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炎の中の子供③

 「皆……大丈夫か?」


 新幹線の中で、遥眞は力なくそう尋ねた。


 「ありがと、先生。昨夜は薬のお陰で夢も見ずに眠れたよ。先生は大丈夫?」


 「僕は大丈夫だ。蒼月、君はどうなんだ。一緒に連れて来てしまったけど、もう一日入院した方が良かったんじゃないか。」


 「ううん、嫌!あそこに一人で残るなんて!……魘されるのは目に見えている。キュアが……胸を短剣で刺されて……死んでしまったのは事実なのだから。」


 「胸を短剣で刺された?君はその夢を見たの?」


 「昨夜は薬のお陰で何の夢も見ていない。だけど、それは事実として私の中にすとんと落ちている。だから……真実よ。」


 「そうか。瑞月、君も?」


 うん、と瑞月は頷いた。


 「もう、目を開けたままでも夢を見そうだ。今まで抑圧して蓋をしてきた記憶が、一気に噴き上げて来そう。」


 「分かる。……僕も。」


 「これから、怒涛のように見るのだろうな……。」


 窓の外を眺めながら、良平は呟いた。そうだな、と頷いた彼等はそれぞれ物思いに耽っていたが、ええっ?と良平を振り返った。


 「……ね、良平ちゃん。そろそろ……何故あなたが此処にいるのか、皆知りたいのだけど。」


 蒼月の問いに良平は窓から視線を移し、全員をゆっくりと眺め回した後、ふうっと大きな溜息を付いた。


 「知りたいのはこっちだよ。……まさかこんな所で、世にも奇妙な同窓会が開かれていたとはね。」


 「……誰?」


 「蒼月、人の名を尋ねる時は、先に名乗るのがルールだった筈だろ。」


 「…………。私は……ブルーよ。」


 「何だ、その曖昧な答え方は。生憎ブルーには知り合いが多くてね。君が誰なのかさっぱり分からない。」


 「…………。キラ・カリシュ・キルラ・セレーナ・ブルーよ。で?あんたは誰?」


 「…………キラだって!?」


 「そう言ってるでしょ!あんたは何処の者よ!」


 「俺はレッドだよ!」


 「あんたこそ曖昧じゃない!…………カリウス?」


 「ああ、ごめん。オルテスだよ。オルテス・レイ・マティス・アーカイン・レッド。」


 「オルテス――――!?」


 三人は目を見開いた。


 「そうか!そうだったのか!……悪かったな、昨日は辛かっただろう。」


 良平は向かいの席から腕を伸ばして、蒼月を抱き寄せた。蒼月は呆然としたままに、良平に抱きしめられていた。


 「ごめんな。ぎりぎりの精神状態だっただろうに。」


 そんな二人を見て、瑞月はぶつぶつと呟いた。


 「おい蒼月。お前、俺の時とは随分反応が違うんじゃないか。離せって喚いていたくせに。」


 「その方がまだまともな反応だよ。僕は大笑いされたような気がする……。」


 蒼月は良平を抱きしめたまま、二人を振り返った。


 「だってオルテスよ!?私にとっておじさん……いいえ、おじいちゃんだわ!」


 「嬉しいことを言ってくれるじゃないか、相変わらず可愛い奴だ。蒼月、今回は随分地味だね。」


 「恐らく本人が望んだのよ。」


 「そうか。あれだけ美人だと、それだけで嫌な目にも遭っただろうからな。お前は見かけなんかよりも、心の方がずっと綺麗なのにな。」


 「うう……ありがと。良平ちゃん、また逢えて嬉しい。」


 「俺もだよ。」


 良平は蒼月を、ぎゅっと抱きしめて離した。


 「え?ということは……瑞月はソーマなの?」


 「うん。」


 「そうか!お前達本当に仲がいいな!今生でも巡り逢えて良かったじゃないか!」


 「ありがと。僕は君にも逢えてとっても嬉しいよ。同級生ってのが、どうも変な気分だけど。」


 「はは、そうだな!今度は一緒に歳を取れるな!」


