蘇る記憶②
砂漠は強く風が吹き荒れていた。そんな環境の中、二つの人影は微動だにせず横たわっている。
キラは不安な気持ちを抑えて必死に此処まで来たのだが、二人の間を埋めている夥しい量の血を見た途端、全てが吹き飛んだ。傍らには砂のこびりついた短剣が転がっている。彼女は泣き叫びながら子供に取り縋った。
「キュア!!キュア!!お願い、目を開けて!!」
「キュア!!返事をしてくれ!!」
ソーマは必死の形相で子供を抱きしめた。彼の服は忽ちのうちに血で染まってゆく。子供の胸からは大量の血が流れ出ていて、身体は血の塊のようになっていた。
「今父様が治してやるからな!頑張るんだぞ!」
子供はがくりと首を落としている。子供を抱きしめたソーマの肩に、オルテスは手を掛けて静かに首を振った。
「そんなことは無い!きっと治してみせる!」
「……魂呼されている……。そうでなくてもこの状態では……。」
「魂呼だって……?」
「ああ……。」
「キュアは……?」
「残念ながら…………。」
「いや――――っ!!」
自身の絶叫と共に、キラは意識を失った。
誰もが余りの光景に言葉を無くした。どうすることも出来ずに砂漠の中で立ち尽くす。そんな中、絞り出すようにオルテスが声を掛けた。
「…………シューバ。」
「…………。」
「シューバッ!!」
「な……何?」
「これを見てくれ。」
オルテスはそう言いながら、ヤグナのそばに転がっている指輪を拾い上げた。
「……何だって?」
「……頼む。」
「王の指輪を見る――!?それがどれだけ危険なことなのか分かっているのか!」
「無理を言っているのは重々承知だ!しかしこのままだと、一体何が起こったのかまるで分らない!」
「…………。」
「……頼む、一刻を争う。時間が経てば経つほど、物の主観が多く入ってくる。強烈な印象だけが残って、微細な部分は奥へと押しやられてしまう。いや、それどころか、いざ探そうと思った時には記憶として残っていないかもしれない。」
「……よく知っているな。」
「お前だけにしか出来ないんだ!」
シューバは、砂の上に血塗れで横たわっているヤグナと、凍り付いてしまったかのようにキュアを抱きしめて離さないソーマに目を遣った。確かに……このままには出来ない……。
「…………分かったよ。」
「ありがとう。……成るべく、成るべく、浅く見るんだ。最新の記憶だけでいい。お前まで失う訳にはいかない。」
「出来るだけいい加減に見るのよ!深く入り込んじゃ駄目よ!」
「ったく、そういう難しい注文を……。」
そう呟きながら、彼は掌を重ねてその上に指輪を載せた。一つ深呼吸をして、指輪に集中する。
「これは……地球?真丸だ……今夜か!いいところで拾えた。ん?鏡越しだ。何か変だと思った、反転している。ヤグナは後向きに髪を掻き揚げて…………ええ――――っ!!」
「どうしたんだ!!」
「ほくろが点滅している!しかも、かなり色が薄い!」
「何っ……!?」
「ノックの音が聞こえる。キュアが入って来て……仕事を教えてやると……。キュアは嬉しそうだ。ついさっきまでのことだ、信じられない……。」
「私情を挟むな。」
「煩いな。」
「お前の為だ。」
「ふう……。二人は……指輪を使って黒の砂漠へ。それから、砂漠に置いてあった黄の箱の蓋を開けた。ヤグナが指輪を翳す…………あれ?」
「どうしたの?」
「……宙へ上がる魂が一つも無い。」
「全てが離解の魂だということ?」
「そう……みたいだな。……ヤグナもそうだということを確認しただけみたいだ。どれ位あるんだ……?」
「一体何故……。」
「静かに、後で整理する。……ヤグナは懐から……ええええええっ!?」
「どうしたんだ!!」
「短剣と…………金の小箱を。」
「金の小箱だって!?」
「ヤグナはキュアに、金の小箱の説明をしている。……古代、亡くなった王の魂は魂呼して導き出され、金の小箱に納められて遺体の埋葬と共に空へと解放された。魂呼とは、王の指輪を使って、亡くなった者の魂を強制的に体外へ出すこと。金の小箱とは、魔幻人の魂を納めることの出来る箱。魂は如何なる素材をも通り抜けることが出来るが、この箱の内から外へと通り抜けることは出来ない。強力な呪の掛かった箱だ。後に、逝きたがっている魂を留めておくのは残酷なのではないかという説が取り上げられ、王の魂も民間人と同じように自然に任せることとなった。……ヤグナは短剣を手に取った。
……ヤグナ、それは何に使うの?
