炎の中の子供④
「早く出て。」
良平は、掃除用具が詰め込まれている納屋の裏から声を掛けた。彼等はそそくさと、それでも何事も無かったかのように公園へと出る。そのまま歩いて近くの東屋に腰を下ろした。
「次、学校で会うのは四日後か。蒼月、瑞月、君等は特に辛い思いをすることになるだろうけど、頑張れよ。」
「ありがと、委員長。」
「先生にも本当にありがとう。昨日、あのロッジに泊まらないように頑張ってくれて。あのまま悪夢が始まっていたらと思うとぞっとする。」
「僕だってあそこに泊まるのはきつかったもの。それより蒼月、何かあったら遠慮しないで、ちゃんと電話するんだよ。」
「うん。」
「じゃあ、皆を順番に送って行くか。瑞月はすぐ近くなんだよな。」
「うん、俺はいいよ。でもその前に、皆を癒しておく。」
「え?……あ、そうか。そんな気を遣わなくてもいいのに。」
「別に気を遣ってる訳じゃないよ。疲れてるんだから、取れる疲れは少しでも取っておいた方がいい。どうせこれから、更に疲れる夢を見るのだから。――委員長。」
瑞月は良平を抱き寄せた。良平の視線は急に焦点が合わなくなり、ふっと瑞月の肩に凭れ掛かった。やがて良平は、はっと我に返ると嬉しそうににっこりと笑い、瑞月の頬に自分の頬を寄せた。
「……ありがとう。」
「いいよ!そんなに過剰にお礼をしなくても!」
「はは、記憶の再現だよ。人は昔の記憶を思い出すと、ついその時と同じ行動を取ってしまう。」
「そうなの?」
「そうだよ。ああ、こうやって見ると、お前ってソーマの面影があるな。エヴァと同じで、顔だけはやけに綺麗なんだ。」
「…………。」
「懐かしいな。初めてソーマに癒して貰ったのは、確か三番目の奥さんが死んじゃった時だ。」
「そうだったの?よく覚えていないけど、急に母上が、オルテスの所へ行って癒してきなさいと命じたのは覚えてる。付添ってもくれないし、オルテスと二人で話したことなんか無かったから、物凄く緊張してた。」
「そうだな、確かにソーマは緊張していたな。俺の部屋に入って来たかと思ったら一直線に膝の上に乗って、癒し終わったら失礼しましたって帰ろうとするんだよ。慌てて呼び止めたよ。」
「えー?全然覚えてない。」
「そう?もう可愛くって手放したくなくってさ、白王宮にすぐに使いを出して、その夜はソーマを添い寝させたんだ。そしたらコロンコロン寝返りを打ちまくってて、これがまた面白くってさ。」
「そうなの?何度も晩餐に呼んでくれた記憶はあるんだけど。」
「添い寝をさせていたのは、本当に小さい時だけだったからな。」
「君には本当に可愛がって貰ってたんだな。ありがと。」
「ありがとうはこっちだよ。大分楽になったような気がする。」
「それは良かった。じゃ、先生。」
「僕はいいよ。」
「いいよじゃないよ。シューバもそうだったけど、変に遠慮するんだから。」
そう言いながら瑞月は遥眞の肩を寄せ、その途端に遥眞の身体が傾いた。静かな時間が過ぎた後、遥眞の眼に光が宿り、瑞月を凝視する。
「この感覚……初めてじゃない。」
「…………?」
「何故か、事実を有りのままに受け止めようという、勇気を貰うんだ。」
「だって初めてじゃないもの。」
「え……?覚えていない……。」
「そう?シューバはすぐに遠慮しちゃうんだけど、癒してくれって泣き付いてきたことがあるよ。」
「僕が……?泣き付いて……?」
「うん。」
「何故?」
「さあ、理由は言ってなかったけど。何となく想像は付くんだけど、シューバの名誉の為に言わないでおくよ。憶測で喋っても悪いし。」
「ええっ!?分かった、言わないでくれ!聞きたいけど、聞きたくない。」
「その方がいいよ。そのうち思い出すんじゃない。」
「…………。」
「じゃ、蒼月。」
瑞月はそう言って、蒼月に手を差し伸べた。二人は近付き、そっとお互いを抱きしめる。
「……ありがとう。」
「うん。」
ざざっと木立を揺らす風が吹き、沈黙が落ちた。
「……さて、皆を送るか。瑞月は近いからいいんだよな。先生はどこ?」
「五反田の方なんだけど。」
「五反田か。品川でいいかな。魔幻の時と違って、一度行ったことのある場所じゃないと駄目なんだ。」
「僕もいいよ、そんなに遠い訳じゃないし。蒼月を送ってあげて。」
「そう?蒼月はどこ?」
「総合体育館の方なんだけど……。」
「体育館か。む……今日は駄目だな。確かバレーの大会だ。焼肉モウモウは?」
「あ、そっちのが近い。あんなマニアックな店、よく知ってるわね。」
「マニアックじゃない、有名店だ。あそこの路地は飲み屋街だから、この時間では誰も通っていない。蒼月、掴まって。」
「ありがとう。」
「瑞月、ちゃんと家まで送るからな。」
「頼むよ、宜しく。」
「あ――。」
「何?」
「いや――ごめん、今はやめておく。余計混乱するから。落ち着いたら……俺からも皆に伝えたいことがある。」
「何だろう。」
「ごめん、言い掛けておいて。後日話すよ。ではまた、学校で。お疲れ。」
「分かった。お疲れ様。」
その瞬間、まるで風に攫われたかのように、良平と蒼月の姿は公園から掻き消えた。