 「何か凄く意外で驚いてるよ。愛人とかいっぱい囲っている、精力的なおじいちゃんなのかと思っていた。」


 「愛人なんか囲わないよ。っていうか……今生では一生独身のような気がする。お前はいいなあ!ちゃんとパートナーに逢えて。」


 「十代の若さで何言ってるの?それに君はモテモテだったじゃないか。」


 「別にモテモテって訳じゃないよ。妻は常に一人だけで誰ともリンクしていないし、全員正妻だよ。」


 「四人もいたんだから、ちゃんと誰かに逢えるよ。」


 「それもなあ、問題なんだよ。四人いっぺんに現れたとしたら、誰か一人を選ぶなんて絶対に無理。」


 「ね、良平ちゃん。前から聞きたかったのだけど……自分は若いままなのに、奥さんはどんどん歳を取っていく訳じゃない?それでも女性として愛せるの?」


 「勿論。そうじゃなかったら三回も再婚しないよ。女の人ってね、若くて綺麗な時も可愛いのだけど、歳を取ったら取ったでまた可愛いんだ。肉体が衰えていくのが一番の原因なんだろうけど、代わりに他者に対する労りの心っていうか、慈愛の気持ちが凄く出て来る。こっちは身体の衰えって分からないから、若い時と同じように馬鹿ばっかりやっちゃうんだけど、そういうのを上手にコントロールしてくれた。皆、本当に良く支えてくれたよ。」


 「そう。あなたが心から女性を尊敬しているから、あなたを支えたいという良い女性が集まって来るんでしょうね。」


 「なるほど。君って本当にいい奴だよな。その明るさに救われる。」


 「明るいのはお前の代名詞だった筈だろ?元気出せっ……て、ちょっと無理な話か。ごめんな。」


 「いや、君に逢えただけで大分浮上したよ。ありがと。」


 「何水臭いことを言ってるんだ、らしくないなあ。……で、先生は?さっきからずっと黙ってるけど。誰なのか全然想像が付かない。」


 「…………シューバです。」


 「シューバ…………!?」


 良平はあんぐりと口を開けた。


 「はっはっはっ!!シューバだって!?……ぃやあ、良い若者に育ったな!いや、向こうでもとても良い若者だったけど。シューバには色々考えさせられたよなあ。俺の子の誰とも似たタイプじゃないし、その出自からして誰よりも王宮の事情に通じていて良い筈なのに、いつもぼんやりしていて、セシルに小突かれてはヒンヒン泣いていた。こんなんで大丈夫かなって思ったけど、ちゃんと良い王に育った。」


 「その節はどうも……。」


 「いや、勝手にやきもきして悪かったのは俺だ。子供は放っておいてもちゃんと育つんだなあってつくづく思ったもん。」


 「ぼんやりしていたのは……多分僕が物読みだったせいだよ。」


 「そうなの?」


 「勿論性格もあるとは思うけど。物ってさ、言語で語り掛けてくることもあるけど、そうでないことの方が多いから、これは何が言いたいんだろうって凄く考えちゃうんだ。人もそうだと思っていたからぼんやりして見えたんだと思う。」


 「そうか!そりゃ悪いことをしたな。」


 「そんなことないよ、君にはとても可愛がって貰ったし。それに、どっちの親からも大切にされているのが分かってたから、僕自身には生活的な不安って無かったんだよ。でも、キュアは……。」


 「…………。」


 キュアのことを考えると、誰もが胸を締め付けられるような思いがする。


 「そうなんだよな……。皆、どれくらい認識しているの?」


 良平はぐるりと一同を眺め回した。


 「私は……私と瑞月は、最近やっと子供がいたんだって思い出したくらいなの。恐らく……敢えてそれを、子供がいたという事実を避けていたのだと思う。」


 「そうか。先生は?」


 「僕も似たような認識だよ。」


 「なるほど。……多分、俺の認識の方が、少し先をいっていると思う。だけど、それを今説明はしない。どうせ皆、これから見まくると思うから。辛い夢になると思うけど、俺からの情報に左右されずに先入観無しで見た方がいい。」