……用途は色々ある。
……ふうん。
……一つ聞きたい。お前は……何故俺から逃げないんだ。逃げようと思ったことはないのか。
……だって、あんたから仕事を習うのが僕の仕事だもの。
……なるほど。俺が死ねばお前の好きに出来ると。
……そんな風に考えたことは無いよ。僕はまだ子供だし、勉強することがいっぱいあるから。でも、この仕事はヤグナと僕だけにしか出来ないんだろ?だから習えることは習っておきたいと思ってるだけ。
……一人が寂しいと思ったことはないのか。
……一人……なんじゃないの、そもそも人って。でも別に、寂しいと思ったことはないよ。面倒臭がりながらもあんたは仕事を教えてくれるし、毎日沢山の大臣が僕に勉強を教えてくれている。実の両親はいつも僕の身を案じてくれているし、黒王宮の人達は皆家族みたいだしね。
……義務でそうしているとは思わないのか。お前が、黒の後継者だから。
……それはそれでいいんじゃない。僕が、寂しいとは思っていないから。只、僕が黒の後継者だから僕を大事にしている人がいても、それは仕様がないんじゃないかな。でもその人は、寂しい人だよね。その人こそ、本当に一人なんだ。
…………俺のことを揶揄しているのか。
……違うよ、って言ったら嘘になるのかな。元々こんなことを言うつもりは無かったんだけど。
………………。俺は……ずっと一人だった。
……そんな感じに見えるよ。今も?
………………いや。
……ふうん。
……これからもいてくれるか。
……うん。本当は……気付かなかっただけで、何度も逃げ出していたんだ。これからはちゃんんと家にいるよ。
……ありがとう。
……あんたから礼を言われるなんて、変な感じだ。
キュアは明るく笑っている。そのキュアの眼が、突然大きく見開かれた!!ヤグナはキュアの胸に短剣を一突き。…………何だ、この空白は。
…………4、5、6、カウントを取っている――!?
…………13、14、15、ああっ!!その後自分の胸を一突き。ええっ!?自分の胸を突くのと同時に特殊能力を使っている!…………15秒巻き戻った生きているヤグナは、王の指輪を使ってキュアの魂を魂呼した。そして金の小箱へ――。更に金の小箱を、離解の魂の入っている黄の箱へと詰めて蓋を閉めた。その後すぐに指輪を拡大させ、真円の地球へと向けている。照準は……ヒミコ?……フジサン……いや――樹海だ。ヤグナは輪の中へ黄の箱を投げ入れた。あ、ヤグナの姿が消えた!違う、元に戻ったんだ。ヤグナの遺体から金の魂が飛び出し、ループを潜って黄の箱へと吸い込まれていった。箱は、地球を目指して瞬く間に見えなくなってゆく――。」
「たった15秒でそれだけのことを!?」
「……う、うん…………。」
「…………おい。」
「…………。」
「…………おい、シューバッ!!しっかりしろ!!」
オルテスはシューバの頬を引っ叩く。
「意識をこっちに戻せ!!」
「戻って来なさい!!」
セシルはシューバを無茶苦茶に打っ叩いた。
「…………ん?セシル、痛いよ。何か悪いことした……?」
「痛いのならいいわ、正常よ!ソーマッ!!」
「…………。」
ソーマは虚ろな眼をセシルに向けた。
「話、聞いてたわよね?今あんたに出来ることは、シューバを癒すことよ!」
ソーマはキュアの亡骸をぼんやりと見つめた。
「キュアは私が抱いているわ。だからお願い、シューバを治して!」
ソーマはキュアをセシルに抱かせた。彼はそのまま、横たわっているシューバを抱きしめる。もう誰も彼もが血塗れだ。セシルは、目を閉じたまま動かないキュアの頬に、そっと自分の頬を当てた。堪えていた涙が零れ落ちる。
「ごめんね……キュア。あなたは最期の意識の中で呼んでくれていたのね……。本当にごめん……気付いてあげられなくて。」
彼女は子供を抱きしめたまま、空を振り仰いだ。そこには真円の地球が、煌々と光を降り注いでいる。彼等は今、何処にいるのだろうか……。




