも突然の訃報で、彼等にはキアリが亡くなってしまったという実感がまるで湧かなかった。それぞれの溜息は、薄い織物のように部屋に折り重なっていく。
「これで……本当に分からなくなってしまったわね。」
セシルが小さく呟いた。彼等はぼんやりと彼女に視線を移した。
「現存する金の小箱は、魔幻内で二つのみ。それぞれ赤国と白国の博物館が所有している。でも、二つしか無いからといって、それ以外に存在しないという訳ではないわ。」
彼女は誰もが心の中で思っていることを代弁して、静かに口を開いた。
「金の小箱は、今迄何百年も作られていなかった。でも、作られていなかっただけで、時の黄王には作ることが出来たのよ。」