 「君は……自分の遺言を覚えているの?」


 遥眞が尋ねると、良平は頷いた。


 「何故あの遺言を残したのかも?」


 「うん、ここ最近のことだけど。いや……違うな。昨日のことだ。キャンプファイヤーの火が広がって倒れている間に――色々見た。」


 「そうだったのか。そうだな、僕もあの間に多くの映像が流れ込んで来た。君の遺言の意味も、やっと分かるのだろうな。」


 「多分ね。」


 「それにしても――。」


 「うん?」


 「……君は酷いじゃないか!先に逝って待ってるって言ったくせに、全然待ってくれてないし!」


 「ねえ?こればっかりは俺に言われてもなあ。はは、先生根に持ってるの?」


 「ちょっとね。何て冗談だよ。恐らく……本人が望んだんだよ。今度こそ置いていかれたくなかったのか、先に生まれてちょっとでも権威を付けたかったのか。多分どっちも。」


 「権威?あるある!」


 「それはどうも。」


 「先生も相変わらずだなあ。……置いていかれる?」


 「シューバは最後に死んだんだって。で、俺達の為に毎晩祈ってくれていたんだ。」


 「そうか、そうだったのか……。悪かったな。」


 良平はそう言いながら、遥眞の肩を寄せた。


 「寂しかっただろうにな。ありがとう。」


 「……またちゃんと逢えたからいい。」


 「うん。ミラリーナスークがそう決めたんだよ。シューバになら、きちんと王朝を次世代に引き渡すことが出来るって。」


 「そうかな。あまり思い出せないけど、ばたばただったんじゃないかな。あ、でも君がカリウスを残してくれて、かなり助けられたとは思うよ。」


 「そりゃ良かった!あれは俺の子にしちゃ過ぎた子供だったよ。それにさ……。」


 良平は遥眞の眼を見つめた。


 「俺、長生きした割には大事なところで死んじゃっただろ?だから、俺が死んだ後、王朝がどんな方向へ向かったのか全く分からないんだ。俺以外の皆もね。真実を語れるのは……ここ。」


 良平は、遥眞の胸をこんと小突いた。


 「整理が付いたら教えて欲しい。ばたばたも含めて、シューバの記憶の、全て。」


 「…………分かった。」


 「さてと……。」


 良平は再び窓の外に目を遣った。


 「さっき三島に停まったんだよな。……蒼月、顔色が悪いけど大丈夫?」


 「大丈夫だよ。皆の顔色だって悪いよ。」


 「うん。このまま電車に乗って行くのと、すぐに家に帰るのとどっちがいい?家に帰ったところで即効悪夢が始まりそうだけど。」


 「家の方がいい。こうしていても夢が始まりそうなのよ。こんな所で取り乱すのだったら、家の方がまし。」


 「分かった。次、熱海で降りるぞ。今移してやりたいけど、高速移動中は危険なんだ。魔幻の時と比べると随分制限がある。場所は何処がいいかな。学校……はおかしいよな。学校の裏の公園でいいか。皆さん勉強熱心だから、サボってる奴なんかいないだろ。」


 「テレポーター……。」


 「そ。この能力って、魔幻では狐につままれたような感じだったけど、こっちでこんなに役に立つとはね。」


 「ね、委員長。……君って何処から通ってるんだっけ。」


 「相模。」


 「通えない距離じゃないな。……電車で?」


 「まさか。学校の周辺には50ヶ所くらい、そういう誰も来ない場所っていうのをチェックしてある。それでも50ヶ所調べたのは、見られていないようで案外見られているからだ。誰もいない筈の場所から、何故か毎朝高校生が出て来るって、噂になったら大変じゃない。50日毎に場所を変えて出現したら、不審に思われない。」


 「なるほど……。篠原、因みに君のご両親は、その能力のことを知っているの?」


 「勿論。」


 「で、どうしたんだ?」


 「どうも。うちの親だってどこの誰にそんな相談をして、どう解決したら良いのか分からなかったもの。只、散々生体実験をされて、結局何の結論も出ないだろうということは分かっていたから、絶対に人前でやるなと口止めされて普通に育てられたよ。」


 「賢明な親御さんだ。」


 「今では遅刻しそうだから送ってくれなんて、しょっちゅうだよ。姉なんか送って貰うのが当たり前だと思っている。」


 「うーむ、篠原家、奥が深いな。君が生まれ育っただけある。」


 「変な感心の仕方だな。……あ、そろそろ熱海に着くな。皆、ホームに降りたら、すぐに俺に掴まってくれ。その時が一番人の注意を惹かないんだ。誰もいない場所を探してウロウロしていると逆に怪しまれる。カメラには映っていると思うけど、乗客が不審に思って騒がない限り大丈夫だ。――さ、行こう。」


 彼等は荷物を纏め、連結部付近に集まり始めた乗客に紛れて席を立った。

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